マフティーとはなにか?それを紐解くには動画を見る必要がある。まずはなぜ、カボチャなのか。
カボチャといえばジャックオーランタンを思い浮かべるだろう。ケルトの奇っ怪な祭りの一つで、かつてはカブだったものが新大陸の植民地で、かの有名なアルマダ海戦で落日をするスペイン帝国が作った人工国家。我が冠たる祖国であり、世界が孤立した栄ある大英帝国の比では無いがそこそこ栄え、この地球連邦の中核になった植民地アメリカでカボチャに変わったのだ。カボチャは広大という花言葉がある。
言うなれば地球連邦政府に対して、広大な領土を表し、その広大さからくる狭量を無くし、寛大な心で統治しろと説いていたのだ。反省をしろではなく、反省を促すのも意味があるのだ。更にはなぜあのダンスは中心に軸を置いて踊るのかにも意味はある。地球連邦政府は地球という銀河の端ではなく、月という中心において鎮座し統治せよという意味もある。
で、なぜジャックオーランタンが選ばれたのだろうか?ジャックオーランタンの解説をしよう。ウィルオウィスプの一種であり、これは鬼火伝説だ。
まずはウィルオウィスプが何かを紹介しようと思う。流星・土葬死体の燐・夜光虫・蜃気楼・ユスリカの仲間の虫柱・果てはプラズマなど様々な正体がある。この場合の正体というのは人々の伝承であり、死んだ男が聖者に天国には行けないと言われて追い出された為に現世でさまようという話なのだ。
ジャックオーランタンは、これに付け加えて、悪魔を騙して地獄にはいかないようにした為に、聖者と悪魔の両方から地獄にはいかず、天国にも行けずでさまよい歩く存在に成り果てたのだ。さまよえるといえば、リヒャルト・ワーグナーによるオペラにはフライング・ダッチマンを元にしたさまよえるオランダ人がある。さまよえるオランダ人は愛を貫いた乙女の犠牲により、その呪いから開放されるのであるが正に宇宙世紀もさまよえるオランダ人と同じである。
ジャックオーランタンとさまよえるオランダ人をかけているのだ。地球政府は正にさまよえるオランダ人であり、誕生はテロリズムによる利権構造の深い仕組みによるさながら呪いから生まれた思想なき国家である。
それらに対して愛を持って証明した人々がいる。その筆頭がアムロ・レイとシャア・アズナブルだ。そして、その後の死者やその前の死者も同じなのだ。であるならば何なのか。それは簡単である。
顔が無き地球や地球連邦、コロニーのために死んでいった死者たちの慟哭、死人が死ななければならない世の摂理で死人が死人らしく死者となって墓に入るまた、墓で眠ってられない事を揶揄しており、近年ではジオンの亡霊の袖付きや死者が操るとされるフェネクスなどが記憶に新しい。生者や賢者で世が動かないのであれば、死者たる戦士たちの魂により、死者たちが世を改革するのではない。だからこそ、地球連邦政府に反省を促すダンスというのが、この運動のタイトルであるのは疑いがない事実に他ならない。
我々が魔法を使えるわけではないのは、当たり前で全てのリソースが湧き出る魔法の壷があるわけでもない。全てが有限なのだ。有限な中で限りある物資をどう使うかが大事であり、これらをできる力があるのがマフティーというキーである。マフティーはマフティーに反省を促せもする上に、マフティーはマフティーによる継続性と内包性を持ったマフティーによるマフティーにおけるマフティーとなるのだ。
これこそが長期継続社会の状態であるマフティーなのだ。マフティーをマフティーだとしなければマフティーは存在せず、またマフティーによるマフティーの反省と内包を許容しなければマフティーは崩れ去る。マフティーにおけるマフティーとはすなわち全人類をニュータイプ化するに等しく、ニュータイプにならなくてもマフティーになると思った時点でマフティーなのだから、マフティーに全員が成れる上に、マフティーにおけるマフティーとは何かを同時に考えさせ政治に参加する、関心を持つ層は劇的に増加するのだ。
腐敗をしたマフティーは、武力マフティーとダンスマフティーにより粛清され、新たなマフティーを誕生させるマフティーという概念は輪廻転生と継承、そして過去現代未来を全てをマフティーとして表せる天上天下三千世界を見回しても明らかに存在しない唯一無二の好循環にして腐敗しない政体であり、古代ギリシャにおける政体循環論をマフティーのみで達成し、プラトンやマックス・ウェイバーの語る官僚という組織の改変もマフティーにしてしまえば全ては内包されるのである。
ではなぜこうなったのかを説明しよう。それはまず振り付けにある。
1番最初に頭を下げるのは死者に哀悼の意を表し、腕を太ももにかけてゆっくり撫でる内側に手を向けながら上げる。これは地球を表し、それを広げて宇宙を表す。頂点まで手を一気に上げないのは人類は最高地点に至っていない、その後に一段階手を下にしてから丸を作るこれは宇宙全体を表す。
そして、次にステップを踏む。この行動はインド神話におけるシヴァ神の破壊と創造のダンスの宇宙の鼓動を表し、古き体制との決別と同時に創造を構築する。古い固定概念をマフティーに構築し直すことにより、社会を構築するシヴァ神のような命のリズム、死人たちによる社会改革なのだ。改革のための改革ではない、この改革はすべてをマフティーという群体による個の完成による間違わない独裁を目指すという恐ろしい運動である。多数の集団による少数の集団への回帰と配慮、全てはマフティー故に等価となる。
トロッコ命題で被害者がすべてマフティーになるのだから、全ては等価になるのだ。
このステップ中に左右に手を出し指を上げる。この動きは、政治姿勢が左右どちらの政権に変わろうが本質としては全く同じというのを揶揄しており、手を叩いてから踊るのは手を叩く即ち様々な動乱を表して、回る。この回るは方針転換と姿勢を合わすが、同時に議会も議員の回転が早くなり新人が入っても良くならないと合わし、次の瞬間には指を上げてすぐに降ろす動作に入る。
その動作は代表として現れた様々な人物、ギレン・ザビやジャミトフ・ハイマン、ブレックス・フォーラなどが行ったエリート層による押し付けがましい存在が現れては消えて、現れては消えての繰り返しによる。
市民の怒りや嘆きを表現し、手を回してから頭上に手を上げるのは非暴力を表す。その次の動作が天秤のポーズであり、有名なテミスを表現し、テミスの子には秩序のエウノミアー、正義のディケー、平和のエイレーネーがおり、全てが地球連邦に足らず、市民の権利と利権をかけて量るという行為を一連の動作で演出する。
また剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力が表すようにダンスマフティーと武力マフティーの両輪により完成された正義を演出するのだ。更にはテミスはティターン族であり、ティターンズのやったことを忘れるなあれもまた地球連邦なのだと反省を促すわけである。
次に、右左と殴る動作をするのはテミスの秤を破壊するのは地球連邦であり、それらの行動を正義と思い込み、治安維持活動として好き勝手やってきた地球連邦への皮肉なのだ。
そして、次に右回りに回る、これは地球の自転が左に起因し、自転と逆らう地球連邦を批判するのだ。自転という当たり前の事にも逆らい道理がわからなくなってると批判するのだ。
次に手を無秩序に動かすのはファンネル兵器を再現し、その後に顔を左に背ける。ニュータイプを否定することに必死で現状から目を背け、ニュータイプがいないのであればファンネルとは何なのかを地球連邦に促してるのだ。
次に左右に揺れながらリズムを取る動作は、地球連邦の右左の主張も関係ないのを意味し、次には足で蹴り飛ばすのは市民の生活というのが一連の動作の意味だ。
次の動作が四角を表し、これはラプラスの箱をモデルにし、ラプラス憲章とは何だったのか、また地球連邦が欲しがってる地球圏も銀河から見たらただの箱庭に過ぎないのに全部を欲しがる箱庭の民主主義には一点足りない民王としての専制政治を非難してるのだ。
その次はまたファンネルを表すことで、アクシズで戦い消えたシャアとアムロのニュータイプの意思は誰も動かさずに全部無駄になった、そうした地球連邦をジャック・オー・ランタンとして死者として打倒するというのが、そういった馬鹿げた道理に反する地球連邦を反省させるのだと意味するのだ。
次にはそして回ることにより、議会は空転して何ら意味のないものになりさがった、そして再び殴る動作は繰り返す、エリート層による理想論の紛争を表し、次のファンネルの動作は端的に言えば繰り返し蘇るニュータイプ神話とファンネルの有様を描いているのだ。
途中に挟まれる手を合わせる動作はインドでニュータイプ修行を受けたクェス・パラヤを意味し、地球連邦の高官の娘すらシャアの地球再生の思想を理解したのにそれもわからず、アクシズを地球に落とすよりも地球にダメージを与えている。シャアの反乱と言ってシャアを地球連邦の一部と形容しながらも、地球連邦の建国の意味を理解し得なかった愚かなエリート層と建国から忘れ去り傲慢にも地にへばりついて、宇宙に棄民を行った哀れな連邦政府。一年戦争により、軍と官僚機構に乗っ取られた軍事政権と成り果て、その前からも人類の大半が投票をできなくなった地球連邦。
インド独立のガンジーの意思を合わすのがダンスマフティーでもあり、また西東パキスタンとインドの独立と共に内部の差別意識の発露が起こり、宗教革命や階級闘争が起きたのもこれで示し、地球連邦を武力で打倒しえたとしても宇宙にインド独立の騒乱がおき麻のごとく乱れた社会になることを予言しているのだ。例えば数百基のコロニーを落とそうともその社会はニュータイプを道具に使い、ニュータイプを搾取するオールドタイプがまたその荒れた社会で地球連邦のような官僚機構の腐敗と搾取と支配を繰り返す、死んだ人間の脳を連結してマザーコンピュータを作り出すようなそんな社会が置き、徹底的な社会の弾圧をし、批判的な人間を犯罪者として予備懲役にいれて、支配する。
ジョージ・オーウェル氏の書いた1984の社会オセアニアの完成であり、これらはオセアニアでは常識になるのだろう。地球連邦のオセアニアにはなんの花が咲くだろうか?血のような彼岸花か?決して散らない民主の花が芽吹くか?人々は今の地球連邦の国民のように家畜に落ちて、神すらいなくなり、家畜に神なんて上等な物は必要ないと弾圧される未来か?我々はマフティーの出すマフティー性のメロディーを見ているだけの存在か?
話を戻すと二回目の蹴りは決別を表し、この蹴りはアクシズ・ショックからの決別だろう。なぜ蹴りか、これはシャア・アズナブルの有名な攻撃動作が蹴り、殴るのもアムロ・レイの攻撃動作で有名であり、本来この議論はシャアの反乱時に、立論、検証されているのだ。だが、人々は繰り返し、繰り返しテロリズムや反乱を起こしてきた。詰まるところが振り付けの繰り返しもその繰り返す宇宙世紀の愚かな戦いの歴史を示唆しているのだ。
その繰り返したあとに近づき、離れ、電話を掛ける動作をする。これはアクシズ・ショックの後に起きた、ラプラス騒乱のもう一度起きたサイコフィールドによる光を表し、その後も不死鳥事件など何度も、何度も人々はサイコフレームの可能性とサイコフレームが出す人々の感情、優しさなどを見てきたはずなのにガンダムやニュータイプに神話を見てしまい、誰も問題を見ようとせず惰性で汚職もする。
電話はジャック・オー・ランタンという死人が電話をかけて生者に問いかけているのだ。死人を死んだ棺から起こし、働かせるような真似をするお前たちは本当は何を理解してるのだと。
その後の繰り返しには寝る動作が多数含まれており、死人は働いて電話をかけてるのに対して、生きてる人間は問題を無視して問題意識もなく死者に頼りきりで寝てるだけなのだ。お前らに寝てる価値があるのか?お前たちが本来は立ち上がればマフティー活動なんかも起きなかったのだと、そして天秤のポーズにより、ティターンの女神を表してティターンズにやっていたあの市民運動はどうした?お前たちは何を見てるんだ。
結局、市民は市民運動や平和活動を忘れて残ったのは過激な市民団体やエリート層によるテロ組織そして、最後には最初のお辞儀をすることにより、ループする宇宙世紀を表して、地球連邦への反省を促すのは地球連邦を構成する地球連邦市民に対する反省でもあり、それを地球連邦や市民を全てマフティーにして、マフティーとしてマフティズムを手に入れれば国民すべてをインテリにしなくても国民がマフティーとして、マフティーとなるわけだから、マフティーがマフティーを構成するマフティーとなり得るのだ。
マフティー性とはそのマフティーの仕組みの深さが、地球連邦の腐敗による社会の腐敗、企業の腐敗、利権などをすべてマフティーが粛清し、独裁者とはならず全体数による独裁体制としての象徴としてのマフティーである。武力マフティーとダンスマフティーがなければこうはならなかっただろう。
それだけ、マフティーとはマフティーを表すのだ。この動画こそがマフティーを生み出し、隠しマフティーを呼び、社会に偏在するマフティーが生まれ、どの組織にマフティーが潜伏してるかわからず、やがてはマフティーになるのを決めたのだ。
このような文化爆弾に荒廃し、文化を蔑ろにした地球連邦政府は抗えるだろうか?すべての主義主張はマフティーという大波に飲まれ、マフティーという大海に帰り、その上にはマフティーという宇宙が広がり、マフティーがマフティーを内包し、マフティーが拡大し、これらが人類の生存圏をマフティーとして推進するだろう。
私にはこれに対する答えがわからない。マフティーとは人間が持つ精神の神の部分であり、マフティーとは人類の無意識集合体であり、理解するにはかなりの時間を要するがすべてをこの数分に収めて、度重なるインターネットデモ活動により人びとがマフティーに気づき始めて、マフティーとして覚醒していく。正しく、ニュータイプがニュータイプの覚醒を促すと言われていたがごとくであり、ニュータイプ神話すらマフティーにより、理解できるようにし、ニュータイプもまたマフティーのあり方の一つにして、特別意識を崩壊させたのだ。
反省をすればこれらは収まるかというとそれはない。マフティーになった人物はマフティーとしてマフティーをなすのだから、止まらないのだ。もう終わらずに世界を地面をならすがごとく進撃するマフティー思想。私にはこれが現代のニュータイプ論のあり方なのだろう。