にんげんホイホイ   作:三流FLASH職人

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第二十七話 命を繋ぐメッセージ

 砂浜から土手を駆け上がり、自分たちの車に飛び込んだ白瀬ヒカルが、運転席側のドアロックを叩くように締める。

「ゼェッ、ゼェッ、ゼェ……よし、これでとりあえずは」

 

 その瞬間だった。バコン! という音と共に車全体が震動したのは。

 

「オラオラオラ、出てきなボーヤ。いまなら優しくしてあげっからさー」

 車窓のすぐ外に女が一人、目に狂気の色を浮かべながら車を蹴っ飛ばし続けている。

「ひぃっ!?」

 思わず悲鳴を上げて後ずさるヒカル。外の女は拳で車の窓ガラスを乱暴に叩き、ひじ打ちでボディをへこませ、蹴りでバックミラーをもぎ取っているのだから。

 

 コイツ、普通じゃない。女性でありながら、この狂気じみた暴力的な行為に怖気が走る。

 

「は、早く車を出さないと……って、キーが無い!?」

 車のイグニッションには鍵が刺さっていなかった、湊は人のいない世界でもマメにキーを抜くタイプだった。これじゃ車を走らせて逃げることが出来ない!

 

「ほらほらほらぁ、時間かけると後のオシオキがどんどんキッツくなるよー、さっさと出てきなー!」

 運転席のドアに打撃を集中させる気違い女。その一撃一撃が本格的な格闘技の威力を持つのを感じさせる、このままじゃ本当にドアかガラスが、破られる?

 

「くっ、な、何か、武器は……」

 こんなクレイジー女に素手で向かっても勝ち目はない。何か身を守る物は無いかと車内を見回すが、生憎三人の荷物や食料と生活用品、それに放送に使う機材や無線だけだった。これじゃどうにもならない、どうしよう、どうすれば。

 

(いや、待てよ。無線、これを使って……)

 

 

      ◇           ◇           ◇    

 

 

「シッ、シッ、シィッ!」

 リーダー格の男の鋭いジャブが二発、三発と私、椿山湊(つばきやまみなと)のガードを叩く。続いての鋭いローキックが私の左脚を捕らえ、痺れるような衝撃の直後に、焼けるような痛みが走る。

 

(こいつ……絶対に何か格闘技をやっていやがる!)

 

 先程から私の相手はコイツ一人になっていた。女二人と私が投げ飛ばした男は座り込んだまま、すっかりギャラリーを決め込んでいる。

 その理由は明らかだ。私をサンドバックにするなどとぬかしたコイツは、他の連中とは別格の強さがあった、早いジャブとローキックで近づけさせず、無理に突破しようとすると待ってましたとカウンターを狙って来るだろう。

 

 と、そこに遠方から、ドン、ガンと、何かを叩く音がこだまして来た。ちらりと視線を送った私は背筋に寒いものが走る、ヒカル君が逃げ込んだ私たちの車を、追いかけて行った女が殴り蹴り、ボディをへこまし、ミラーを蹴り折っているじゃないか、なんだあの女は!

 

「おーおー、ルイの奴張り切ってんなぁ。ま、あいつもプロだからな」

 リーダー格の男がこちらの警戒を切らずに後ろを見てこぼす。

「てか、ボーナスステージ?」

「「ギャハハハハ」」

 車を打撃で壊していく光景の比喩に、ギャラリー全員が馬鹿笑いする。

 

 冗談じゃない! あの繊細なヒカル君になんてことしやがる、せっかく彼は「この世界が一番好き」なんて言ってて、脇に浮かぶホイホイにすら何も見せなかったのに、こんな事をされ続けたら、この世界に絶望しかねないじゃないか!

 

「くっそ、がぁっ!!」

 意を決してタックルに出る。が、相手はそれを待っていたとばかりにヒザ蹴りを繰り出す。腕でガードして耐えて突破するつもりでいたが、それでも私の体ごと後ろに押し返すほどの威力があった。

 

「ぐぅっ!」

 十字ガードした腕が焼けるように痺れる、もしガードしてなければ肋骨を目一杯持っていかれていただろう、このドチンピラが……

 

「俺もプロなんでね、オッサンごときに負けるわけねーよ」

 ニヤつく男に、私は怒りの眼光を叩きつけて返す。

「何がプロだ、笑わせるなよ! 弱い者いじめしか出来ないヘタレが!」

 

 その言葉を言い終わる前、私たちのいる空間全体に、強烈な音が響いた。

 

 

 ―ヒィーーーーン―

 

 ―ピュゥーワッ・ピュゥーワッ・ピュゥーワッ・ピュゥーワッ・―

 

「な、何?」

「警報? なんでそんなの鳴ってるの?」

 

 ―緊急速報です―

 ―神奈川県横浜市、〇〇海岸にて、暴漢が、民間人を、襲っています―

 ―最寄りのパトカーは、至急、現場に、急行、して、ください―

 

「え、ウッソ!?」

 ギャラリーを決め込んでいた三人が立ち上がって周囲を見まわす。今の放送が自分達のことを言っているのでは、と感じ、焦りの表情を見せる。

 

 ―こちら静岡202号、了解。至急現場に向かいます、オーバー―

 

 その声の後、サイレン音が数回鳴り響く。ザッ、という雑音の後に、最初の人物の音声が続いた。

 -了解、被害者は三名、暴漢は男女六名、注意されたし―

 

 

(ナイス! やったな、ヒカル君!)

 思わず心でガッツポーズをする。今の放送の声、百万石ラジオにいる松波さんの声で、答えた警察官の声は富士山で合った兵庫県警の鐘巻さんのものだ。

 多分ヒカル君が松波さんにSOSを発信し、応えて松波さんがラジオを流して、ここの町内放送に向けてハッタリをかましたんだろう。ここに来る前に漁業組合の放送にバルサンラジが入るようにしていたのが思わぬ形で生きた!

 

 それに応じた鐘巻刑事も即興でアドリブを演じてくれたんだろう。今朝、富士宮市から兵庫に向かった彼が未だに静岡に居るはずもない、だが相手をビビらせればとパトカーのサイレンを流してくれているのだ、きっと。

 

「なんで……警察なんて、やってないハズでしょ?」

「やべーよ、逃げないと俺ら逮捕されるかも……」

「あ、ありえなーい。だって、今は、そんな」

 

「生憎やったな、静岡より西はきちんと社会が回っとるよ」

 私も迷わずこのハッタリに乗った。こいつらの暴虐無頼な行動は社会が死んでると思い込んだが故だろう。ならそうでないと告げてやれば、今度は自分たちがしてきた犯罪行為に自分たち自身が怯える番だ。

 

「慌てんじゃねーよ、お前ら」

 そう冷めた声で告げたのは、私と対峙していたリーダー格の男だ。

「静岡からって言ってたじゃねーか、ならここに来るまで小一時間はかかるだろ。それまでにコイツぶちのめして、娘とガキをさらえばいいだけじゃないか」

 そう言いながら、仲間にちら、と目配せする男。だが私は不覚にも、そのアクションを見落としてしまっていた。次の瞬間には目前の男が突っ込んできたから尚更の事だ。

 

「さっさと決めるぜ、くたばんなぁオッサン!」

「やってみろ、小僧が!」

 繰り出される拳や蹴りを浴びつつも、掴みかかるチャンスをうかがう。コイツが打ち疲れた一瞬を待ってひきずり倒し、容赦なく首を絞めて落とす!

 

 ―バチッ!―

 

「ぐあぁぁぁぁ……っ!?」

 全身に今までとは違う衝撃が走る。首筋をメインに全身の末端まで、強烈な痺れが駆け回り、思うように体が動かない……これは、電気? スタンガン、ってやつか!

 

 成す術なく地面に倒れ、砂を咬む。く、くっそ……加勢しやがった、のか。

 

「ざまみろオッサン、本当に殺してやんよ」

 女の声だ。私が戦いに集中しているスキに背後に回り込んで、スタンガンを押し当てられたようだ。

「オラとどめだよ、死にな!」

 背中に再び電極があてがわれる。全身を強烈な痺れが走り、骨から体がシェイクされる……くそ、マズイっ!

 

 

「ええーいっ!」

 幼い、でも精一杯の声が響くと同時、私の体の痺れが収まった。でも、この声は……まさか!

「くろりんちゃん!」

 跳ね起きてあたりを見渡す、彼女の姿はすぐに確認できた。スタンガンを持った女の上に馬乗りになって、相手の両手首をつかんでスタンガンを離させようとする。

 

 なんで戻って来た! との感情と、助かった、よくやってくれた! との歓喜が同時に湧き上がる。

 

 体はまだ痺れている。しかしスタンガンなんぞ所詮は電圧だけで電流はほぼ乾電池程度の、殺傷力の無い武器だと聞いたことがある。なら動けるはずだ、こちとら建設会社の見習い作業員の時分の雨の日の工事で、電気機械の使用中に漏電した本気(マジ)の感電を何度も食らっている、それに比べたら!

 

北九州(キタキュー)の女、なめるなあぁぁぁぁっ!!」

 ―ごすっ!―

 くろりんちゃんが相手の両手首を押さえたまま、なんとスタンガン女にヘッドバッドを食らわす。鼻面を強打された女は思わずスタンガンを落とし、それを拾い上げたくろりんちゃんが私の所に駆けてくる。

 

「湊さん、大丈夫ですか?」

「全然問題ない……まったく、君って娘は」

 感謝したいが、叱りつけたいが、どっちもする暇は無い。私達は背中合わせになり、私はリーダー格の男に、彼女は女二人にスタンガンを構えて対峙する。

 

 

 その時だった。何やらカン高い音が、全員の耳に入って来たのは。

 

 ―コオォォォォーーーン―

 

「来た! パトカーっ!!」

 くろりんちゃんがそう発すると、半グレ共はびくっ、とその身を縮める。だが違和感がある、パトカーならどうしてサイレンを鳴らさない?

 それにこの音、普通の車の音じゃない。あまりに高く乾いたエンジン音は、どこか特別な印象を与えている。

 

 やがて道路の際、まるで黒い弾丸のようなものが地を這うように走って来て、私たちの車のすぐそばに停車した。

 

 そして、その車のドアが、左右同時に真上に(・・・)跳ね上がる。

 

 

「すっげー、カウンタックじゃん」

 そう発したのは最初にくろりんちゃんを追いかけていた男だった、なんか股を押さえてぴょんぴょん跳ねながら戻って来た所を見るに、彼女に金的蹴りを食らって逃げられていたんだろう。

 

 そう、あの黒い車、いわゆるスーパーカーの元祖王者ともいえる『ランボルギーニ・カウンタック』だ。鳥取でのイオタといい、よくよくスーパーカーに縁がある旅だなぁ。

 

「おもしれー。おいお前ら、あの車ぶんどって来いよ。あれでドライブと洒落込もうぜ」

 リーダーの男の言葉に男二人が「いいねいいねぇ」と答えて車に向かう。私達を置いて他に向かうのはこの男に対する信頼からか、それとも仲間意識の希薄さゆえか。

 

 どうでもいい、敵が二人減っただけでも大ラッキーだ。すまんなカウンタックの人、どうか上手く逃げてくれ!

 

 

      ◇           ◇           ◇    

 

 

 ―バキャァッ!―

 

 ヒカルの立てこもる車のドアガラスがついに叩き割られた。拳にメリケンサックを握った女が、車内に居るヒカルを舐めるような目で睨みまわす。

 

「はい、御開帳~。最後まで出てこなかったねぇ、お仕置きスペシャルコース決定だよ、ボクちゃん~」

 割れたガラスに手を突っ込み、ドアロックを解除してドアを開け、車内に入って来る気違い女。ヒカルは「ひ、ひっ!」と涙目になりながらも、機材設置用のドライバーを掲げて抵抗しようとする。だがそれは無駄なだけでなく、より悲惨な報復を招くだけの行為でしかない、と思われた。

 

 

 と、進入して来た女の首が、がくっ、と上を向いた。その金髪が何者かの手によって鷲掴みにされていて、そのまま女は車外まで一気に引きずり出された。

「っ痛ーっ! 何しやがんだ、誰だテメェは!」

 

 尻もちをついた女の傍らに立っていたのは、黒髪をポニーテールにまとめた一人の中年女性だった。落ち着いた雰囲気と柔らかな笑顔でヒカルをちらと見ると、起き上がった凶暴女に対峙する。

 

「殺してやんよ、ババァ」

 ゆらり立ち上がり、女性に近寄る狂人。

 

 その時、ヒカルの耳には何か、ココココッ、という音が聞こえた、気がした。

 

 一瞬の後、まるで糸が切れたようにその場に崩れ落ちる狂人女(・・・)。へたりこんでから頭を地面に落とすと、そこから血と吐しゃ物がにじみ出しはじめた。

 

「君、大丈夫だった? 放送聞いたから大急ぎで飛んできたんだけど、大変だったわね」

 

 その女性が柔らかくヒカルに話しかける。

「え、あの……あなたは? 助けてくれた、んです、か?」

 その問いににっこり笑って頷く女性。

 

 ヒカルは一気に全身の力が抜けた。ついさっきまでいたぶり殺される恐怖に遭っていたのが解放されたのだから無理もない、気絶する寸前で我に返ると、思わず彼女に懇願していた。

「ぼ、僕の仲間が、まだあいつらが……助けて!」

 

「大丈夫よ、主人が向かったから、心配しないで」

 相変わらず笑顔でそう答え、海岸の方をすっ、と指差す。その先には湊さんとくろりんちゃん、そして例の悪人たちに歩いて向かう、ひとりの男性の姿があった。

 

 指差す目の前の彼女の服の袖には、こう刺繍がしてあった。

 

 ”大熊空手道場 師範代”

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