🕊️ これは、風と共に歩く旅だった──藤井風《旅路》《満ちてゆく》《grace》に寄せて
※本稿は、藤井風さんご本人の意図とは異なるかもしれません。
けれど私はこの3曲
──《旅路》《満ちてゆく》《grace》──
を聴くうちに、
まるで一つの流れのような、静かな“変容の物語”が浮かび上がってくるのを感じました。
これは、私自身の心の旅路と重ねた、個人的な仮説です。
けれど、同じように感じている誰かに、そっと届けば嬉しいです。
🛤️《旅路》──迷いの中に、光を忘れずに
幼さや不器用さに揺れながらも、
それを「学び」として受けとめ、歩みを止めなかった人がいた。
《旅路》は、そんな記憶のアルバムをめくるような曲。
「この宇宙が教室なら、隣同士 学びは続く」
その一節に、私は救われた。
間違えることや彷徨うことさえも、旅の一部なのだと──
不完全さを抱いたまま、それでも進む者の背中に、
そっと朝日が射しているような温かさがあった。
🌅《満ちてゆく》──手放すことで、満ちてゆく
“愛されるために愛するのは悲劇”──
そのフレーズが胸に残るのは、
きっと私たちが、何かを得ようとしてばかりだったから。
でも《満ちてゆく》は、
「手を放す」ことの美しさを、まるで風のように教えてくれる。
言葉では語りきれない想いも、
心に刻まれた傷も、
「それでよかった」と笑える日が来る。
満ちてゆくのは、持つことではなく、
軽くなることだったのだと──
静かに気づかされる。
💫《grace》──すべての痛みが、愛に還るとき
「助けて神様」「だけど去るのはいつも私だった」──
この歌は、誰かとの対話であると同時に、
ほんとうは、自分自身との対話だったのかもしれない。
《grace》には、痛みと赦し、別れと帰還、
すべてが重なっている。
それは、まるで内側の夜を越えて、
朝の光に溶けていくようなプロセスだった。
“あなたはわたし、わたしはあなた”
そこに至った時、もう誰も裁かないし、
誰のせいにする必要もない。
ただ、すべてを抱きしめる静けさが残るだけ。
🌏 三部作として浮かび上がる“変容の地図”
《旅路》が、未熟さや迷いを抱いた出発点。
《満ちてゆく》が、手放しと変容を経て軽くなる過程。
《grace》が、赦しと融合へ向かう還元の地点。
この3曲は、人生の「深い呼吸」にも似ている。
吸って(旅路)、
吐いて(満ちてゆく)、
そして、祈るように沈黙する(grace)。
藤井風さんの音楽は、
「ただ聴く」のではなく、「共に歩く」ものだと、私は思っている。
だからこそ、この3曲を通して、
多くの人が自分自身の“旅路”を思い出すのかもしれない。
🌿最後に──風のように
変わりゆく日々のなかで、
「それでも信じたいもの」が心の奥にある。
言葉にならない願い、
忘れたはずの痛み、
静かに満ちてゆく愛──
そんなものを、
風さんの音楽は見えないままに抱いていて、
だから、私たちはただ涙が出るのかもしれない。
それは、「意味」ではなく、「響き」。
この三曲に出会えたことが、
私にとっての“grace”でした。



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