「はぁ〜……」
ポコン、ポコン、と着信音と共に振動するスマホを眺めて、皐月はうんざりした様子でため息をついた。
ここは彼女のマンションの自室。一人、むっちりとした肉付きの長い両脚を大胆に投げ出して組み、ソファに寝転んでいる。「彼女のマンション」というのはその通りの意味で、ここは皐月が一人で住むマンション。もちろん彼女の年齢でマンションの部屋を購入することはできない。奴隷に買わせたのである。
皐月が見つめるスマホの画面に届いているのは、直接は面識のない男からのメッセージである。
彼女は、多くの同世代の若者たち同様、日頃からSNSに写真を投稿して楽しんでいる。ただ、彼女の場合はいくらか用心深い方で、自分の顔が写った写真はアップしていない。それは彼女が自分自身の容姿の力をはっきりと自覚しており、顔出し写真を載せてしまったら、たちまち注目が集まり大変なことになる、と分かっているからである。そして世間から過度な注目を集めることが、彼女の「本当の趣味」をやりづらくさせるだろうというのは、容易に想像できる。
だが、そんな非顔出しアカウントであっても、皐月の後ろ姿や手足だけの写真から彼女の魅力がほとばしっているのだろうか。同世代以外のフォロワー、つまりスケベ心丸出しの年配男性から送られてくるメッセージは後を絶たない。そもそも、現役JKのアカウントを狙って片っ端からDMを送る者もいるのだろう。基本的には無視していれば消えていくのだが、今、粘着してきている三隅 英夫(みすみ ひでお)というアカウントは、かなりしつこい存在だった。
おそらく実名で、よりによって顔出しアイコンを使っている中年おじさんのアカウント。どうしておっさんに限ってこうして恥もなく顔を晒け出すのだろう?と皐月には不思議である。そんな男から毎日のように送られてくる一方的なメッセージに、彼女はいささか辟易していた。
「だっるいなぁ」
そう呟いた彼女は、ソファの上で寝転んだまま、何気ない仕草で、くいっ、と尻を横に持ち上げる。
ぶばッッ…すぅうぅうーーーーぅうううーーーーぅうぅううぅううううっっ!!!!!
他に誰もいない部屋で当然のように放った一発。彼女にとっては、下腹の軽い張りを解消するためのただの軽いガス抜き。腰の位置を元に戻し、またリラックスした体勢でスマホを弄り始めた皐月だったが……、その数秒後、むもわあぁ〜ぁあ……っっ、と立ち込めた臭いに、思わずガバッと起き上がった。
「うげっ!何これ、くッさ!」
自分で出しておいて、自分で驚く。今、この部屋に充満する脂ぎったような腐敗臭は、それほどの濃度だった。もしもここに皐月以外の(そして安奈以外の)人間がいたら、大絶叫の後、床にのたうち回って失神している。間違いなく、そのレベルの激臭だった。
皐月は鼻をつまみ、思い切り顔をしかめながら、軽く咳き込む。
「ケホッ、嘘でしょ? いやマジかこれ」
そして自分自身に呆れたように半笑いを浮かべた後、ふと斜め上を見上げて考え込み、指折り何かを数える。5本の指を閉じてから、小指と薬指を立てたところで、納得したように軽く数回頷く。そして、にんまりと微笑んで、またスマホを開き、届いていた粘着男からのメッセージにリプライした。
三隅と落ち合って、皐月がやってきたのは、とあるカラオケ店だった。
街の中心部からはやや外れたビルにあるここは、皐月と安奈が「御贔屓」にしている店。……それはもちろん、ただ単に「常連客」であるという意味だけではない。ここは、完全に彼女達の「支配下」にあるカラオケ店なのである。
都心には、皐月と安奈が「支配」しているカラオケ店、ラブホテルが、合わせて10ほどある。店長、オーナー、店員の全員をおならで服従させ、やりたい放題に使えるようにしているのである。そうでなければ、カラオケはともかく、ラブホテルに制服姿で入ることは出来ないだろうし、室内で繰り広げられる壮絶なおなら責めによる部屋への臭いの沈着や、犠牲者が発生したときの処理をいちいち店を誤魔化して行うのは面倒、というのがこうした店を各地に用意している理由である。
彼女達2人は、このような支配下にある店を通称「ヤリ部屋」と呼んでいた。
あらかじめ電話して来店を告げていた皐月が店に入ると、カラオケ店は店長を筆頭に店員総出で彼女と三隅を出迎えた。
あまりに仰々しい歓迎と、
「フードはいつものね。30分後に持ってきて」
とだけ受け付けに告げて、顔パスでエレベーターに乗り込む皐月。そして入ったのは、この店舗で最大規模となる20名収容の302号室パーティールーム。
三隅は、その仰々しい歓迎ぶりと、ただものではない皐月のふるまいにいささか面食らった。が、それ以上に、ダメ元ワンチャンでメッセージを送り続けていたJKがこうもあっさり会ってくれたこと、そして現れたのが度肝を抜くような美少女であったことに胸が躍っていた彼は、多少不自然なカラオケ店のことなど気にもならなかった。
——30分後。
店長とアルバイト店員の2人は、ぐっと押し黙ったまま、3階フロアにやってきた。2人共、皐月(そして安奈)の本性は嫌と言うほど知っている。できればあの部屋には近づきたくもない。だが、そうしないわけにもいかない。
3階のフロアは、昼時とは言え、休日のカラオケ店とは思えないほど静かだった。皐月から「予約」が入った際は、最も大きなパーティールームを彼女のために手配し、同時に3階の他の部屋は空けておかなければならない。今、室内からカラオケのBGMが籠もった音で漏れ聞こえるのは、302号室だけ。
店長とアルバイトは、2人がかりで食器運搬用の台車2台を押している。そこに載せられた、山のようなフードメニュー。最も目を引く超特盛フライドポテトをはじめ、ピザ、唐揚げ、焼きそば、たこ焼き、ジャンボパフェ……。20人規模のパーティー用フード×2はあろうかという量だが、今、これを待つのは皐月ただ1人である。
302号室の扉の前に立った2人。中から聞こえるのはカラオケの音と皐月の歌声だけ。
ちょうど曲が終わったタイミングで、店員2人は互いに顔を見合わせ、ゴクリと生唾を飲み込んだ後、意を決して扉を開ける。
「し、失礼致しま——ふぐぅうッッ!!!?」
「え、な、——うッううぅうううッッ!!!?」
そして2人の顔面は、一瞬で苦悶に歪んだ。
開けた扉の向こう、パーティールームの室内から、空気に澱んだ黄土色が着いているのではないか、カラオケルームではなく蒸し風呂なのではないかと錯覚してしまうほどに劣悪な腐卵臭が、ぶぅわッッ、と溢れ出てきたのだ。
「ん、どうもねー」
その地獄の個室空間の中で、脚を組んでソファに座りマイクを持っていた皐月が、平然とそう言って2人を一瞥する。
そして室内に、同伴してきた男の姿はない。——いや、いた。
彼は、気をつけの姿勢で足先から肩のところまで強力なガムテープでぐるぐる巻きのミイラ状態にされ、ソファに体をもたれかけている。そして皐月が彼の顔面をクッションにして堂々とソファに座っているため、一見して気付きにくかったのだ……
時間を30分巻き戻そう。
皐月は、三隅と302号室に入室し、ハンドバッグを置くやいなや、思わせぶりな笑顔を浮かべると、スカートの中に両手を差し込んだ。
目を丸くする三隅の前で、彼女は腰を小さく振りながら、膝を曲げ、ゆっくりとパンティを下ろしていく。
いきなりの大胆すぎる行動に、三隅の方は、あっちもヤる気満々じゃねぇか!と心の中でガッツポーズをしたに違いない(もちろん彼女は違う意味でヤる気満々なのだが)。鼻息を荒くする彼に、
「焦らないで。ちょっとだけあっち向いてて?」
とやや媚び気味に告げ、壁の方を向かせたところで、皐月は脱いだパンティを右手の中で丸め、生尻の間に手のひらごと被せるように持つと、
………ふすぅぅうーーーぅうぅううぅうーーーぅううう………っっ
と、完全に無音で(彼女にしてみれば)少量のガスを放つ。
もちろんそれは、量と音はごく控えめでも、濃度は「ベスト」なものに調節して出した一発。皐月は素早く三隅に歩み寄り、背後から手を回して、無音すかしっ屁を染み込ませたパンティを彼の鼻に押し付けた。
「ふぅぅんぐうぅッッ!?!?」
という短く太い唸り声の後、彼女の狙い通り、数秒後には意識を失った三隅。
彼女はバッグからガムテープを取り出し、失神している三隅の全身を、手際良くぐるぐる巻きに拘束すると、ソファの座部に頭が載るように設置する。そして顎を持って口をこじ開け、彼を失神させたパンティを中に突っ込む。三隅はその瞬間、
「ぉごッッ!!?」
と喉の奥から呻き声を漏らしたが、まだ目を覚ました様子はない。皐月は呻きを無視して彼の口にもガムテープを貼って塞ぎ、その身体を跨ぐようにしてソファの前に立つ。そして、パンティから開放された巨尻を手でやや広げ気味にしながら、当然のように腰を下ろした。
皐月の完璧な生尻顔面騎乗。そこまで来て彼女はようやく、ふぅ〜、と大きく息を吐く。
「やっぱガンキは生に限るわ〜」
心から気持ちよさそうにそう独り言を言った彼女は、そのままの流れで下腹に軽く力を込めた。
ぶっっぼぼうぉおおぉおぉーーーぉおーーーぉおぉおおおぉおおおっっ!!!!!
「——ッッぅぐぐむぐぅうううぅーーぅぅうーーぅぅぅううううッッ!!?!?」
——そして放たれた一発で、尻に敷かれた三隅はようやく意識を取り戻す。もうすっかり、時すでに遅き状態で。
彼の反応を無視して、皐月はミニスカートの前をぺらっと捲り、生地の下に籠もっていたガスを立ち上らせて、自らの鼻でその凶悪さを確認すると、
「おえっ」
と短く呟いて顔をしかめた。
それから彼女はすぐさま、尻の下に敷いた三隅の首から上に覆いかぶせるようにスカートを元通りに戻し、にやっ、と満足げに微笑んだ後、リモコンを操作し、カラオケマシンに1曲目を入れる。そしてマイクを手に取り、流れはじめた前奏の間に
ぶぶゔごおおおおぉおおぉーーーぉおおーーーぉおおぉおおおっっ!!!!!
とさらに一発ぶっ放した後、放屁音とは対極的なのびやかな澄んだ声で歌いはじめたのだった——
——こうして、皐月の注文通り、入店から30分経ってから店員2人が大量のフードを運んできた頃には、302号室のパーティールームは極悪のガス室と化していた。顔面を座布団として使われ、生尻顔面騎乗状態からゼロ距離でガスの直噴射を受け続けるという拷問により、三隅が当初抱いていた下心は完全に砕け散っていたが、皐月はそんなことにはお構いなしで、気持ちよく「ヒトカラ」をしながらガスを放出し続けていた。
ただ扉を開けただけの時点で苦悶に表情を歪めている店員達にとっては、こんな室内で涼しい顔をして歌を歌っているその光景がまず信じられない。だが、そこにいるのはあらゆる意味で常識の通じない女子校生、木戸 皐月なのである。
「どうしたの?早く入って、フードそこ置いといて〜」
ドアを開けただけでなかなか入ってこない店員2人に皐月はそう呼びかけてから、組んだ脚の太腿の上に置いたリモコンに視線を落とし、曲を選ぶ。
「は、はい、し、失礼致します………、ぅぐッッ!!!」
意を決した店員達は、食器用台車を押して室内に足を踏み入れる。が、中に入ると、扉を開けたときに溢れ出てきたものとは比べものにならないほど濃密な下水腐卵臭が充満していることを、鼻だけではなく肌で感じるほどだった。
「うぅううッッぷ!!!」
店長の方はなんとか呻くだけで堪えた、が、続いて入室したアルバイト店員の方は、身体の反射反応で大きく嘔吐き、目をギョロッと見開いた。胃の底から内容物が一気に逆流し、こみ上げてくる。だが、彼はなんとかギリギリのところでそれを抑えた。いくらか喉より上に上がってきた胃液も溢れてしまわないように唇をぎゅっと結ぶ。もしここで嘔吐などしてしまったら、2分後、あの巨尻の下にあるのは自分の顔かもしれないのだ。
2人はできる限り速やかにフードを台車からテーブルの上に運んでいく。しかし、いかんせんその量が多すぎる。そう簡単には終わらない。
彼らが真っ青な顔をして配膳している間も、皐月はそちらには目もくれず、次に歌う曲を選択すると、マイクを持ち、前奏は始まったと同時に、
ぶぶずぶずうううぅうぅーーーーーぅうううぅーーーぅうううぅううううっっ!!!!!
と、当然のようにガスを解放した。
「んんんッッぐぐううぅぅぅううーーーぅぅぅうぅううーぅぅううッッ!!!!!」
「ひッッ!!?ふぐ——ッッ!!!」
「ぅうッッ!!!うぅううぅぷ……ッッ!!!」
尻に敷かれた三隅が絶叫するのはもちろん、2人の店員も押し殺したような悲鳴と呻き声を上げる。
それでも皐月は彼ら3人がこの部屋に存在していないかのように歌い始める。彼女はただ「ヒトカラ」をしているだけ。存在するのは、透明人間同然の店舗スタッフと、ただの座布団、とでも言わんばかりに。
「〜〜♪ んっ♪」
ぶずっっ!!!ぶっ!!ぶぼぅっふぉおぉぉぉおーーぉぉおーーーぉぉおおおおっっ!!!!!
「ふんぐおぉぉぉぉーーぉぇええぇぇええぇえええッッ!!!!!」
そして歌う間にも、フレーズの切れるタイミングで自然な流れで息み、連発放屁。
絶叫する三隅。店員2人は、目で見て取れるほどにプルプルと大きく震えながら、無言でフードを並べ続ける。もう、口を開けば吐いてしまいそうなのだ。
震える両手でようやく配膳を終え、パーティールームの大きなテーブルがフードで一杯になったところで、店員は、
「そッッそれではッ、ご、ごゆ、っくり……ッッ!!」
と深々と礼をして、逃げるように部屋から脱出する。
と、彼らが扉を完全に閉めた瞬間、室内から漏れ聞こえるカラオケの大音量と皐月の歌声と共に、それらを遥かに凌ぐ音量で、
ぶゔりッッ!!!ぶりぶりゅぶずりゅりいいぃいぃーーぃいいーぃいいいいッッ!!!!!
という、とんでもないド迫力の超爆音が、部屋の外まではっきりと轟いた——
「ひぎッッ!?!? うぐうッッ!!!オォエエェエェエッッ!!!!!」
「うぉえぇッッぷ!!!うげッッ!!ォゲエェエエッッ!!!!!」
店長もアルバイト店員も、そこが限界だった。
2人は廊下で大きな嗚咽を上げた後、台車のことを放り出して廊下を走り、一目散にトイレに駆け込む。それからしばらく、2人の嘔吐する音が、誰もいない3階の廊下のトイレの外にまで響き渡っていた……