延期の理由として考えにくい
先にも述べたように、今回の成年式は皇室にとって40年ぶりの大切な儀式だ。さらに悠仁殿下ご本人にとっては、まさにご生涯に一度限りの、かけがえのない行事に他ならない。
それなのに、ただ「出席者の負担も減る」というだけの理由で、19歳(!)になるまで延期されるだろうか。
そもそも天皇や皇后ならともかく、宮家の皇族のお誕生日のお祝いに、多くの人たちを招く、大がかりな行事が行われるわけでもない。
したがって先の匿名情報を、そのまま真に受けるわけにはいかない。
宮殿か、民間の施設か
ここでヒントになる事実がある。
それは、悠仁殿下の成年式にともなう祝宴が、宮殿ではなく、都内の民間の施設で行われたことだ。9月6日の私的な夕食会=ご内宴は帝国ホテル、同10日の公的な昼食会=午餐は明治記念館で、それぞれ開かれた。
天皇陛下と秋篠宮殿下の時は、ともに宮殿が使われた。天皇陛下(当時は浩宮)の場合は、昭和55年(1980年)2月25日に「祝宴の午餐」が豊明殿、「祝宴の晩餐」は連翠にて、それぞれ行われた。この時、昭和天皇と香淳皇后はどちらにもご臨席になられた。
秋篠宮殿下(当時は礼宮)の場合は、昭和60年(1985年)12月3日に祝宴が行われ、いずれも連翠が用いられた。昭和天皇と香淳皇后は天皇陛下の時とは違って、晩餐にだけご臨席になっている。
天皇陛下も秋篠宮殿下も成年式当時は、上皇上皇后両陛下(当時は天皇、皇后)のお子さま(皇子)として、皇室の中枢というべき「内廷」におられた。内廷は、その時の天皇皇后および皇子などで構成され、独立の生計を営まれる。
直系の皇嗣(皇太子・皇太孫)以外は、ご結婚とともに内廷から離れられる。男性であれば「秋篠宮」などの宮号を授けられて、別に宮家を立てられる。女性であれば今のルールのもとでは、皇族の身分を離れて国民の仲間入りをされる。
ちなみに「直系」というのは、この場合、天皇から親―子―孫……とつながる系統を指す。そこから分かれた系統が「傍系」になる。
天皇陛下も秋篠宮殿下も直系の「内廷皇族」として、宮殿で成年式の祝宴が行われた。秋篠宮殿下はその後、ご結婚により宮家を立て、傍系に移られた。
その“内廷外”の傍系の宮家に生まれられた悠仁殿下の場合は当然、事情が異なってくる。