にんげんホイホイ   作:三流FLASH職人

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第五十六話 教祖の光と、そして深い闇

 

 その後、私はメローネさんの案内で敷地内を見て回る事になった。が、まず最初にやる事があるので、「ちょっとトイレ」と言って彼女と別れ、個室に籠るとすぐにスマホでくろりんちゃんと小声で連絡を取る。

 

(大丈夫だよ落ち着いて、相手がなんかモロうさん臭い輩だし、死の世界ってのは嘘っぱちだと思う)

(でも、でも、もし本当だったらどうしよう)

 

 先程、ここの教祖様が語った『ホイホイの中は死後の世界』という説を、盗聴用のスマホの子機で聞いて、さすがに取り乱しているくろりんちゃん。もしそれが事実なら、彼女が持っているウィンドウの中のヒカル君は、もう生きてはいないと言う事なのだから。

 

(大丈夫だって。そもそも三途の川とか賽の河原とかも宗教の逸話なんだから。誰もそんなの見た事もないのに、さもあるように言われているだけだよ)

(う、うん……そうだね)

(だから落ち込むことは無いよ。もし不安なら松波さん達に話してみるといい、きっと笑い話にするだろうから)

 

 落ち込んでいる時は誰かと話をするのが一番だ。きっと羽田さんあたりがまた宇宙人説を主張して笑いを誘ってくれるだろう。

 

(じゃあ、一度通話を切るよ。そろそろ電池が限界だし、スキを見て充電し直した後でまたかけるから)

(わかりました……気をつけて下さい)

 

 ちなみに充電パックは四本ほど用意しているが、どこかでこっそりコンセントが使えるなら使わせてもらおう。

 スマホをしまい、ちょっと長めのトイレのような顔をして個室から出る。メローネさんに「お待たせしました」と手を挙げて合流すると、彼女は神妙な表情のまま、背中を向けて歩き出した。

 

 彼女の案内で寺の敷地内を回る。畑や修行場の他、井戸や小さな滝なんかもあり、薪置き場には無数の束が蓄えられていて、少なくとも火と水の点において生活には困らなさそうだ。

 そして、どの場所でも数人の少年少女たちがせっせと働いている。気を反らすでもなく一心不乱に働くその姿を見ていると、なんとも痛ましい気持ちになる。七歳の身空で不平も言わずに働いている子供達……途上国の貧しい子供達ってこんなのだろうか。

 

 敷地の外れ。数人の女の子たちが、指導者らしき白装束の女性の指示で、ゴザの上に広げられた山菜やキノコを分別したり、栗の皮むきをしている。

 確かにこれだけ子供達が居たらさぞ食料は足りないだろう、町からかき集めてきたものや自家菜園の野菜じゃ間に合いそうもない。

 なるほど確かにそう言う逞しさは、見習うべきかもしれないな。

 

 と、そこに現れたのは教祖の霧生院太祖(きりゅういんたいそ)だ。彼は広げられた食材を見るとご満悦の表情を見せ、豪快に笑って彼女たちを労う。

「おお! 大量だねぇ結構結構、がははははは、ご苦労さんご苦労さん」

 とても坊主とは思えないこのオッサンだが、それでも子供達には人気があるようで、指導者の女性が子供達に向けて頷くと、少女達は皆うれしそうに「きょうそさまー」と彼に駆け寄る。その頭を片っ端からわしわしと撫でる太祖。

 なるほど。子供を懐かせるには豪放磊落な性格が一番だ、少なくとも奴や私のようなオッサンにはな。素なのか作っているキャラなのかは知らないが、人心掌握が上手い男だ。

 

 何か話そうかとも思ったが、メローネさんが太祖と目を合わせずにその場を去ろうとしたので、私も黙ってそれに続いた。

 

 しばらく歩いた後、人気が無くなった場所に辿り着いた所で、彼女は私に向き直り、居住まいを正して言葉を紡いだ。

「あの、椿山さん、でしたね」

「あ、はい。どうしました?」

 言葉を返しながらも、私は彼女を見て感じていた違和感をぬぐえなかった。白装束を纏ったその姿、その顔や髪の毛はどうみても日本人そのもので、彼女の名前と容姿は一致しないのだ。

 

「教祖様のこと、どう思われました?」

「ああ、うさん臭い奴だとは思ってるけど、ここでの生活や子供達の保護を成り立たせる手腕は凄いと思うよ」

 本心ではある。自分とほぼ同じ歳のオッサンが、これだけ大勢の子供達を養ってるだけでも大したものだ。少なくとも私には無理だろう。

 だが、それでもホイホイの中が死後の世界だという意見には賛同しかねる。あそこから人々を助け出したいのもあるが、何よりあそこに入った人たちが中の世界を謳歌している様は、とても死人のそれとは思えないからだ。

 

「教祖様は……壊れているんです」

 その言葉に、え? と声が漏れる。あの男の振る舞いはある意味狡猾で思慮深く、とても壊れているなどという表現は似つかわしくなかったから。

「あの人は元々、このお寺の修行僧でした。高名な師匠に認められ、日々を修行と精進に明け暮れていた、立派なお方だったんです」

 遠い日を懐かしむかのような彼女の言葉に、私は一つの確信を持った。ああ、どうやら彼女は太祖と旧知の仲らしい。つまり、彼女もまた日本人で、身分を偽り隠すために外国人の名前を名乗ってるのか。

 

「あの方は、師匠を心から尊敬していました。ですが、あの窓が現れたその日……師匠は窓の中に消えたそうです。そして、他の物が窓の中で欲望に溺れていたのに、彼の師匠は自らの欲望を法力で隠して、ざらめいた映像しか見せなかったとか」

「ざらめいた、つまり、砂嵐映像?」

「はい、それです。だから……あの人は、自分の修行の日々が無意味なものと知って、ああなってしまったんです」

 

 その時だった。カーン、カーンと鐘の音が響き渡り、それを聞いたメローネさんは話を切り上げて、代わりに「夕餉の支度の時間です」と伝えて小走りで本堂に戻って行った。

 

 

 夕食には多分、ここにいいる全ての人間がお堂に集まっていた。子供達は総勢で三十人ほど、大人は教祖を含め全員で八人、私を含めて九人か。

 

 夕食は炊いた米と漬物、それに汁物が一椀あるだけ。食べ盛りの子供にはなんとも物足りないが、それでも慣れているのか、ご飯を前にして目を輝かせている。

 ちなみに私も支度は手伝った。さっき太祖を「生臭坊主」などと言ってしまった手前、大人たちには最初嫌悪感を示されたが、メローネさんのとりなしと私の力仕事で、いくらかは信頼を取り戻せたようだ。

 

「いただきます」

「「いただきまーーっす」」

 

 太祖の音頭に応えて全員が手を合わせ、目の前の食事に取り掛かる。うん?これ美味いなぁ。米は流石に東北のそれで、噛みしめるほどに甘みが染み出して来る。汁物もまたうまい、これが山形の芋煮という奴らしく、味噌味でこってりと煮込まれた芋やイノシシ(らしい)肉は滋養たっぷりで、少ない量でも満足感が味わえる。これはくろりんちゃん、そしてヒカル君にもいつか味あわせたいものだ。

 

 私はその時、少しだけこの集団を、そして太祖を見直して()()()()いた。

 

 

 食後、大人たちは後片付けを終えた子供たちを先導して、別棟のお堂へと移動していく。

(何だ……何か、皆の様子が変だ?)

 違和感があった。大人たちも子供達もどこかソワソワしたような、そして不安げな表情をしている気がした。

 

 そして辿り着いたお堂の襖の前には、一足先に太祖が法衣を纏って立っていた。

「では、今日の供養を始める」

 そう言うと同時、左右にいた大人たちが、そのお堂の襖をすらっ、と開く。

 

「!!!」

 

 絶句するしか無かった。そのお堂の中にあったのは、空間を埋め尽くす大量の『にんげんホイホイ』、その小さくなった後のウィンドウだったのだから。

 

「己の欲に負けた愚者たちよ、どうか黄泉の先へと赴き、新たな輪廻へと導かれ賜え」

 そう言って法衣を正し、お経を読み始める太祖。他の大人たちも、そして子供達も手を合わせ、たどたどしくお経を読み上げる。

 

 ただ一人、私だけがその光景に、激しい嫌悪感を感じていた。ホイホイに入った者達が、完全に死人扱いされている事に、()()()()

 

 子供達に、何てものを見せているんだ、こいつらはあぁぁっ!!

 

 人の欲望を映し出す映像。その中には当然のように性欲に溺れる画像もいくらでも見て取れる。その半分にも満たないレアな画像には、誰かを惨殺して楽しむものもあるのだ!

 

 すんでの所で怒鳴り据えるのを、私は辛うじて堪えた、堪えてしまった。これが毎日の習慣なら、責任はやらせている太祖にある。ならばぶん殴るのはやつ一人だと今は矛を収めてしまった。それが()()()()()になるとも気づかずに。

 

 お経が終わった時、メローネさんともう一人の女性がお堂の中に入り、その中からいくつかのホイホイを手に取り、白木のお膳に乗せて行く。

 

 そう、()()()()()ホイホイを。

 

 そしてそれらを持ったまま奥の部屋へと消えていき、戻ってきた時には、お膳は空になっていた。

 

 

 供養の儀式が終わり、子供達が男女に別れて部屋に戻って行く。だがその中には案の定というか、青い顔をして怯えている子もいれば、顔を赤らめて戸惑っている子もいる。当然だ、こんな子供に未修正のポルノなんざ見せたら、そうなるのは当たり前の話だ!

 

 怒りに立ち尽くす私に一人の大人、確かラオラとか言ったかが、声をかけてくる。

 

「椿山様、教祖様がお呼びでございます、応接室までおいで下さい」

 

 ああ、望むところだ。もう理屈で説き伏せられるつもりは無い、この夜の蛮行だけは、絶対に許さん!

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