エクスパンションで、野球のレベルが落ちる?
したり顔でこの手のことを言う人が結構いるが、見識を疑う。
ちょっとビジネスの原理原則を知っていれば、そんなバカなことを言うはずがないのだ。そういう常識がないのは残念なことだが、野球界ではこうした見方が一般的になっている。驚くべきことだ。
エクスパンションは市場拡大につながる
プロ野球のエクスパンションとは、球団数を増やすことだ。多くの新球団は新たな本拠地に生まれる。これによって新たなマーケットが誕生する。また、球団数が増えれば「対戦カード」が増える。
普通の商売で言えば「店舗数」が増え「新たな商品も増える」ことだ。当然、売り上げがアップし、マーケットも拡大する。
「そんなに簡単にいくか」と野球界の人は言うが、ビジネスとはリスクを踏んで拡大、成長するものだ。リスクを恐れて動かないのは経営者としては失格だ。業績が悪化しているなら「業容拡大」は見合わせる選択肢もあるが、今のNPBのように、酷暑にもかかわらずファン数が拡大している現状を考えれば「エクスパンション」は極めて常道のビジネスだと言える。
レベルが下がるのは初めのうちだけ
「エクスパンションすれば、選手のレベルが落ちる」と多くの野球人や識者が言うが、こういう人は本当にビジネスをしたことが無いのだろうと思う。
エクスパンションする新球団は「分配ドラフト」で、各球団から選手を分けてもらう。各球団は「バリバリの主力選手」は出したくない。主力選手はプロテクトして「とられてもいい選手」「球団、指導者ともめているなど訳アリの選手」を出そうとする。だから、新球団は「傷物、難物、半端物」の集まりになる。これを「レベルが落ちる」と言っているのだろう。
ビジネス的に言えば、新規事業が1年目から既存事業と同じように利益を出し続けることは普通ない。1年目は赤字決算、数年くらい赤字になることも珍しくない。しかし優れた経営者は「新規事業は赤字になる。会社全体の収益も落ちるからやらない」とは言わない。数年先、十数年先の事業を考えれば、目先の多少の収益減は承知のうえで、新規事業をするわけだ。
プロ野球のエクスパンションも、新球団のレベルが低いのは織り込み済みで、そこからスタートすることになるのだ。
2010年頃、日本人選手がMLBで何人も活躍した時に、日本の解説者が「MLBは球団数が増えたから、レベルが落ちたんだ」と言っていたが、その後、MLBはずっとレベルが下がったままだったろうか?
イノベーションが次々と起こるMLBでは、どんどん野球はアップデートされている。そしてそうした新しいMLBは、世界からどんどん人材を集めている。
今、大谷翔平が活躍しているのを見て「エクスパンションしてレベルが落ちたからだ」という人はいないだろう。
「クローズドリーグ」は戦力均衡される
そもそも、MLBもNPBもチームの「入れ替え」のない「クローズドリーグ」だ。「クローズドリーグ」では、リーグ全体の繁栄のために「戦力均衡」が大前提になる。
MLBでいえばエクスパンションした当初、レベルの低い球団は、下位に低迷するから、完全ウエーバー制のMLBドラフトでは、有望選手を優先的に獲得できる。これによって、数年、十数年のスパンでみれば、新しいチームは従来のチームに肩を並べるようになるのだ。
1962年にエクスパンションでできたニューヨーク・メッツは1969年に、ヒューストン・アストロズは1980年にリーグ優勝している。
NPBだって分配ドラフトを受けて2005年からリーグ戦に参入した東北楽天ゴールデンイーグルスは2013年に初優勝、日本一になっている。
新規事業というのは、どんな分野でもこれくらいのスパーンで考えるのだ。
また、単純に言ってもエクスパンションによって選手数が増加するのだから、リーグ全体の「競争」が激化する。当然の話としてレベルアップするのだ。
できて1年目、2年目のチームを見て「ひどい、リーグのレベルを下げている」とか言うのは、近視眼的で、ビジネスについて何も知らない人だと言って良い。「解説者」を名乗る人までもがこういうことを言うのが、本当に残念だ。
国際的なレベルが落ちる?
そもそも「レベルが落ちる」というのは、何を意味しているのだろうか?例えば、国際大会で「勝てなくなる」ということか?
チーム数が増えたことで、選抜チーム、代表チームが、他国に負けるみたいなことが起こり得るのだろうか?
普通、できたばかりのチームから代表に選ばれる選手は少ないはずだ。既存の強豪チームを中心に選抜されるのだから「エクスパンション」が原因でチームが弱くなることなど考えられない。
国際大会で代表チームが勝てなくなるのは、多くの場合「その競技の人気がなくなり」「競技人口が減少した」ことによる。
野球で言えば、中国は、2008年の北京五輪までは、代表チームは着々と実力を伸ばしていた。MLBが支援したこともありリーグ戦も盛んになり、多くの選手が野球を始めた。
しかし次のロンドン五輪で野球が正式競技でなくなると、中国の野球熱は急速に減退し、リーグ戦も行われなくなった。
MLBは何とか中国代表をWBCに参加させているが、いい試合をすることもめったになくなっている。
少数精鋭がええんじゃ
日本ではなぜ「エクスパンションすれば競技レベルが下がる」みたいなおかしな理屈がまかり通っているのか?
それは、昭和の時代までの指導者が、レギュラー選手を早々に絞り込んでそれを鍛える指導法をとっていたからだろう。レギュラーから漏れた選手はろくに吟味もせずに「あいつはダメだ」と断じていた。
そういう指導者が「少数精鋭の方がレベルアップする」と言ってきたのだ。
しかしそういう形でふるいにかけられた選手から、後年大活躍する選手が出ているのは、誰でも知っていることだ。
無名校から出た選手、育成枠、独立リーグから出た選手が当たり前に活躍していることを考えれば、選手数を絞り込むよりも、より多くの選手にチャンスを与える方が、競技全体のレベルアップが期待できるのは、もはや自明のことだ。日本の指導者は多くの選手の面倒を見るのは「邪魔くさいから」しぼりたがるのだ。
選手数が多すぎてレベルアップできないのだとすれば、それは「選手」ではなく「指導者」の問題だろう。
エクスパンションは、プロ野球の発展のためには必須の課題だ。少し長いスパンで考えれば「レベルが落ちる」ことなどありえない。



コメント
1王会長が推進発言をしてくれたことにより僅かながら可能性が出てきたかもしれません。
広尾さんは否定されるかも知れませんが、惜しむらくは星野仙一が若くして亡くなってしまったこと。
たしか彼もエクスパンションは言っていたと記憶しています。
彼ほどのリーダーシップがあれば実現できていたのではないかと本当に悔やまれます。