イスラエル軍のガザ市侵攻新段階始まる:アラブ・ムスリムの無力
2025年9月16日(日本時間)、イスラエル軍がガザ市に対する大規模な攻撃を開始した。これは、短期的には2023年10月7日以来の広範囲の国際紛争、長期的にはアラブ・イスラエル紛争全般の中での動きである。となると、9月15日にアメリカのルビオ国防長官がイスラエルへの支援継続を誓約したことも、同長官がアメリカとカタルとの間の新たな防衛協力合意の成立が近いと表明したことも紛争の現場での破壊と殺戮に関係している。もちろん、9月9日のイスラエルによるカタルへの攻撃も、「攻撃に対する対抗措置」をとるために召集されたはずのアラブ・イスラーム諸国の首脳会議(15日)も、この紛争の中でのできごとだ。そうなると、カタルが少なくとも「ガザでの戦争」について「停戦努力」を重ねてきたことも、そのカタルがアメリカの重要な同盟国だということも、アラブ・イスラーム諸国がイスラエルによるカタル攻撃に対抗措置を講じようとしたことも、イスラエルによる軍事行動と、それを放任・支援するアメリカに大した影響を与えなかったし、これからもそうだと考えざるを得ないようだ。
アラブ・イスラーム諸国の首脳会議が発表した声明は、「イスラエルによるカタル攻撃は平和を回復するための外交努力に対する危険な攻撃」とみなし、「この種の攻撃はカタルの主権を侵害するだけでなく、国際的な平和構築と仲介活動を撃つもの」と指摘し、「イスラエルとの外交・経済関係を見直すことと、イスラエルに対する法的措置を開始する」ことを呼び掛けた。また、この声明は、「イスラエルによる継続的な侵害行為に対しに対する国際的問責がないことと国際的な沈黙が、イスラエルによる制裁逃れを可能とし、国際的な正義を弱体化させ、地域と世界の安全と平和への直接的な脅威となっている」と強調した。そして、声明は「中東での公正かつ包括的な和平は、パレスチナとパレスチナ人民の権利を無視することではなく、アラブ和平提案(注:2002年アラブ連盟首脳会議で採択された)と関係する国際諸決議の順守を通じて達成される」と強調した。
上記の声明を見る限り、近年とみに外交上の存在感を増してきたカタルが我が身の安寧と立場の保持を願って打ち出したものだということはわかるが、イスラエルに対しカタル(なり他のアラブ・イスラーム諸国)を攻撃することを止めさせるような抑止や懲罰には到底及ぶものではない。なぜなら、「イスラエルとの外交・経済関係の見直し」を謳ってみたところで、当のカタルを含むいかなる国もイスラエルに深刻な打撃を与えるような外交・経済的措置を取るようには思われないからだ。これは、アラビア半島の某産油国が航空展や国防産業展のようなものにイスラエル企業に出展させないという措置を取ったこところで結果は同じだ。アラブ・イスラーム諸国の中にはイスラエルと外交関係を結んだ国も少なくないが、その中で大使の召還や自国に駐在するイスラエルの外交団の追放に踏み切りそうな国は見当たらない。そもそも、声明が言及したアラブ和平提案は「イスラエルに対し全ての占領地からの完全撤退、難民問題の公正な解決、東エルサレムを首都とするパレスチナ独立国の樹立」と引き換えに、「アラブ諸国は、イスラエルとの紛争終結・和平合意、および正常な関係の構築を実施する」という提案だったが、アラブ諸国の複数が2020年以来続々とイスラエルと国交を正常化しこの提案そのものが今や一顧だにされていない。カタルにしても、同国には遅くとも1990年代から半ば公然と活動する「イスラエルの連絡事務所」があった。こうした意思疎通の経路を活用したカタルの仲介外交は、パレスチナに限ってみただけでも、「イスラエルによる攻撃・封鎖・追放・収奪によってパレスチナ人民が窮乏するテンポをほんの少し落とした」という絶大な効果を上げている。
それでは、政府や国際機関がイスラエルに対して有効な手段をとることができない中、アラブ・ムスリムの有権者はどうだろうか?彼らの多くは権威主義体制の支配下にあり、当局の意向に沿わない抗議行動や社会運動を起こすのは至難の業だというのが実態ではある。非合法の活動に目を向けても、「イスラーム国」やアル=カーイダ諸派も、イスラエルを攻撃するどころか、アラブ・イスラーム諸国にだって掃いて捨てるほど存在するイスラエル人や彼らの経済権益を攻撃することすら放棄し、自らの俗世的成功と安寧のために汲々としている。となると、イスラエルによる破壊と殺戮を止めようとする一般のアラブ・ムスリムにとっては個人レベルのボイコットが最も有力な手段となりそうだ。ボイコットは2023年10月今般の紛争が勃発して以来それなりに盛り上がった時期もあり、本邦でも著名な法人も複数その対象となった。ただし、経済的ボイコットのような社会運動が成功するためにはそれなりの条件があり、イスラエルやその支持者たちに対して効果を上げるのは容易ではない。例えば、ボイコットすべき企業の製品が代替不能な日用品の場合、ボイコットそのものが成り立ちそうにないし、対象企業がアラブ・ムスリムの市場なんて相手にしなくても十分収益を上げられるような経営をしている場合、ボイコットを呼び変えるような市場からはさっさと撤退すればいいだけだ。また、ボイコットに参加することによって弾圧されたり、日常生活に不便をきたしたりするようなことになると、そもそもボイコット運動自体が広がりを欠くだろう。結局のところ、アラブ・ムスリムは、とうの昔に同胞であるはずのパレスチナ人民を見捨て、アメリカ・イスラエルに屈服することを選んだ彼らの政府と同様、これからも同胞たちの惨状を傍観するとともに、自分自身がいつでもどこでもどのようにでもイスラエルに攻撃されるという現実の中で生きるしかなさそうだ。