人生設計に意味はない
人生設計は日本だけでなく世界全般的に重要視されているように思います。将来何をやりたいのか、それに向かって何を頑張らなければならないのかみたいなことは小学校の段階で謎に考えさせられる傾向があります。
将来何をやりたいかだけならまだしも、人生設計厨の人は結婚をする時期やどこの大企業に就職したいか、いつマイホームを買うかなど「そんなの今考えて意味ある?」というレベルまで考えたりします。
私は人生設計をすること自体意味がないと思っています。なぜなら人生は不確実であり、常に不測の事態に見舞われるものだから。
当然ですが、小学校の時にプロ野球選手やJリーガーになりたいと思い、実際に夢を叶えた人はどれぐらいいるでしょう。大谷やイチローみたいに実際に野球選手になった人もいますが、大半の人はどこかで見切りをつけ別の道を歩んだパターンが多いのではないでしょうか。
上記の例から「じゃあ夢を諦めろというのか!」と思った人もいるかもしれませんが、そうではなく、人は人生のどこかのタイミングでやりたいことやなりたいものが変わるのです。プロのスポーツ選手や芸術家に絶対になりたいという強い気持ちがあるのならば、人生設計を考えることに合理性がありますが、そうでないならだいたい人生は不確実に進んでいきます。
なりたい職業すら変わっていくのですから、結婚やマイホームを買う時期なんてもはや自分ではコントロールできないでしょう。そもそも年を重ねていくうちに結婚したくない気持ちが芽生えることだってあるし、マンション暮らしでもいい気持ちが強くなることもあります。
そういう意味では人間は不確実な人生に翻弄される存在であると言えます。将来に思いをはせても実際に望んだことができているかは全くわからないのです。
だからこそ、人生設計にこだわらず、その時その時で自分の好きなことに全力で取り組んだり、降りかかった不測の出来事に対処していくべきなのです。
人生は不確定要素があまりにも多く、「設計」を試みてもうまくいかないことが多いのです。


コメント
1私は人生設計には意味はなくとも
価値があると思います。
そのときどきで変わる夢。
でも、それを観測(人生設計)しないと
夢が変わってわからないでしょう?