NHKで英国バースの街巡り。18世紀の建物が現在も使われている。皆さんの表情が安定しているのが羨ましい。自力で土地を買って家を建てるのも自由で良いだろうが200年も維持できるかを考えると合理的でないかもしれない。私の小さい頃は自宅を持つ意識は少なかったがしかし向う三軒両隣でした。
2012-02-09 22:09:48三崎千恵子さんには深町監督の受章祝賀会でお目にかかっていつか温泉にでもご一緒にとお話したのが最後。寅さんが亡くなられてすぐで心配していたんですが思ったよりお元気でその時は一寸安心しました。映画でもう一度ご一緒したかったですね。90歳で老衰死というのは大往生です。ご冥福を祈ります。
2012-02-14 20:41:50小学4年中途退学だとまともな勉強はしていない。読み書きはその後恥をかかないようにと努力をしたが音楽は遠く離れたままだった。先日起き抜けに「秋の夕日に照る山紅葉」と口ずさんでオヤこれは学校で習った曲だと気付いた。御免下さい花子さんと雨雨降れ降れ母さんが、覚えているのはこの三曲だけ。
2012-02-18 19:29:39淡島千景さんと同じ年に勲四等宝冠章を賜り皇居でご一緒し他の受章者と同じバスで東京駅まで送ってもらった。が降りしなに凄い夕立に遭遇。全員正装しているのにずぶ濡れ。亭主が傘を二本持っていたので一本使って頂いた。呉々も使い捨てにとお伝えしたが送り返して下さった。87歳ご冥福を祈ります。
2012-02-20 11:15:44私の母は20才の時結婚に反対され銚子に駆け落ちして私を生んだ。オシメも取れないうちに鶴見に仕事を求めて引越し。暫くすると朝晩玄関に牛乳が2本置かれた。有難いが代金が払えませんのでと断ったら赤ちゃんは乳を与えなくては死んじゃうよって逆に叱られたとか。昔は身も知らぬ人にも親切でした。
2012-02-23 16:48:17昭和11年私は14歳内職をして三味線を教わっていた頃で時々浅草、上野で余興に出ていた。2・26は雪の上野近辺で普段より相当多い兵隊さんの出動に異変を感じたがラジオも無い時代で事件を知ったのは数日後であった。翌年の日支事変は当日余興に行ったが客が全く居なかったのを今でも覚えている。
2012-02-26 20:31:08BS日テレ日本の歌は聴かせるよりも一緒に唄わせる曲が多い。今日も昭和20年代の軽快な曲が流れてきて釣られて唄っていた。あの頃の歌は街が出てきて人模様も出てきて自然に情景が頭に浮かんでくる。聖路加、銀座、浅草、神田等々。今はこういった曲を作るプロの作詞家、作曲家が殆ど見当たらない。
2012-03-05 23:37:183.11は2万人の命が奪われたが昭和20年3月10日は空襲で数十万人が殺された。戦時中の避難訓練も防空壕も役に立たずほんの僅かな好運に巡り合えた人達だけが生き残った。我家の三人はもの凄い火の強さに行き場をなくして金竜小の砂場でトタン板の下で数時間ジッとしていて辛うじて生還できた。
2012-03-10 23:17:48私の周りでも写真家の永江君、大原麗子さん、最近は山口美江さん。まだ老齢前なのに皆さん一人で死んで逝った。昔は町内会には全員参加が当たり前で出ないと呼びに来たものです。職業に関係なしでね。最近はそんな会合も少ないし出席しなくてもそれでお終いでしょ。自から選んだ環境で孤独死も有りか。
2012-03-17 18:46:22浅野忠信君の映画は秀逸でした。NHKBS「モンゴル」。昭和18年満州慰問の時蒙古の徳王にパオでお会いしたのを思い出しました。日本人と思わせない貫禄の演技はさすがです。騎馬シーンも良かった。深町監督のNHKドラマに当時高校生の浅野君がデビューした時私も緒形拳さんと共演したんですよ。
2012-03-20 19:26:39私の卒寿のパーティーに使うので夫婦達磨の色紙を画いてくれとマネージャに頼まれた。これは昭和35年頃に300枚の色紙を頼まれてどうしようか迷った時に挿絵画家の今村恒美先生から漫才は二人なんだから並びの達磨が良いとアドバイスを頂き画き方のご指導も願った。以来万の数は画いていると思う。
2012-05-23 21:12:28レバ刺しを禁止とするらしいが安易に決めすぎてはいないかね。その歴史は定かには知らないが少なくとも私の子供の頃には既に通用していた食べ物。その伝統を今でもきちんと守って、しっかりした物を吟味提供しているお店にもこの禁止令を課すのは失礼千万。一方的な命令で文化を規制するべきではない。
2012-06-13 21:46:56すっかり死語になったようだけど昔は男芸者が羽振りを利かせていた。いつも身なりを整えて笑顔を振りまいて世間を元気づけた。最近の小沢さんの顔はひしゃげたようなべそ顔で以前の鋭さがない。誰もが知っている顔と名前なんて世の中そうは居ない。いつも俺は小沢だって顔でいてもらいたいものだわね。
2012-07-03 22:16:03山田五十鈴さんが亡くなられた。88歳で文化勲章を受けられたがその受章パーティーに出席を許されお声掛けさせて頂いた。その後ほとんど表にはお出になられずお噂は届いたがただ心配するだけだった。本気で役にぶつかるので三味線もお唄いも見ている私たちに緊張感を強いた。心からご冥福を祈ります。
2012-07-10 22:07:14私は10歳で蕎麦屋さんの子守奉公に行ったけど日毎坊ちゃんのお世話を終えたらお店の隅で色々手伝った。お客様の下駄をきれいに拭いたり鼻緒を直したり、お蔭で7銭の代金を10銭で払うお客様の3銭のお釣りをよくチップで頂いた。テレビでお蕎麦を足で踏んづけて揉んでいるシーンを見るに耐えない。
2012-07-11 21:16:17最近の鉄砲豪雨はまったく想像できない酷さですね。25名近い方がお亡くなりになっているけど役所は想像外の出来事で処理するのかね。私は子供の頃南千住で荒川の洪水に遭遇しています。私の腰の辺りまで水がきました。荒川区台東区は必死になって護岸対策をやってきて最近は冠水の恐れは感じません。
2012-07-12 22:44:43勝新さんの座頭市を時々見るが珍らしく今日は最初から見たら映画の前に「不適切な言葉が入るが当時はそれで良かったので御免なさい」という謝りが延々と流れた。その当時を生きてきた人間にとってこんなに深々と頭を下げる問題かねと思った。今流行の「やばい」だってお断りを流す位ひどい言葉なのに。
2012-07-24 19:22:11昭和15年に東京オリンピックが開催される寸前で戦争の為中止になった。その時期に三ノ輪の金太郎飴がオリンピック記念の飴を発売した。横並びに五色の棒状の飴が並んでいて各色の飴を輪っかにして五輪のマークに並べ替えて楽しむことができた。私はそれを仲買して売った覚えがある。結構良く売れた。
2012-07-29 20:34:15NHKBSが時代の証言戦争体験談を再放送。初めての放送時は私も戦地に行ったから分っている位の気持ちだったが今日はじっくり見たので最前線で生死をさまよった方々のお気持ちを改めて心に留めた。敵と戦うと今夜は食べ物にありつけるという率直な意見にハッとする。スタッフの粘り強さに感服した。
2012-08-01 19:27:36NHKBSで戦艦大和生存者の証言を見た。女の私でさえ昭和18,9年の北満州慰問で何があってもしょうがない覚悟はしていたが、今日の皆さんは明らかに死の覚悟をしていた人ばかり。生き残ったが故に死んだ人を今でも弔っている。この全く想像も出来ない人生はとてもとても大変だったことでしょう。
2012-08-11 22:16:35昭和20年8月15日は軍の慰問で水戸方面に行ったが軍の門をくぐった途端に戦争は終わったよと言われ訳が分からないまま帰路についた。来た列車に飛び乗り、鈴なりの人を積んで上野にむかった。何とか帰り着いたのは翌朝。足立に帰る途中敵機に打たれる心配がないのにちょくちょく空を見上げました。
2012-08-16 21:56:1189年前関東大震災は大正12年9月1日に起る。私が1歳になる11日前の事。両親は下町森下で激震を受け小松川に逃げて着のみ着のままで数日を過ごし10里位離れた千葉県印西市木下の父方の親戚を頼って歩いたとか。木下の親戚が最初にやってくれたのは乳飲子の私の牛乳探しだったとか。嬉しいね。
2012-09-01 18:20:15私は実父を全く知らない。満一歳を迎える11日前に遭遇した関東大震災の数日後母、私と三人で木下(きおろし)の親戚の家に逃げて来た父はすぐに職探しと称して東京方面に一人出て行った。その後母も職探しに東京へ。その居場所に父は数回金の無心に来たらしい。私が物心付く頃には来なく無ったとか。
2012-09-02 14:45:37関東大震災で逃げて行った印西市の木下は父方の親戚でそこに親子が長く厄介になるわけにもいかず12月になって母は単衣のまま私を負ぶって日暮里に出てきた。それも素足で。想像を絶する哀れな格好。中年の男性が「草履を買って乳飲み子に食べ物を」って50銭銀貨を下さった。新宿の大黒屋さん多謝。
2012-09-03 18:29:21白黒のテレビを見ていると出演者との思い出が懐かしくよみがえってくるが亭主に確認すると殆どの皆さんは鬼籍に入っている。東海林さん市丸さんかなり年上の人たちはそうだと思うが、私より年下のフランクさん九ちゃん美空さん色々な若い方は現在も元気に頑張っていて素敵ねと勘違いする事が結構ある。
2012-09-06 20:20:59
じっくり読み入ってしまいました。。。
@utumikeiko 「和歌山の牛島膏」とありますが、埼玉の熊谷の記憶違いかと存じます.牛島膏は皮膚病に非常によく効きますが、現在は製造をしておりません.