AGAIN 追悼・青猫書房 阿部秀悦氏

 
 青猫書房の阿部秀悦氏が昨年十二月に亡くなっていたことを知りました。
 ネットの情報ですが、間違いないところなのでしょう。
 
 今年に入ってすぐ、阿部氏や青猫書房という屋号をキーワードに当ブログが参照を受けるケースが増えていました。そしてエントリー『洋式帳簿製本の変遷と思い出』の閲覧も日々切れることなく・・・。
 誰かが阿部さんのことを調べている。情報を得たがっている・・・。
 胸騒ぎがしていました。
 
 最後にお会いしたのは、神田神保町の道端でした。思えば因果なものです。
 一別以来のことは立ち話なんかではとても語り尽くせるはずもなく、慌ただしい中、私の方からはインターネット上で自動車の本を紹介し続けていることやルリユウルのことなどを手短かにお知らせ。
 阿部氏の方もあの明朗そのものだった奥様のことなど交えて、例によって恬淡としたリズムで越し方をお話しに。
「そうか、まだ本に関わっているんだね。それなら良かった」
その言葉を汐に、次を約すこともなく、互いに背を向けて別れたことです。
 目の端に残った阿部氏の飄々とした後ろ姿、それ以来私にとって決して忘れることのない古書街夕景のひとつとなりました。
 
 まだ改装する前の青猫書房で、阿部氏とは色々な話をしたものです。もちろん教わることばかりでしたが、互いにこれからこんな事をしたいあんな物を作りたいと語り合う夢は、古書店での会話としては異例なほど未来志向でした。非常に短い期間の中で、濃密に凝縮された知識と経験を受け取ったという実感があります。
 今想うに、そのスタンスの核心は、稀覯書を入手したり読んだだけで満足してはいけないこと。満足した時点で愛書趣味は失われ、愛書家はただ美書を溜め込むだけの書豚に化けてしまう。
 稀覯書を探求する行動の中で得られた珍しい情報経験は、公開してゆくべきこと。惜しげなく知見を知らしめ広めることが、物欲や所有欲に囚われて書豚に化けてしまうのを避ける唯一の手段。そんな方向性だったと思っています。
 戦争を挟み営々と人から人、書物から書物へ途切れることなく承継されてきた愛書趣味の王道。その主人公たちが最も輝き、貴重な成果を次々と発表していた時代の真っただ中でした。
 そうして阿部氏が着々と築き上げてゆく独自の世界を見ながら、私もコレクターとして自分の道を歩んできたのだと思います。おかげさまで豚になることもなく、カバ男。
 
 ただ感謝の言葉だけです。
 阿部氏の存在が私の精神的な支えであること、これからも変わりません。
 ご冥福をお祈りします。

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 小寺謙吉『寶石本わすれなぐさ』総ヴェラム装幀一部本書影。本邦初公開。
 青猫書房を訪れて初めて買った本が、この本の普及版でした。
 今に至る私の古本に対するスタンスを決めた一冊です。
 
  
 
 
 
  
  
 
 
 
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