にんげんホイホイ   作:三流FLASH職人

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最終章 さぁ、この世界を愛そう
第七十話 飛騨山中へ (長野、岐阜)


 黒部ダムの崩壊の翌朝、私達三人は一度長野県の安曇野市まで引き返して食料や燃料を調達後、そこから白雲さんの修行場である飛騨山脈の焼岳(やけだけ)に向かっていた。

 

「雪降ってますねー、大丈夫かな?」

「松波さんいわく、この車なら問題ないらしいけどねぇ」

 

 このラジオカー『ひゃくまんごく号』は、北陸特有の雪深さに対応すべく、ベース車からして山岳雪道に強いRV車に近いタイプのワゴン車を選んでおり、さらに様々なオプションやチューニングを施された雪国特別仕様らしい。

 

 事実チェーンを巻いた車は新雪の上でも滑る事無く山道を力強く登って行く。また室内は効きの良いエアコンで快適に暖かく、また容量の大きなバッテリーを普通車の四倍も搭載しており、車内には冷蔵庫すら完備している、もうほとんどキャンピングカーに近い性能だ。

 これは万が一、放送中に遭難者などを発見した時に、迅速に救助が出来るようにとの備えとか。うーん、私たち南国の人間には考えもつかない発想だなぁ。まぁお陰様で快適な旅が送れているのだが。

 

「とはいえ焼岳って歩いて登るんだよね、この雪の中大丈夫?」

 くろりんちゃんの質問に白雲氏はふっ、と笑って答えるだけだった。そこで私たちに見せたいものがあるとの事だが、果たして大雪の中を登山なんて出来る物なんだろうか……白雲氏はともかく私たちは山岳修行者じゃないんだけどなぁ。

 

 国道158号を西へ西へと進み、中の湯温泉の登山口に到着する。白雲さん曰くここから登山道を登って行くらしいのだが……

 

「無理無理無理! 雪で埋まって道なんか見えないし!」

 くろりんちゃんが登山道を見上げた後、私達に向かって手を顔の前で激しく左右に振る。そりゃそうだ、積雪で埋まってる山に素人が登るなんて自殺行為だろう。

 

「どうしますか? 雪融けはまだまだ先だし、先に石川に行きます?」

 十日後には松波さんと羽田さんの結婚式が控えているのだ。それまでに石川に帰らなければいけない都合上、ここで雪が融けるのを待つわけにはいかない。

 

「椿山殿は、予想がついているのではないかな?」

 そういって彼は、自分の『にんげんホイホイ』を親指で示す。

「あ……やっぱり、そうきますか」

 予想はしてたけど、まさか白雲氏がそれを推奨するとは思わなかった……ホント自由人だなこの人。

 

「えーと、何なんですか?」

 首を傾げるくろりんちゃんの前で、私は自前のホイホイをヒザの前に持ってきて、意を決して両足をその中に突っ込む。枠の縁に尻を乗せて座り込むと、両腕をホイホイの上枠にのっけて覆い被さる。そしてホイホイを操作し、ふわっ、と体ごと浮き上がる。

 

「あ! 山形でやってたアレですか」

 ホイホイに体を預けて空を飛ぶ、そんな方法を私は経験していた。ならばこうしてホイホイに腰かけてスキーリフトのように使えば、雪道を歩くことなく山を登って行ける。ホイホイの中にストーブでも連想すれば下半身は温かいという特典付きだ。

 

 ただ、この方法は誰にも伝えていないし、見た人たちにも口止めはしていた。もし高く舞い上がって転落事故でも起こしたらシャレにならないし、誤ってホイホイ内に滑り落ちたら悲惨だからだ。

 

「うわー、足突っ込むのキモチワルイ」

 くろりんちゃんも自分のホイホイに両足を入れ、枠に腰かける。彼女はやはりホイホイの中にかなりの嫌悪感があるようで、最初はイヤイヤな顔をしきりだったのだが……

 

「私、飛んでる……凄いっ♪」

 登り始めてからは嬉々として先頭を進み、雪景色の山々を眺めてご満悦の様子だ。うんうん、子供はそうでなくっちゃねぇ。

 

「雪深けれど天気良好、良きかな良きかな」

 同じようにホイホイリフトに乗り、列の真ん中を飛ぶ白雲氏もご機嫌のようだ。というかあんた修行僧なのに、こんな楽して登山してもいいのか?むしろ今まではどうしてたんだよ本当に。

 

「固い事を言うでない、主目的が雪中修行ではないからのう」

 その言葉に思わず胸が締め付けられる。この山伏はこの先で私たちに見せたいものがあると言っていた。しかもそれはこの『にんげんホイホイ』の秘密に迫る事らしく、私の目的である『ホイホイから人々を救い出す』ことにもつながるかもしれないからだ。

 

 ホイホイは地球が生み出した、人類を追放するための窓だと白雲氏は主張する。そして私は黒部で、あの動物たちを介して確かに地球の意思を思い知っていた。なら、ホイホイに囚われた人たちを助け出すのは、この地球を相手どらなければいけないという事ですらあるのかもしれない。

 

 その答えが知りたい。妻を、娘を、ヒカル君を助け出す為の手がかりが!

 

 

 晴天の太陽が照らす銀世界をホイホイに乗って登り続ける三人。やがて尾根の所まで辿り着くと、そこかしこに岩肌が露出しているのが見えている。

「あれ……頂上なのに雪が無いって?」

「岩肌が出ている所に降りてみれば分かるよ」

 くろりんちゃんの質問に白雲氏がそう返すので、試しにホイホイをそこまで持ってきて足を抜き、岩場に降り立つ……

 

(ぬく)っ、ていうか、熱っ!」

 地面から伝わる熱気に思わず足をばたつかせる。なんか地面が熱を発していて足の裏から熱さが伝わって来る、何だ?

「あ、ホントだ。岩とか熱っつい」

「ここ焼岳は火山じゃからのう、溶岩の熱気が届いておるのじゃよ」

 

 言われてみればそこかしこから煙が上がってるし、静謐な山の空気の中にもどこか硫黄のような臭いが漂っている。なるほどこれなら極寒の山中でも、要所の熱スポットを押さえておけば越冬することが可能かもしれないな、あくまで修験者のレベルなら、の話だが。

 

 

 中腹にある焼岳山小屋で一休みする。お湯を沸かしてコーヒーを作り、冷えた腹の中を温める。と、机の上に置かれたくろりんちゃんのリュックの中にアレが無い事に気が付いた。

 

「くろりんちゃん……ヒカル君の、ホイホイは?」

「あ、ここですよ」

 そう言って自分の胸を指す。胸ポケットに入れているのか。

「ブラの中に押し込んでいます、絶対に落としませんよ、えへへー」

 

 ぶっ! とコーヒーを吹き出す。いくらなんでもどこに入れてんのどこに! これホイホイの向こうの彼が聞いたらまた鼻血ものだぞ。

 

「女スパイか君は!」

「最近の若い娘は発育が早いのう……」

 

 私たちのツッコミに対して彼女はちょっと恥ずかしそうな顔をしながら、自分の胸を抱き抱えて言葉を繋げる。

 

「それに、こうしてたら……私の体温が、ヒカ君に伝われば、いいなぁ、って」

 

 ああ、うん、そうだね。このホイホイは現実世界から向こうへの音は伝えることが出来る。そのホイホイの持ち主なら体や身につけている物すら入る事が出来る。他人が入ろうとすると画面の所で止められるんだけど。

 なら、彼女の体温がもしかしたら、ヒカル君に届いているかもしれない。それが彼と彼女の絆を、少しでも繋ぎ続けているなら、それもいいかもしれない。

 

「白雲さん、あんたヒカル君がもしかしたら、こっちの世界に帰還を果たせるかもしれない、って言ってたな。そろそろその真意を教えてくれてもいいんじゃないか?」

 私のその質問にくろりんちゃんが、がたっ! と立ち上がる。

「本当ですかっ!? 教えてください、なんでもしますからっ!」

「無論私もだ。こちらの世界からの力が必要だとか言ってたな、やれる事があったら何でも言ってくれ!」

 

 詰め寄る私とくろりんちゃんを交互に見て、修行僧、天禅院白雲(てんぜんいんはくうん)は手に持ったコーヒーをくいっ! と飲み干し、カップを置いて席を立つ。

 

「では、行くとしようか。その答えを見つける場所に、のう」

 

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