今宮健太は「二刀流」で甲子園を沸かせた 「打倒・菊池雄星」に闘志を燃やし高校通算62本塁打・最速154キロ
結局、最後は129キロの変化球で空振り三振。ストレートと20キロ以上の緩急差に、佐々木大のバットはかすりもしなかった。つづく斉藤奨にも、154キロを含むすべて150キロ超のストレートで追い込み、最後はやはり変化球で空振り三振。球場が大きくどよめく。 「こちらが間を取ろうというタイムさえ取り忘れていたのに、よく抑えてくれました」とは、当時の明豊・大悟法久志監督である。 171センチという小さな体のどこに、そんなエネルギーがあるのか。最終的には延長10回表、三塁手のミス(記録はヒット)から許した走者に勝ち越しのホームインを許して敗れたが、今宮は当時、笑顔で振り返っている。 「選抜からの努力? スポーツ選手ですから、努力するのは当たり前です。154キロ......そんなに出るとは思いませんでした。もう少し体があればピッチャーでもいいんですけど、こんな自分でも150キロを投げられるって、子どもたちに伝わったかな」 【ほろ苦い甲子園デビュー】 さかのぼって、2007年秋。1年生ながら明豊の背番号1を背負った今宮は、九州大会決勝で、翌年の選抜を制する沖縄尚学高を1失点で完投している。最速138キロながらカーブ、スライダー、チェンジアップ、シンカーなどの多彩な変化球を駆使した投球術は安定感があった。 その秋は、公式戦10試合に登板して防御率2.04。ただし、並外れた運動能力とセンスは「本来なら打者に専念させ、ショートかセカンドに置きたい」(大悟法監督)ところ。なるほど、投手成績もさることながら、公式戦打率は.540、練習試合を含めて6本塁打は、下級生ながらいずれもチームトップなのだ。 初めて今宮と会ったのは2008年冬、選抜を控えた時期だった。たまたま雨でグラウンドが使えず、校内での取材。勝ち気そうな凜々しい眉で、表情がよく動く。こちらの目を見ながら、はきはきと自分の言葉で話す姿は、野球が好きでたまらない野球小僧そのままだ。