なぜプロ野球は中傷されるのか 危ぶまれる10~20代の悪質投稿
応援するチームが負けたことに我慢がならなかった――。
大学生はSNSに、対戦チームの選手の実名を挙げたうえで「消えろ」と投稿し、いらだちをぶつけた。
この投稿について、選手は裁判手続きによる発信者の情報開示請求を行った。
そして、裁判所は投稿について、社会的に受忍すべき限度を超えた侮辱にあたり、名誉感情を違法に侵害したと結論づけた。
スポーツ界の誹謗(ひぼう)中傷問題に取り組む団体「COAS(コアス)」を立ち上げた関係者が、実際に取り扱った事例になる。
COASによると、誹謗中傷をめぐる裁判で違法性が認められた表現としては「殺す」「死ね」「クズ」「ドブネズミ」が挙げられる。
これらは氷山の一角に過ぎず、ほかにも多数、違法な表現が認められている。
深刻なのは、加害者の年齢層だ。アスリートの訴えを受け、SNSの履歴を通じるなどして加害者にたどり着くと、中高生ら若者が多い傾向にあるという。
交渉を通じて、「こんなことになるとは思っていなかった」という声も聞いてきた。
COASで活動する一人、冨士川健弁護士は「SNSの使い方を教わっていない若い方が多く、友達とやりとりしている感覚で投稿してしまう。『誹謗中傷』の投稿は犯罪に当たる、という意識を高めていく必要がある」と指摘する。
数多くのスポーツがある中でも、目立つのはプロ野球への誹謗中傷だ。
2021年11月、中日の福敬登投手が、試合で打たれた後に脅迫まがいのメッセージが届き、殺害予告が送られてくることもあると公表した。プロ野球選手会の森忠仁・事務局長によると、福投手から相談を受けたことが「この問題に大きく取り組むようになったきっかけ」という。
23年3月、プロ野球選手会などは、SNSでの誹謗中傷に対する注意喚起の声明を出し、同年9月には選手会の顧問弁護士が対策チームを立ち上げた。
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選手会の対策チームの一員で、「COAS」の設立にもかかわった高橋駿弁護士に、プロ野球が誹謗中傷にさらされやすい要因や、相談を受けてからの手続きなどを聞いた。
「選手会として誹謗中傷案件を始めたのは19年頃から。福選手は公表されましたが、それ以外にも多くの相談がありました。その件数が右肩上がりに増えている現状で、23年の注意喚起になりました」
基本的には、選手からの訴えを受けて開示請求などの手続きに入る。
「法律的にも選手本人が申し立てを行うことになるので、基本的に選手からの相談を受けて対応を検討していきます」
プロ野球はシーズンが長く、試合数が多い。また、ゲームの性質上、誹謗中傷につながりやすい面があるという。
「プロ野球は一年中、被害が発生しており、対応しなければいけない。シーズン中はもちろん、2月のキャンプ、オフシーズンにも移籍報道に関連したものがありますし、侍ジャパンの代表戦が入る場合もあります」
「同点の九回裏に抑えの投手がホームランを打たれたら、誰のせいで負けたのかと、その選手がやり玉にあげられやすい。サッカーやバスケットだと、試合がずっと流れていて、誰か1人のせいで負けたというのが必ずしもなかなか見えない。競技の特性上、誹謗中傷されやすい面もあるかもしれません」
選手会に寄せられる選手からの相談には、どんなものがあるのか。
「(主に訴えがあるのは)命に関わりがあるような卑劣な投稿が多いですね。『死ね』とか『殺す』とか。メディアでは表現できない侮辱語を使ったものもある。誹謗中傷って単なる悪口みたいなイメージを抱かれている方もいるかと思うんですけども、実際に見ると恐怖を覚えるような書き込みもたくさんあります。その精神的な負荷って相当なもの。傷つけるレベルを超えて、恐怖を覚えさせる書き込みです」
過去には、被害に遭った選手と相談した上で刑事告訴し、「実際に複数件、受理されている」という。
「損害賠償を数十万円払えば終わる、みたいに軽く考えている人がいるんですが、この問題は警察もちゃんと動いてくれるので、どうせ刑事告訴されないとタカをくくっている人には、そのリスクがあることは理解してもらいたいですね」
「10~20代の悪質な書き込みが多いのが、最近の傾向にあります」
対策チームは今後も注意喚起するタイミングを計っていく。来年3月には大きな注目を集めるワールド・ベースボール・クラシックも控える。
「注意喚起は抑止するために出すのであって、誹謗中傷が問題になってから動くのでは遅くなります」
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7月23日、大阪市内であった選手会大会後、会沢翼会長らは、改めてこの問題について説明した。
「近年、間違いなく増えている」という認識をもとに、現在は若い弁護士を中心にチーム制で選手の相談を受け付けている。今後は日本野球機構(NPB)とも連携していきたいという。
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