残虐な少女たち

1

 昼休み、小倉(おぐら)は昼食を買いに、小銭を握り締めて購買へやってきた。お目当ては一番人気の焼きそばパン。他の生徒でごった返す中で、彼は最後の1個を手に取ることができた。今日はラッキーだ。そう思いながら、買ったフルーツ牛乳と焼きそばパンを持って教室に戻ろうとしていた彼の背後から、
「えー!?焼きそばパン売り切れちゃったのぉ?」
という声が聞こえてきた。
 小倉が振り返ると、そこにはがっくりと肩を落としている女子生徒が一人。彼は、その子のことを知っていた。校則ギリギリアウトくらいの焦げ茶色に染めたミディアムロングの2年生、芦屋 安奈(あしや あんな)だ。
 と言っても、3年の小倉は、彼女との面識は全くない。それでも彼が彼女のことを(一方的に)知っているのは、彼女の髪色が目立つからというだけではない。彼女は、とにかく物凄く、可愛いのだ。トップアイドルや女優として芸能活動をしていてもおかしくないレベルである。にも関わらず、学内外を問わず彼氏がいるなどの浮いた話は全く聞かない。それゆえ、学校中の男子は少なからず安奈に関心を抱いており、小倉も、2年にとびきり可愛い子がいるということは知りつつ、特にアクションを起こしたりはすることのない男子のうちの一人だった。
 そんな彼女の大きな瞳が、ひときわまん丸に大きく開いたかと思うと——その視線は、小倉の手元に寄せられた。
「あ!焼きそばパン!」
 そう言って、たたっと走り寄ってきた安奈は、じっと彼が手に持ったパンを見つめる。
 小倉は、まさか、と思った。最初は自分のことを言っているのだとは思わなかった。何しろ、彼は安奈のことを知っているが、安奈が彼のことを知っているとは思えなかったのだ。しかし、どう考えても自分のことをじっと見つめてくる安奈に、小倉はドキドキしながら話しかける。
「あ、あの……、よかったら俺の、いる?」
 それを聞いた安奈の表情が、ぱぁっと明るくなった。
「ホントに!?いいの?」
「あ、ああ、いいよ、俺は別に、他のパンでいいし」
「やったぁ、ありがと!」
 学年別に色が違う上履きから、小倉が3年であることには気付いているはずだが、安奈は気にもせずフランクな調子でそう言い、小倉から焼きそばパンと、当然のようにフルーツ牛乳も受け取って、にっこり笑う。
 その笑顔を向けられて、小倉の心は、ぐらりと大きく揺れた。——めっちゃくちゃ可愛い……。間近で拝むと、彼女の容姿に心惹かれずにはいられない。それまでは「噂になっている可愛い2年の女子」と認識していたに過ぎなかった小倉が、恋に落ちた瞬間だった。
 小倉は、焼きそばパンを買えたとき以上に、今日はラッキーだ、と思っていた。その焼きそばパンは食べられなくなってしまったが、それと引き換えにして、これまで遠巻きに見ているだけだった安奈と接点を持てたのだから。パンと牛乳をあげた。ただそれだけだが、そこから始まる関係もあるはずだ。
 そんなことを考えて、脳内に幸福ホルモンが満ち溢れていた小倉にとっては、続く安奈の一言は、想像を上回るものだっただろう。
「じゃ、一緒に食べる?」
「へっ!?」
「や、お昼。一緒に食べない? それとも誰かと食べる約束してた?」
「いッいやッ、し、してないけど………ッ」
「んじゃ、決まり! あ、私、安奈ね、よろしくー」
「あっ、えっと、お、俺は3年の小倉って言って……」
「じゃあ小倉センパイ、自分の分のパン買ってきて、校舎裏で一緒に食べよ♪」
「あ、ああっ!うん!す、すぐ買ってくる!ま、待ってて!」
 考えもしなかった急展開に舞い上がりながら、小倉は購買へと戻る。もうパンなんてなんでもいい。彼は一刻も早く安奈のもとへ戻ってくるべく、ダッシュで人ごみをかき分けて行った。

 こうして2人で昼食を持ち、小倉と安奈はひとけのない校舎裏の体育倉庫前にやってきて、軒下に横並びで座り、一緒にパンを食べた。
「——ってことがあってさ」
「何それー!超ウケるww」
 小倉には、なぜ安奈がこんなに積極的に来るのかさっぱり分からなかった。が、話しているうちに、彼女の方も自分に好意を抱いているのではないか、と感じ始めていた。
 喋りながら、にこやかに笑う安奈。小倉はけして口が達者なわけではないが、そんな彼の話にも、安奈は楽しそうにリアクションを取る。ただ食べたかった焼きそばパンを貰ったからそのお礼、というだけには思えなかった。もしかすると、安奈の方も以前から俺のことを知っていたのではないか? そして、俺に近づきたかったから、焼きそばパンをきっかけにして俺に近寄り、パンを貰うことで一緒に昼飯を食べながら話す口実にしたのではないか? ——小倉には、そう思えてならなかった。
 小倉は安奈とまともに正対することさえ出来ない。一方の安奈は、体を小倉の方に向け、距離を積極的に詰めて絶やさず笑顔を向けている。
 小倉は、ドクンドクンと高鳴りっぱなしの心臓を止められない状態で、会話の中でちらちらと彼女のことを見る。そこにいるのは正真正銘、ダントツ学校イチの美少女だ。そして彼の視線は、どうしても彼女の顔より下にも向かってしまう。
 これもまた校内では有名な話だが、安奈は同年代の中で、いや、成熟した女性の中で比較しても、群を抜いた巨乳である。それを隠すつもりもないらしい彼女は、着丈や胴回りに合わせたサイズのブラウスを着ているため、胸元はいつもはち切れそうなくらいパツンパツンに張っており、その結果、さらにそのバストサイズが際立つことになる。今も、制服のリボンは彼女の大きな胸の丘の上に載るような形になっているし、胸ポケットに入れているスマホが乳圧に負けて折れてしまうのではないかと不安になるほど。さらにこうして至近距離でよく見ると、ブラジャーの柄が透けているのもはっきり見て取れる。
 また、安奈の生脚も小倉の視線を引き寄せるには十分すぎるほどの輝きを放っていた。膝上20センチは上げているであろう超ミニスカから伸びる、長く、艶やかで、むっちりとした生脚。特に肉付きの良い太腿まで惜しげもなく晒しているのは、若さがなせる業。安奈の超ミニから見える太腿は、全ての男子生徒が一度は目で追ったことがあるはずである。
 そんな巨乳、生脚が、手を伸ばせば容易に触れられるくらいの距離にある。小倉は、自分の顔が赤くならないように心拍数を抑えるだけで精一杯だった。
 そんな時——
「あっ、ちょっと待って、髪に何か付いてるよ?」
と安奈が言い、小倉の後ろ髪のところを指差す。
「え?ど、どこ?」
「あー、そこじゃなくてー。動かないで!私が取ってあげるから」
 そう言った安奈は、上半身をぐーっと寄せるようにして、小倉の耳元に手を伸ばす。横並びで座っていた2人の位置関係からして、安奈がその体勢を取れば、推定GともHとも言われている彼女の豊かな乳房が、小倉の頬のあたりに密着する形になる——
———ッッ!!?
 小倉にとってみれば、予期せぬ最高の展開だったことだろう。先ほどまでこの近さでチラ見できるだけで幸せに感じていたあの巨乳が、んむにゅっ、と自分の顔面に押しつけられたのだ。良い匂いなんてものではない。瞬時にトリップしてしまいそうな甘い香りまで彼を包み込み、本当にどうにかなってしまいそうだ。
「取れたよ〜。何かの綿毛?みたい。……ん?どうかした?」
 きょとんとして小首を傾げる安奈。彼女が不思議に感じるくらいに自分の頬が紅潮していることは、小倉自身も自覚できた。が、彼はもう、堪えることができなかった。ここまで来たら、もう確定だ。彼女も俺に好意を抱いているのだ。だとしたら、動くのは早い方が良い。そう考えて、小倉は意を決して安奈に向かい合う。
「あっ、あのっ!あ、安奈さん、も、もしよかったら、お、俺と——」
と、そこまで言ったところで、安奈は人差し指を伸ばして、彼の口元に優しく当てた。
「えっ?」
「……フフッ、ストップ。こんなところで、誰かに見られたら嫌だから。大事なことは、2人きりで話そ? この体育倉庫の中なら安心だし。ね?」
「あ、ああ、う、うん、わかった………」

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