「6人刺殺」でも心神耗弱だから「死刑回避」 熊谷ペルー人殺人事件から10年 妻と娘2人の命を奪われた遺族が抱き続ける“司法への怒り”
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現実を受け入れられない
事件から何年経とうが、犯人に抱き続ける憎悪の念。今年4月には、長年にわたって僧侶の齋藤寂静さん(76)に預けていた妻や娘たちの遺品が自宅に戻ってきた。その箱には、事件発生時に妻や娘たちが着ていた、血痕付きの衣類などが収められている。返却されたのは、埼玉県警らを相手取って約6400万円の損害賠償を求めた民事裁判で、昨年11月に最高裁から上告が棄却され、敗訴が確定したことが大きい。加藤さんにとって、長らく続いた司法の闘いは終わったのだ。しかし、それで気持ちに区切りがついたわけではない。そもそも遺族に「区切り」はないと、加藤さんは断言する。 「遺品のお焚き上げ供養をしてあげなくてはいけないと考えていたのですが、そうすることで3人を思う気持ちが薄れてしまうのが怖いんです。3人と一緒に暮らした時の楽しかった思い出も忘れてしまうのではないかなと。だから簡単に決断ができません」 3人の骨壷もまだ近くの寺院に安置されたままで、墓も作れないでいる。事件現場となった自宅には、娘たちと一緒に遊んだゲーム機や絵、手紙、写真などが今も大切に残されている。家族の思い出を引きずったまま、加藤さんはかつての現場に暮らし続け、復帰した職場で仕事をこなす日々だ。睡眠薬も手放せず、定期的にメンタルクリニックにも通っている。 「3人がいなくなったというのは分かっているんですけど、まだ心のどこかで死んでいないんじゃないかっていう気持ちもあって。その現実を受け入れられないんです。受け入れたくないっていうか……。早く3人のもとへ行きたいなって思うこともありますね」 あれから10年――。 葛藤を抱きながら、加藤さんは今年もまた命日を迎える。
水谷竹秀(みずたにたけひで) ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。2022年3〜5月にはウクライナで戦地をルポした。 デイリー新潮編集部
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