「6人刺殺」でも心神耗弱だから「死刑回避」 熊谷ペルー人殺人事件から10年 妻と娘2人の命を奪われた遺族が抱き続ける“司法への怒り”
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「詐病」の可能性
一審の公判は、事件発生から約2年半が経過した2018年1月下旬から翌月半ばにかけて、さいたま地裁で12回開かれた。第9回の被告人質問でジョナタンは長時間の沈黙を続け、発言内容にも意味不明なものが多かった。被害者参加制度を利用した加藤さんには、こんな記憶が残っている。 「黒いスエット姿のジョナタンは法廷でずっと下を向いていて、私の質問に対しては答えが噛みあっていませんでした。それでも遺影をちらちら見ていたり、『子供を殺した』と証言したり、事件についてわかっているような言動がみられた。だから法廷ではおかしな様子を演じているのではないかと思いました」 つまりジョナタンに「詐病」の可能性があったのではと訴えているのだ。ジョナタンは事件前、群馬県伊勢崎市の食品加工場で働いていた。ある日突然、出勤しなくなり、職場の寮からも姿を消した。その2日後、1件目の殺害事件を起こす。 「多少の精神疾患はあったにせよ、仕事をできる状態なので、(責任能力の有無を決める)善悪の判断はついていたんじゃないか。そもそもですが、殺人を犯す人間にまともな精神のヤツはいないと思います」(加藤さん) ジョナタンは犯行直前、「黒いスーツ姿の男たちに追われている」との妄想を強め、その追跡者から逃れるために殺害に及んだ可能性が指摘されていた。しかし、一審判決は、「そうした精神症状としての妄想の影響は限定的で、完全責任能力を有していた」との判断を示した。これに対し、二審判決は、「各犯行は妄想や精神的な不穏状態に大きく影響されていた」とし、ジョナタンの心神耗弱を認定。一審とは異なり、限定責任能力しかなかったと判断されたのだ。同じ鑑定結果をめぐって、一審と二審で法的評価が変わっただけの判決だった。
司法機関による「さじ加減」
東京地検特捜部の副部長などを歴任した若狭勝弁護士は以前、この裁判結果を踏まえた上でこんな見解を示していた。 「昔から責任能力の問題はグレーゾーンで、さじ加減一つでどうにでも法的評価を下すことが可能です」 そこに正解はないのだ。それでも司法機関による「さじ加減」一つで、何の罪もない6人を殺害しておきながら、ジョナタンは死刑を免れ、塀の中で生き延びられている。家族を一瞬で奪われ、人生を破壊された遺族にとっては理不尽極まりない現実だ。加藤さんが語気を強める。 「精神疾患があったからといって、刑が軽くなっても良いと感じる被害者遺族なんているのでしょうか。遺族の立場に立ったら、裁判官でもそう思えるのかと問いたいです。人の命を奪った人間は、たとえ精神疾患があっても死刑にすべきと考えます」 刑事裁判の終了後、加藤さんは、ジョナタンの処遇状況などを通知してもらう制度を利用していない。その理由をこう説明する。 「ジョナタンの状況を知ったところで3人が生き返ってくるわけでもないし、何も変わらない。それに精神疾患があると判断されたので、更生する能力などないのではないか。今でも早く死んでくれって思いますし、大切な家族を奪われた身としてはこの手で殺してやりたい気持ちです」
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