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@teramat
ごくごくインディーな批評サイト「週末批評」の管理人、低志会メンバー、アニメの女の子になりたい。たまに批評っぽいものを書いてます。お仕事依頼などはteramateram●gmail.comまでどうぞ
teramat.hatenablog.comBorn November 17Joined October 2009

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週末批評で『きみの色』論が公開されました。かなり長いですがたぶん面白いと思います。よろしくお願いします
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週末批評
@worldend_critic
【新着記事】今週の週末批評を更新しました。現在公開中の山田尚子監督最新作『きみの色』について、舞台となる長崎での大量死の記憶を踏まえて論じた3万字超の批評です。この週末にぜひどうぞ 救済のパラフレゾロジー──長崎、京アニ、きみの色|てらまっと worldend-critic.com/2024/09/20/par #週末批評
“主人公となるのは、無職のオッサンNate。落ちこぼれで何の魅力もない男だという。どうやら実家住みのようだ。しかし、Nateは“特別な力”があることに気付く。片方の足を、もう片方の足の前に出すという力である” 名文だ 無職オッサン歩かせゲーム『Baby Steps』発表
ゆるキャンはけいおん等と比べて女子グループ内の同調圧力が意識的に低く抑えられていて、キャンプをするときにも参加を直前まで保留したり、別行動したりとキャラクターが自律的に行動しているところが非常に良いという解説を妻から聞いてなるほどと思った
ドカ食いもサウナも過剰飲酒もやらないからよくわかんないけど、かつては祭り的なものが担っていた集団的な酩酊というか陶酔というか脱自の経験が良くも悪くもどんどん個人化されていって、性行為も難しくなって、孤立した人間の自己破壊的な超越という感じがしなくもない
「ゴールデンカムイは政治的に正しい」みたいな言い方で個人的に気になっちゃうのは、その命題自体の正誤よりも、自分の好きなフィクションを好きと言うときに“社会”を迂回しないといけない、社会規範的に正当化可能でなければいけない、という意識がありそうなところ
「推し」とかもそうだけど、進化心理学的に「子育て」に使われるはずの認知バイアスとか報酬系とかなんかそういうのが、広義のキャラクター主導型のコンテンツ産業にハックされてるんじゃないか、みたいな議論はあるよね
高木さんも長瀞さんも宇崎ちゃんも、からかいやイジりやウザ絡みを通じて奥手な男性主人公に男らしさを強制インストールして近代的個人として自立させて自分を伴侶をとして選んでもらう=選ばせる、という圧倒的な母性の話だと思うのだが、それが軒並み完結しつつあるのは一時代の終わりと言ってよい
拡大自殺とか新宗教とかアイドルとかホストとかの問題を見てると、やっぱり人間は弱いのでなにかしらの広義の依存先みたいなのが必要になり、壊れた家族や地域共同体のかわりに種々のフィクションや宗教やアイドルがそこを埋めてきたのだと思うが、ここにきて軒並み爆発炎上してる感じがある
家に岩波文庫が全巻揃ってるとか幼少期からピアノとヴァイオリンやってるとか、そういう都心部の文化エリート連中に対してわれわれ郊外民に与えられたのがブックオフとかアニソンとかラノベ図書館とかで、消費社会と大衆文化を肯定する以外に闘うすべはなかったんだよ
けいおんがブルジョワというのは当時から言われていて、そもそも日常系アニメ自体がゼロ年代後半の失われた何十年やらデフレ経済やら非正規雇用やらの経済的な苦しさや見通せなさのなかで夢見られたカッコつきの「日常」だったわけで、そのあたりの話は『“日常系アニメ”ヒットの法則』にも書いてある
原作読んでない人間からすると、アニメのスナックバス江はらきすたとかゆるゆりの系譜をスナックに落としたような感じで結構好きだった。童貞こじらせてる森田が「無敵の人」にならずに、かまってもらえるコミュニティにたどり着けてよかった、みたいな。原作がそういう話じゃないのはなんとなくわかる
アイドルでも芸能人でもなんでもそうだけど、やっぱり生身の人間が偶像やるのはよくないよ。天皇制も段階的に初音ミクにしていくべきだと思うよ
「異常独身男性」とかもそうだけど、「中年男性は狂う」みたいなレトリックにはあえて自分を下げてネタにする自虐的自己愛っぽい響きがあって、そのこと自体がとてもセルフネグレクト的で、しかしそういう論法でしか語るすべを持たない、という感覚もなんとなくわかってしまうのよね
ガルパン通して見たのがごく最近なんだけど、テレビシリーズの「勝たないと廃校」みたいな追い立てられ方はやっぱり全然好きじゃなくて、劇場版の「勝てばアホの先輩がワンチャンAO入試いける」みたいな動機づけのほうがずっと好き
『秋葉原事件を忘れない』を読んでいたら、犯人の男がネットであえて露悪的な振る舞いをして、それでもコミュニケーションしてくれる人なら自分をすべて受けて入れてくれるはず、という思い込みで女性を訪ねては拒絶されて傷つく、という話が紹介されており、「エヴァみたい」と形容されていた
瑠璃の宝石は真面目なサイエンスものなのにキャラクターがエロすぎるからNHKで放送できない云々みたいなネタが流れてくるけど、もともとNHKなんか見ないような不真面目なやつら(おれら)に届くようにエロを入れて作ってるから偉いんだよ。啓蒙ってそういうことでしょ
おにまい論にも書いたけど、個人的にセルフケアの概念が大事だと感じるのは、自分の身体への配慮を通じて他者の身体への想像力が培われると思うから。逆に自分の身体をぞんざいに扱う人は、誰かが代わりにケアしてくれてたり、他者に対してもそういう態度になってたりすることに気づかないんじゃないか
TLの男たちの知見を結集した結果、わたしたちが教室で小難しそうな本をこれみよがしに開いて周囲を威圧してしまうのは、きっとどこかにいる君だけに「あ、その本いいよね。わたしも好き」って話しかけてもらうための “祈り” の所作であったことが明らかになりました。いい話だ…
スプツニ子氏は人工知能学会のほうきを持った女性アンドロイドの絵を女性差別的だと強く批判していた人だよね。それが、同じ現実の女性の、多くの場合経済格差に起因する代理母ビジネスを手放しに称賛してしまうという、この想像力の偏りはなかなか考えさせられる
依存を減らすのではなく依存先を増やすことが逆に自立につながる、という熊谷晋一郎氏の主張と重なるけど、そもそも依存先をたくさん持てる、いろいろなコミュニティに所属できる人はそれだけ高いコミュ力を持っているからで、だいぶ強者感があるのよね
昔のエロゲ等によくあった男性主人公が薄幸の美少女を救う系の話、たんなるメサイアコンプレックスにも見えるけどたぶんちょっと違って、まず自己を救う側と救われる側の2つに分割するっていうのが大事なんだと思うんだよ。そのうえで自分の中の男性主人公が自分の中の美少女を救う
しかしBLMのときは本邦でも議論沸騰という感じだったけど、アジア系へのヘイトクライムに対してはあんまり盛り上がってない感じがするのは不思議だな… 当事者性という意味では後者のほうが強い気がするが
バブル崩壊後に人々の生きがいみたいなものを偽装調達してきた平成の文化的装置が耐用年数を過ぎてどんどこ爆発するタイミングなのかもしれない
良さげな大学+学部+学科だけどはっちゃけてます私みたいな画像がいっぱい流れてくるので全員就職失敗してほしい
“理沙が「秒速5センチメートル」の円盤が置いてあることに気付くと、宗佑は子どもの頃に初めて映画館で観た作品だと言い、理沙は「マジで!?私も」…「やっぱり運命だな~俺たち」と言ったことで、2人は良い雰囲気となり、キスをするのだった” コップ叩き割りそうになった
夢や大志を抱くのは素晴らしいことだと思うが、わたしがずっと欲しかった平凡な幸福を普通に享受できたかもしれない人間に「特別な何者かになれる」と囁いて資本による搾取と消費のサイクルに絡め取っていくような、しかもそれを何かキラキラしたものとして描くような手合いがものすごく苦手なのよね
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「異常独身男性」とか「狂う」とか言うことによって、つまりは自分や同類を笑いものにすることによって、自分のいまの苦しさみたいなものが人ごとのように和らぐ、わずかに軽くなるという効能はたぶんあって、そこからうまく問題の解決につながるような回路ができるといいよね
アニメに美形しかいない問題(?)でわたしが連想するのは、「学年でいちばんの美少女」みたいな設定のキャラクターが登場しても、他の女性キャラも基本的に美少女フォーマットで描かれているから視覚的には差異を読み取れない、というやつ。わたしはこれを美少女のパラドックスと呼んでいます(雑
更生した元不良よりも最初から真面目にやってたやつこそ評価されるべき、みたいな話は昔はそうだなと思ってたけど、真面目さや不良さに家庭環境が強く影響してるんだとしたら、更生するほうがやっぱり難しいのかもしれないと思った
加藤典洋のシン・ゴジラ論を読んでいたのだが、天皇制や米国への屈従などの政治的タブーは大衆向けエンタメ作品になって初めて解除されるのであって、シリアスでマイナーでインテリ向けの作品でいくら扱ってもダメなのだ、と書いていて、これはその通りかもしれないと思った
買って応援、食べて応援ってよく考えるとすごい話だなと思う。むかし「オタクは経済を回している」みたいな言い方があったけど、消費して経済を回すことが大義名分になって、欲望と快楽が肯定されるどころか道徳的に善いものになる。バブルが弾けた90年代以降の消費社会の倫理という感じがする
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日常系はざっくりいえば、趣味の共同体によって生きる意味や強度や共助を調達して厳しい経済環境をサバイブしていこう、みたいな一種のコミュニタリズムの思想として理解可能で、ぼっちざろっくもほぼ完全にこの路線だと思うけど、けいおんよりはるかにシビアな感じになってるのが見ててしんどかった
秋葉原事件についての本を読んでたら濱野智史さんが、なぜ犯人はネット掲示板で交わされる自虐的なコミュニケーションとそこでのコミュニティに包摂されえなかったのか、その可能性はなかったのか、みたいなことを問うていて、11年後の京アニ事件にもつながりそうだなと思った
わたしの理解だとかつての日常系は社会を映しているのではなく社会の夢を映しているので、夢のなかの日本では経済がV字回復して雇用も賃金も上昇してすべてが夢のようにうまく行っている。毎週30分だけ交差する補色に彩られた世界
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自分より子供が活躍するとうれしい、みたいな人間の生物学的な向性を利用してるから強い、という。萌えキャラも目の大きさとかが動物の幼体に近いから本能的に惹かれるんだ、みたいな話が昔あった気がする
本邦、楽しいのは中学高校の青春時代だけだよ、そのあとは労働やら何やらでろくなことないよ、社会問題は山盛りだし日本は斜陽だよ、みたいなストーリーがたぶん強いので、青春の儚さの強調とそれゆえの価値の暴騰はわかるんだけど、わたし個人は中年になってからのほうがだいぶ楽なのよね…
美醜でも学歴でも家庭環境でもなんでもいいが、コンプレックスをバネに努力するのは素晴らしいことだと思うけど、それがなにか乱暴な物言いの免罪符になるわけではまったくないので、自分の惨めさを正当化の道具にするのはほどほどにしたほうがいい、と個人的には思う
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どこか外部へと繋がるのではなく、自己の内側に向けて超え出ていくような… 身体ベースだから陰謀論とか極端な政治的イデオロギーをキャンセルする強さはありそうだけど、本当は何らかの夢とか、熱中できるものとか、あるいは社会変革のビジョンに向けて放出されるはずだったのかもしれない
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だから「健康が大事」という題目は正しいけどあまり効果なさそうな気もしていて、過剰さを振り向ける先が身体や日常生活しかなくなってる(orそっちに誘導されてる)人たちがいる、みたいな話なんじゃないかと。他者に危害を加えるよりは善い、という自己責任の倫理で擁護できなくもなさそうだが
しかのこ以外にはイカ娘とかメイドラゴンもそうだけど、他者や脅威としての自然を人間と同様に消費社会のなかで家畜化することで共生する、その過程での摩擦や齟齬をコメディとして描く、という作品の系譜があって、これは政治思想であると同時に自然観でもあると思う
社会性に問題のある主人公がスポ根的に叩き直されるのではなく、理解のある友人や仲間に支えられながら自分の居場所を得て少しずつ自信をつけていく、社会に受け入れられていくという大きな流れが最近のアニメにはある、みたいな話が昨日の低志会であったけど、これは要約としてわかりやすい気がする
企業キャンペーンの女の子が二次創作でひどい目に遭わされてるのはいかがなものか、みたいなの見ると、そういう後ろ暗い文化の上に成立してきたんだよ、グローバル企業が萌えキャラで広告効果だけ掠め取ろうとしやがって、ぶっ◯すぞ、みたいな気持ちになるんだけど、そんな時代じゃないのもわかる
初期の超電磁砲ってすごく能力主義的で治安の悪い学園都市のなかで、ある種のバリキャリエリート女性としての御坂美琴とヒエラルキー的に底辺の佐天さんや使い潰されるクローンたちが連帯してコミュニティ単位でサバイブしていく話でもあって、かなりフェミニズムっぽいよねと思ってる
革命は無理だから社会改良しかない、というのは苦汁をなめるような決断であって、とくに日々なにもしてない恵まれたやつが「革命は無理だから社会改良しかない」とか言うのは端的に邪悪ですよ
社会からドロップアウトする、主流から外れるっていうのは、これまで自分を苦しめてきた支配的な価値観から自由に生きられる可能性があるってことなんだよね。でもそこでまたぞろ勝ち負けとか、見返したいとか、そういう発想に囚われるのは結局、元の価値観を再生産しちゃってるんだよ
『日本の歪み』読了。養老さんが「結局日本は天変地異がないと変わらないし歴史的にも変わってこなかったから、大地震で首都が壊滅したあとにどういう社会を目指すかが大事」みたいなこと言ってて、すごくわかるけど率直すぎて笑ってしまった
むかし「若者の盾になって爆死する中年かっこいいよね」みたいなこと言ったら「爆死は逃げ。真の中年は生き汚く生きるべき」みたいな箴言をもらってなるほどと思ったのだが、今日若者にその話をしたら「盾になって爆死してほしい」とのことだった
ほんこれ。秒速はあれこそがトゥルーエンドなんですよ。初期新海はずっと、恋愛の成就じゃなくてすれ違い続けることによってどこまでも遠くに行ける、そのことを肯定的に描いていたわけで、むしろ問題は君の名はで安易に再会させたから、ひるがえって秒速がバッドエンドに見えちゃうことなのよね
秒速のラストで再会すればよかったとか言ってるやつは本当に何もわかってなくて、すべてが過ぎ去ったあとにかつての面影を宿した女性と偶然すれ違う、そういう日常のささやかな瞬間の積み重ねで人は十分に生きていけるんだ、生を肯定しうるんだ、っていう話でしょうがあれは
“右派は自分が都市部エリートやリベラル・ファシズムの抑圧に抵抗しているつもりで行動し、左派は自分が家父長制やファシズムと闘っていると考えていて、誰も〝抑圧する側〟の責任を果たそうとはしない” 闘争するアメリカ人──G・ガーウィグ『バービー』を観る
表現の自由を掲げて当選したわりにはずいぶんひよった発言だな。私は好みません、なんて自己弁護しているひまがあったら、もっと強い調子で、クレーマーには断固抗議、表現の自由の侵害は許さない、くらい言うべきだろう
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山田太郎 ⋈(参議院議員・全国比例)
@yamadataro43
あいちトリエンナーレ、私の基本原則は明確です。今回はクローズドな場所でのこと。公権力が表現を発することを中止させてはなりません。ただし、発した表現については表現者は責任を負うべきです。私個人は今回の表現は好みません。関係者に危害が及ばないことを望みます huffingtonpost.jp/entry/daisuke-
推しにありがちな「がんばってる人を応援したい」みたいなスタイルが増えたせいで(?)結果的に社会(教室)のメインストリームの価値観を追認したりそれに迎合したりするものが増えて、はみだし者の居場所ではなくなってしまった、という雑な苛立ちがある
わたしもけいおん厨なので、昨今のアイドルアニメ的な「みんなに届け」みたいなものはすごく欺瞞的に感じるし、最終的に部室であずにゃんひとりのためだけに演奏したあのシーンにけいおん的なるものが凝縮されてると思う。でもああいうことをやれる守られた空間はもうないんだろうね…
極論すると人は頼んでもいないのに生まれてきてしまったという巨大な空洞を意味と刺激で埋めるためにアニメ見たりするので、倫理とか責任とか正義とか以前に、個々人がこの虚無とどうやって折り合っていくのっていう話なんですよ。セカイ系も日常系も異世界転生もたぶん本質的にそうなんですよ
実際に4630万振り込まれたら怖くて使えないかも、みたいなこと思ってる人がわたし含めて少なくなさそうなのを見ると、ある日突然謎の美少女が空から降ってきても一緒に逃避行とかできずに、追手の組織に引き渡しちゃう人がほとんどなんだろうなと思う
虹夏ちゃん彼氏持ち概念とかNTR二次創作とかって、あえて自分に「痛み」を感じさせることでより強い実感をもってフィクションを受け止める態度なのかな、と思うときがある。電脳コイルの「痛みを感じる方向に、出口がある」という金言を思い出す
国も社会も当てにならないから家族しかない、家族と和解せよ、みたいな話を細田作品もシン・エヴァも水星の魔女もやってる気がするので、そろそろこのあたりで一人でも生きているような社会設計の話とか、旧来の家族を非人間へと拡張する伴侶種の話とかが盛り上がってほしい
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救う男性主人公も救われる美少女もどちらも自分の半身であり分身、自分がもうひとりの自分を救うことで自己肯定にいたる、というプロセスだと思うんだよね。だから、アバターに踊ってもらうのもそういうことなんだよ
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自分自身を振り返ってみても、好きに生きてぱっと死ぬのが潔くてかっこいいんだ、みたいな価値観が回り回って、子供や病人や障害者などのケアを必要とする人たちや、そういう人たちへのケア提供者を下に見るような考え方につながっていないかというと、わりとあやしい気がする
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これは「戦車道」っていうぎょっとするものを意味的にどう相対化するか、というのにも関わっていると思う。「学校を守るために戦車に乗る」だとストレートにナショナリズムと重なってしまうからかなり微妙だけど、「アホの先輩の入試のために戦車に乗る」はストライクウィッチーズのズボンと同義なので
デデデデでいちばん好きなの、東京に巨大UFOが来てやばいみたいな話なので天皇の扱いどうするのかなと思ってたら、「歩仁」「直仁」とかいう自衛隊の高出力レーザー兵器が出てきて無辜の侵略者を焼きまくってるところ。前編見て気づいたときにすげー笑った
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いくら自立/自律しろと言っても現実的には無理なので、やっぱり国家が個人情報を完全に吸い上げて個々人に最適化された依存先をAIが自動で提案する感じの超パターナリズムがいいと思うんだよね(よくない
こういうこと言うと顰蹙を買うかもしれないけど、『おにまい』でTSする前の引きこもりニート主人公というのは、京アニ事件の青葉真司がそのひとりであるような、社会からこぼれ落ちて拡大自殺に走るような「無敵の人」予備軍であって、その意味で非常にシリアスな問題を正面から引き受けた作品だと思う