誹謗中傷に異例措置 DeNA関根が訴える「単純で当たり前なこと」
スポーツ界でSNS上での誹謗(ひぼう)中傷が深刻化している。横浜DeNAベイスターズの関根大気(たいき)外野手(30)は昨年、自身への悪質な誹謗中傷に対して法的措置を取り、裁判結果や示談金額を公開した。プロ野球界では異例ともいえる毅然(きぜん)とした対応を選んだ背景には、「実態を明らかにすることで少しでも被害を減らしたい」という決意があるという。
「実はSNSのアプリを消しました」。ある後輩からそう告げられたことが始まりでした。誹謗中傷のダイレクトメッセージ(DM)が届き、「きつくて、もう見られない」と。
そんな折、昨年4月の試合での死球の判定を巡って、僕のもとにも「あなたの家族全員が事故死で死んでほしい」といったDMが届きました。
人によっては心にくる言葉です。(実際に届いた)具体的な誹謗中傷のワードを出すことによって、どんな言葉が選手に来ているか世の中に知ってもらえるんじゃないかと思い、X(旧ツイッター)での公開に踏み切りました。
選手会も問題意識を持ってくださり、被害状況を相談したところ、「弁護士も含めてサポートするので法的措置を視野に入れてはどうか」と提案してくれました。
後輩の件もあり、僕が動くことで一つでも被害が減ればという思いもあって、法的措置を取ることに決めたのです。
それまでは(著名人が)誹謗中傷を受けても、「法的措置を取る」と表明するところまでで終わる場合が多かった。その先の結果が分からないので、みんな「他人ごと」です。
具体的に(示談金などの)大きな金額が表に出ることで、経済的なペナルティーはもちろんのこと、一つの投稿でどれだけ大ごとになるのか、場合によっては、刑事事件や裁判になることもあるという事実が知れ渡り、被害を抑えることにつながるのではと考えました。
開示請求が認められたのは8件。「死ね」といった直接的なものだけでなく、「ゴミ」「消えろ」のようなものも対象になりました。これまで開示できるか分からなかった言葉についても請求が通ったことは、一つのモデルになったと思います。
中傷を受けた場合、ふと目を閉じたとき、ふと何か考え事をしたとき、その言葉が脳裏に浮かんでしまうこともあるでしょう。24時間のなかで、(中傷のことを考える時間が)1秒、1分と増えるだけでも相当なストレスになる。日常生活の至るところで、心がむしばまれかねません。
選手たちは、その中で野球をやらないといけない。ネクスト(次打者席)にいるとき、打席に向かうとき、ベンチにいるとき――。その影響が出てきてしまったら、プレーにも相当なマイナスになると思います。
すでに6件の示談が成立しました。示談金は1人最大90万円で、6人で計約500万円。示談の条件として、「今後二度と誹謗中傷をしない」旨を誓約書に書いてもらっています。このほか、悪質なケースと受け止めたものについて、刑事告訴もしています。
示談金から裁判にかかった費用などをのぞいた全額を、認定NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」に寄付しました。僕自身、「児童発達支援・放課後等デイサービス」の運営をしています。(誹謗中傷がきっかけで得た)生まれ方はあまり良くないお金ですが、子どもの未来のために還元されてくれればと願っています。
今回開示請求した以外でも、たくさんのDMが届きます。
うまくいった走塁が、相手チームのファンには目障りで「ちょろちょろするな」という言葉が届く。自チームのファンの中でも、僕がチャンスで打てなかったことに腹を立てたり、試合に出場すること自体が気にくわなかったりという人もいます。
今回の法的措置についても、「(それよりも)野球をしろ」といった批判がたくさん来ています。僕が今うまく結果が出せていないのは、「そんなことをしているからだ」、と。
一方で、サインを書いていると、ファンが「勇気ある行動をありがとうございます」と言ってくださったこともあります。親しくしている他球団の選手からは「よくやってくれた」と言葉をかけられました。プロ野球選手はみんな、特に1軍でプレーしている選手なら、誰もが被害を受けていますから。
ただ、外の反応を特別に気にしていたわけではありません。事実を明確にして、その結果、誹謗中傷が少なくなればいい。それが被害を公にするにあたってのゴールでした。
中傷が嫌なら、SNSと距離を取ればいいという声もあるかも知れません。ただ、SNSをやるのも選手の権利です。
今年5月中旬に数日間、1軍に昇格した際、球団公式SNSの投稿に対して、ファンからの応援のコメントがたくさん書き込まれていました。ファームでずっとプレーしていると、ファンの声が届かないこともあります。でも、僕はSNSのおかげでいろんな方々の「待ってたよ」といった言葉を知ることができました。頑張ろう、また1軍の舞台でプレーしたい、と改めて感じました。
「愛のあるヤジ」と誹謗中傷の線引きは、本当に難しい。でも、受け取り手が嫌だと感じたら嫌なんだという、単純で当たり前なことかなと思います。
僕ならば、頑張って欲しい人にはどんなときでも支える言葉を使いたい。そのほうが、受け取る人が前に進むエネルギーになるんじゃないでしょうか。
今は2軍にいる時間が長いですが、それでも温かい言葉で応援してくださる方々がいる。そんなファンのために、頑張って恩返しをしないといけないと思っています。
せきね・たいき
1995年生まれ、愛知県出身。愛知・東邦高から2013年秋のドラフト5位でDeNA入り。俊足巧打が持ち味の外野手で、背番号は63。横浜市で「児童発達支援・放課後等デイサービス」の施設「グローブ」を開所し、運営責任者を務める。
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- 【視点】
いまだに無くならないどころかどんどん過激化しているようにも見えるSNS上での誹謗中傷。匿名の陰に隠れて、自分の不満を他人にぶつけるのは、人として情けないことです。・・・という当たり前の道徳論ももはや通じなくなっているかのような世の中に、恐ろしさを感じることもありますが、しかし諦めるわけにはいきません。 関根選手のように知名度のある人が、「有名税」などと諦めることなく、そしてそれに伴う更なるマイナス効果にもひるまずに、法的な措置をきちんととり、加害者に責任を取らせるというのは、「法の支配」の実効化という観点からも適切なことと考えます。誰にでもできることではないかもしれませんが、関根選手がこの様な行動をとってくださったことに感謝している誹謗中傷の被害者(や被害者予備軍)は、世の中に沢山おられると思います。
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