懺悔〜ヤマノケ続編〜
以前、とは言っても遥か昔に、2chに書き込みをした者です。話の途中になってしまっていましたので、だいぶ間が空いてしまいましたが、続きを書きたいと思います。
夜の山で、「ヤマノケ」という化け物が現れ、幼い娘に取り憑きました。
取り憑かれてしまった娘は、明るく元気で、可愛かった姿から一変して、ニヤニヤと薄気味悪い笑顔を浮かべるだけの姿に変わり果ててしまいました。
慌てて駆け込んだ寺の住職は、娘を正気に戻す為に色々手を尽くしてくれると約束してくれましたが、治る気配はありませんでした。
ここまでが、過去にお話しした内容かと思います。ここからは、その続きです。
妻からは、ずいぶん責められました。
なぜ山に連れて行ったのか、なぜ悪ふざけをして山奥まで車を走らせたのか、なぜ車を出て人里まで降りていかなかったのか、などです。
私は何も言えませんでした。
当然です。私が行動と選択を全て誤っていたことが、娘をおかしくした原因なのですから。
ただ、
「特別な力があるかどうかもわからない住職に娘を任せるより、病院に連れて行って診てもらった方がいい」
という妻の強い要望については、私は了承することができませんでした。
私が実際にこの目で見たヤマノケという化け物は、確かに存在しており、娘がおかしくなったのもヤマノケのせいである、という確信があったからです。
住職も、娘を一目見るなり「何かに取り憑かれている」ということを察知していて、なおかつヤマノケの存在も認知していた為、信頼が置けると私は思っていました。
ですから、
病院に連れて行くなどしても無駄、適当な病名をつけられて終わりだ、という思いと、
病院に連れて行く場合は妻も当然付き添うでしょうから、「妻にもヤマノケが憑く」という事態だけは避けなければならない、
という判断で、私は頑として娘を寺に預け続けました。
そして、ヤマノケに取り憑かれた日から40日程が経過した3月の中旬ごろ、住職から連絡がありました。「ヤマノケを追い出せた」と。
喜び勇んで、私は娘を迎えに行きました。
住職に連れられて、私の前に歩いてきた娘は、あの気味の悪い笑顔は消え、私が知っているいつもの可愛い笑顔で、私にしがみつきました。
根気よく除霊の読経をし、
「心配してよく来てくれるお父さんと、家で帰りを待っているお母さんの為に、ヤマノケに打ち勝ちなさい」
というような言葉をかけ続けた結果、なんとかヤマノケは出て行ったようだと住職は言いました。
ただ、40日も取り憑かれていたから、恐らく頭がぼんやりとしていて、言葉を発するのも少し時間はかかるだろう、という住職の話の通り、娘は無言で微笑んでいました。
私はとにかく、娘が正気に戻ったことが嬉しく、一刻も早く妻とも再会させたい、喜びを分かち合いたい、と思い、娘を家まで連れて帰りました。
出迎えた妻も、娘の顔を見るなり嬉しさのあまり泣き出し、娘を抱きしめました。
私も、抱き合う二人の肩に手を乗せ、全てが終わったと安堵しました。
すると、娘が妻の耳元で、何かを囁いています。
住職からは、娘がまだうまく話せないということを聞いていた私は、不思議に思いながら、何を話しているのか耳を傾けました。
テン…ソウ…メツ…
それを聞いた私の全身から、血の気が引いていきます。
追い出せてなんかいなかったのです。
ヤマノケは、娘の中に隠れていただけだったのです。
住職が「家でお母さんが待っている」と繰り返し話したことで、ヤマノケは娘以外に取り憑くチャンスを狙っていたのです。
妻の身体がビクン、と硬直し、私の方をゆっくりと向きました。
無表情だった妻の顔が歪んで、娘と同じように、気味の悪い笑みを浮かべています。
「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」
妻と娘が、同時に声を上げます。
二人とも、両目が外側を向いて、涙を流しながら笑っています。
そして、恐怖のあまり後ずさった私に、ゆっくりと近づいてきます。
その後のことは、覚えていません。
気づいたときには、私の足元には、血まみれの妻と娘が倒れていました。
そして私の手には、真っ赤に染まった包丁が、硬く握られていました。
慌てて包丁から手を離そうとしましたが、筋肉が硬直し、全く指が動かなかった事だけを鮮明に覚えています。
その後、私は妻子を殺した罪で逮捕され、懲役22年の判決を受けました。
化け物が妻と娘に憑依して、襲いかかってきた、という私の取り調べの際の主張が、私の「心神耗弱」を裏付けるものとして弁護側に利用され、懲役30年の求刑が減刑された結果でした。
刑務所内で、私は反省と自問を繰り返しました。
妻の言う通り、病院へ連れて行っていれば、こんなことにはならなかったのでは。
妻にも取り憑いてしまうことを避けたはずが、なぜこうなってしまったのか。
答えの出ない自己反省を続ける私の姿が、刑務所側には心象良く映った為か、刑期を満了する22年を待たず、私は17年で仮出所することになりました。
そして仮出所した今、私は久しぶりにネットに書き込むことができています。
出所して以降、17年の時を埋めるように、私はネットの知識を詰め込みました。
X、YouTube、Instagram、TikTok、5ch。
そして、私が書いた体験が、世の中に「ヤマノケ」という怪談話として認知されていることも知りました。
ネットを通じてヤマノケを知った当時の若者が、親となり、子供へと伝えていることも知りました。
私も本来なら、そういった方々と同様に、別世界の話としてネット怪談を楽しみ、子供にも面白おかしく伝えたりしながら、幸せに生きていける筈でした。
ですが、それはもう叶いません。
どうして私たち家族だけが、こんな思いをしなければならないのでしょうか。それを考えたとき、私はあることを思いつきました。
それは、皆さんにも、同じ思いをして欲しい、ということです。
私たちだけが不幸になって、それを知らずに皆さんが、ヤマノケを単なる怪談として面白がっている。
それは不公平ですよね。
幸いなことに、ヤマノケは様々なクリエイターの方々によって、マンガや小説、動画などで取り上げて頂き、最近ではヒット曲にもなりました。
つまり、もう皆さんは、ヤマノケがどういうもので、取り憑かれたらどうなるかご存知の筈です。
私は、YouTubeチャンネルを開設し、並行してXのアカウントも作り、ヤマノケを自らの体験談ではなく、創作物として発信しました。
その結果、多くの反響を頂き、幸いなことに、そのほとんどが好意的なものでした。
おかげさまでフォロワーも増え、更に沢山の方々に、ヤマノケは知られています。
準備は整いました。
今も、こうしてパソコンに向かっている私の後ろでは、私が殺してしまったはずの妻と娘が、あの気味の悪い笑顔を浮かべながら、私の心に語りかけてきます。
もっと入りたい、もっと入りたい、と。
せっかく、ヤマノケを知って頂いて、楽しんで頂いたところ申し訳ないのですが、楽しいのはここまでです。
これを聞いている、読んでいる方々に、私たち家族と同じ思いをして頂きます。
昔流行った自己責任系のようなものです。
妻と娘の無念と、ヤマノケの欲望を、ネットに乗せて皆さんに送ります。
スマホを切っても無駄です。
もうここまで聞いてしまったのですから。
テン
ソウ
メツ
ヤマノケを知っていて頂いて、
本当にありがとうございます。



コメント
2創作だとしても自己責任系なら注意書きして欲しかった
すみません、驚かせてしまいまして…
2ch書き込みの続編でしたので、注意書きは野暮かなと思い書きませんでした。