藤井風の英語詞アルバム「Prema」が1位獲得の意義。邦楽と洋楽をつなぐ架け橋に。

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
Fujii Kaze - Prema [Official video](出典:藤井風公式YouTubeチャンネル)

藤井風さんが自身3枚目となるアルバムとしてリリースした「Prema」が早速大きな注目を集めています。

なにしろ初週の音楽チャートでは、ビルボードジャパンの総合アルバムチャートで首位を獲得。オリコン週間音楽ランキングでも3冠を獲得し、ソロアーティストとしての今年度最高記録を叩き出しているようです。

もちろん藤井風さんといえば2枚目のアルバムである「LOVE ALL SERVE ALL」が、今年初開催されたMUSIC AWARDS JAPANで最優秀アルバム賞に輝いた日本を代表するアーティストですので、3枚目のアルバムである「Prema」の1位獲得は順当な結果と言えます。

(出典:MUSIC AWARDS JAPAN 2025)
(出典:MUSIC AWARDS JAPAN 2025)

参考:藤井 風『LOVE ALL SERVE ALL』、「MUSIC AWARDS JAPAN」の最優秀アルバム賞に

ただ、今回の「Prema」の1位獲得が特別なのは、このアルバムが全曲英語詞で構成されているアルバムという点です。
この「Prema」は日本の音楽業界にとって非常に大きな意義のあるアルバムになる可能性が高いと思いますので、その注目すべきポイントをご紹介したいと思います。

 

産みの苦しみを経てリリースされた「Prema」

これは、藤井風さんが様々なインタビューで答えていることですが、実は藤井風さんは2枚目のアルバムである「LOVE ALL SERVE ALL」が完成した後、いわゆる燃え尽き症候群のような状態に陥ってしまったそうです。

参考:藤井 風、「grace」で迎えた転換点をリリースから1年の今あらためて考える 外との繋がりで手にした新たなフェーズ

その後、藤井風さんならではの新しい挑戦として取り組んだのが、今回の英語詞アルバムでした。
当初は、もっと早くにリリースする予定だったのがなかなか曲が固まらず、壮絶な産みの苦しみがあったことが藤井風さんを取り上げたNHKスペシャルなどでも明らかになっています。

(出典:NHK WORLDーJAPAN)
(出典:NHK WORLDーJAPAN)

今回のアルバム「Prema」がリリースされた後、様々な音楽業界の専門家がその完成度の高さを絶賛していますが、それだけ生み出すのに苦しんだからこそ、完成度の高いアルバムになったと言うことが言えるでしょう。

 

世界で日本語の歌も聴かれることを証明した「死ぬのがいいわ」

今後の注目点の一つ目は、藤井風さんのアルバム「Prema」を通じて世界にさらに日本のアーティストの音楽が広がる可能性があると言う点です。

今回のアルバム「Prema」は、全曲英語詞ということもあり当然藤井風さんの海外のファンを増やすことにつながるはずです。

もともと藤井風さんは「死ぬのがいいわ」がタイのTikTokでの話題化をきっかけに世界中で聞かれるようになるという、日本語の楽曲でも世界にファンを増やせることを証明したアーティストの一人です。

参考:藤井風「死ぬのがいいわ」の世界的ヒットは、日本のアーティストの海外への扉を開くか

なにしろ「死ぬのがいいわ」は、この数年感世界で聞かれている日本の楽曲のトップ10にランクインし続けているほど、世界で聞かれ続けている曲になっているのです。 

英語詞アルバムが、さらに世界に藤井風ファンを増やす

実際にYouTubeの再生データを見ると、今回の英語詞アルバムリリース前から、すでに藤井風さんのミュージックビデオの再生の半数近くを海外での再生が占めていたことがその象徴と言えるでしょう。

(出典:YouTube Charts)
(出典:YouTube Charts)

参考:いよいよベールを脱いだ藤井風の英語詞アルバム。リード曲「Hachikō」に見るJ-POPの未来。

今回のアルバム「Prema」は、米国の名門レコード会社であるリパブリック・レコードとの契約のもとリリースされており、現在も藤井風さんはアメリカツアーの最中ですので、今後この英語詞アルバムが藤井風さんのファンを世界中に広げることにつながるのは間違いありません。

例えば、アルバムに先んじてリリースされた「Hachikō」は、タイトル通り渋谷のハチ公をテーマにした楽曲ですから、今後藤井風さんのファン以外にも、様々な角度で知られる楽曲になる可能性があります。

そうした英語詞の楽曲を通じて藤井風さんを知った世界の音楽ファンが、その後さらに藤井風の日本語詞の楽曲を知って、他の日本のアーティストの楽曲に興味をもってくれる可能性は十分あるわけです。

 

日本の音楽ファンが「洋楽」に興味を持つ入り口となるか

さらに、もう一つの注目点と言えるのが、今回藤井風さんのアルバム「Prema」が英語詞アルバムでありながら、日本の音楽チャートでも1位になったことです。

実は近年の日本においては、「洋楽離れ」と言われるように洋楽の存在感が年々下がってきていることが明確になっています。

象徴的なのは、ビルボードジャパンが集計している日本のトップ100曲におけるポイント獲得数で、アメリカの楽曲が獲得したポイントが2017年の8.11%から2023年には0.94%と急減していることが挙げられます。

(出典:ビルボードジャパン)
(出典:ビルボードジャパン)

参考:洋楽が聴かれなくなった? “JAPAN Hot 100”チャートイン楽曲の国別構成

もはや洋楽が日本の音楽チャートのトップ100に入ることが、ほとんど無くなってきているわけです。

そんな中で、全曲英語詞であるアルバム「Prema」が日本の音楽チャートで1位になったことは、この状況に一石を投じる可能性があります。

実は今回のアルバム収録曲は、それぞれ藤井風さんがリスペクトして愛してやまない様々な洋楽の楽曲がリファレンス曲になっており、音楽評論家や藤井風さんのファンの間でもそうしたリファレンス曲が話題となっています。

藤井風さんのアルバムが入り口となって、日本で洋楽に触れる音楽ファンが増える可能性もあるわけです。

 

日本の音楽業界は、アーティストの国境を越えた活動を支援できているのか

つまり、藤井風さんのアルバム「Prema」は、海外の音楽ファンが日本の音楽を知るきっかけになる可能性もある一方で、日本の音楽ファンが海外の音楽を知るきっかけになる可能性もある、邦楽と洋楽の架け橋になる要素を持っているアルバムと言えるわけです。

ここで、もう一つ考えておきたいのは、そうしたアーティストの国境を越えた活動を、日本の音楽業界は支援できる構造になっているのか、という問いです。

今年になって、音楽関係の5団体が協力して、世界に日本の音楽を紹介するためのアワードとして「MUSIC AWARDS JAPAN」を立ち上げたのは、ポジティブなニュースの一つと言えますが、まだまだ日本の音楽業界は世界的に見ると文字通りガラパゴス的な閉じた構造になっている現実があります。

例えば、日本のCDリリースは一般的に水曜日に行われることが多く、各種音楽チャートの集計も月曜日を起点とすることが普通です。
一方で、海外の楽曲は金曜日リリースが一般的で、音楽チャートの集計も金曜日を起点とすることが普通だそうです。

参考:米ビルボードによるグローバルチャートとは何か、そしてJ-POPの現在と課題とは

当然、今回の藤井風さんの「Prema」は海外に合わせた金曜日リリースになっていますが、その関係で日本の週間チャートには金土日の3日間しか集計対象にならないというデメリットを負うことになります。

これにより、世界を意識している日本のアーティストの多くが、楽曲のリリース日は日本の水曜日に揃えてしまい、海外のチャートで損をする構造になっているようです。

世界から見えない日本のメディア露出

また、今回のアルバム「Prema」のリリースをきっかけに、藤井風さんは「ミュージックステーション」や「EIGHT-JAM」、そして「徹子の部屋」など、日本のテレビ番組にも多数出演して大きな話題になりました。

ただ、そうした日本のテレビ番組はほぼ海外では視聴できないため、海外の音楽ファンを増やすことにはほとんど貢献できていないようです。

直近でSnow Manが新曲「カリスマックス」の初披露を韓国の音楽番組で実施した結果、その出演動画がYouTubeで公開されて話題になり、海外のファンに広がるきっかけになっている構造とは真逆の状態と言えるでしょう。

参考:Snow Manが新曲を韓国の音楽番組で初披露。日本の音楽番組は変われるか

NHKでも放送された藤井風さんのMUSIC AWARDS JAPANでの「満ちてゆく」のパフォーマンスの動画は、YouTubeに公開された結果、640万を超える再生数となっています。

この動画に、海外からのコメントがいくつも投稿されていることを踏まえると、今回の日本での藤井風さんのパフォーマンスやテレビ出演でのインタビューも、海外のファンの間でさらに大きな話題になった可能性があると考えられるわけです。

 

邦楽と洋楽の架け橋に

藤井風さん自身は、すでに海外メディアの取材に答えて、もう1枚は英語詞のアルバムを出したいと意欲を語っています。

これから、藤井風さんはますます日本と世界の国境を気にせず、邦楽と洋楽の架け橋となって音楽活動を続けていくことになるはずです。

これまで日本では邦楽と洋楽の間には大きな壁がありました。

日本の音楽業界もそれを前提とした構造になっていることが、今回明らかになったと言えるかもしれません。

ただ、藤井風さんのように国境の壁や音楽の壁を超えて活動の幅を広げ、邦楽と洋楽の架け橋となるアーティストが日本でも増えていくことで、そうした古い常識は変わっていくことになるかもしれません。

まずは、藤井風さんのアルバム「Prema」が海外でどのような広がりを見せていくのか、注目したいと思います。

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noteプロデューサー/ブロガー

ベスト エキスパート受賞

2024

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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