作:擬人化カイオーガちゃんはいいぞ
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時刻は21時前。外は涼しげな風と雲ひとつない星空が広がったミシロタウン。
そのポケモン研究所にある液晶付きの電話通信機の前に座り、オレは改めて母さんに電話をかけていた。昼間は少しばたついており、音のみの通信だったので、改めて“顔を見せてあげなさい”とオダマキ博士が貸してくれたのだ。
『全くもう……心配したんだから』
「ごめんなさい……」
モニターに映る母さんがほっとしたような顔でため息を吐き、困ったように笑いながら何度も“心配した”と呟く。
オレの方はといえば、もうペコペコ謝るしかなく。何度も液晶に向かって頭を下げるしかなかった。
『本当になんともないのね?』
「うん。オレは平気」
『それならいいけどね。それで、カイトはどうするの』
「?」
『あんなこともあったし、一度帰ってきてもいいのよ』
「大丈夫だよ、母さん。オレは平気。それに早くこのホウエンを旅したいしね」
『……そう! なら、体には気をつけなさいね』
「うん」
がんばれと言ってくれた母さんはまだ心配そうな顔をしていたけど、オレの意見を優先してくれた。
きっと画面越しではなく、しっかり顔を見たいと思っているのだろうけど、それを飲み込んでくれたことに感謝する。
とりあえず、するべき話は一旦終わってお休みと告げようとしたんだけど、母さんが何かを思い出したように“そういえば”と話し始める。
『オダマキ博士から話は聞いたけど、ポケモン図鑑のお手伝いをするのよね』
「うん。というか母さんが博士と知り合いって知らなかったよ」
『昔ちょっとね。カイトが旅を始めるタイミングで、博士がお手伝いしてくれる人を探してたみたいだから』
「その辺はもう聞いたよ」
手元にあるポケモン図鑑をパカっと開いて画面越しで母さんに見せてみる。これはオダマキ博士のポケモン研究のために取り寄せたハイテクな機械とかで、出会ったポケモンを自動的に記録してくれる。
すでに図鑑には数匹のポケモンが登録されている。で、これを持ってホウエンを旅するトレーナーを探していた博士にオレを紹介してくれたのは母さんってことだった。
『ハルカちゃんだったかしら。その子とオダマキ博士の息子さんも持ってるのよね』
「そうだね、ずいぶんと高そうだけどもらってよかったのかな」
『壊さないでよ?』
「平気だって」
思った以上にポケモン図鑑は丈夫みたいで、博士曰く“大抵の衝撃は平気”だそう。防水性らしいし、本当に頼もしいね。
大切にしなきゃなぁと鞄へとしまっている最中で、母さんがこれまた“そうだそうだ”何かを思い出したような声をあげる。
『で、カイト』
「ん?」
『パートナーポケモンはどんな子になったの? ほら、お昼の時に聞きそびれちゃったから、私気になっちゃって』
「……………」
『カイト?』
母さんの言葉に一瞬だけこおり状態のようにピシッと固まって、それから視線を自分の膝元へと落とす。そこにはオレの足を枕にゴロゴロとして、頭を腹部に擦り付けるパートナーポケモンがいるわけでして。
「─────♪」
オレの視線に気づいたからか、甘えるのをやめて不思議そうな顔して“どうしたの?”と問いかけてくるカイオーガ。
『どうして下見てるの?』
一方で、妙な反応をしているオレを見て怪訝そうな顔する母さん。……いずれバレることだしなぁ。
ため息をこぼしてからカイオーガをちょんちょんと突いて、画面の方を指さす。すると起き上がったカイオーガはよじよじとオレの膝の上に座ってきた。
ああ、また勘違いされそうと頭を抱えかけて。でも目を白黒させている母さんが目に映って、ひとまず説明と口を開く。
「えっと、この子がオレのパートナーポケモンなんだけど」
『……カイトあんた』
「人型だけどちゃんとポケモンでね。その、出会いとかは長くなるんだけど」
『別の意味のパートナーを捕まえちゃったの!?』
「ねぇ母さん、聞いて? オレの話聞いて?」
「────? ─────♪」
『急にハグ!? ちょっとカイト、あんた手が早いわね! どこまでいったのよ!』
「なぁカイオーガ、今それされるとオレはとっても困るんだ。なぁ母さん、ほんとまずは話を聞いて?」
前から覆い被さるように抱きついてきたカイオーガは、オレの肩に顎を置いて満足そうに“むふ〜”と息を吐いて脱力している。
一方でそれを見ている母さんは、えらく興奮したようにキラキラの笑顔で一方的に話を聞いては、勝手に自分で納得していた。
ああ、どうしてこんなことに。遠い目をしながら画面の前で立ち上がった母さんを落ち着かせて、カイオーガには画面の方へと向き直ってもらい、説明を始める。
「えっとね、実はこの子……名前はカイオーガって言うんだけど————」
そんな話をしながら脳内で昼間のことを振り返る。どうして、今オレたちが誰もいないオダマキ博士のポケモン研究所を宿として借りているのか、とかをだ。
時間は巻き戻り、オダマキ博士の研究所に到着して身体検査をしたり、オダマキ博士に遭難からミシロタウンに来るまでの話を詳しくしたところ。
ふんふんと相槌を打ちながら、真剣な顔でメモをとりながらオレの話を聞くオダマキ博士。
時折、カイオーガの話が出るたびにヒュンっとそっちを見ては“なるほど”と呟いたり、手元の録音機がしっかり動作しているかを確認したりと、なんかずっと動いてる。
一方でオレたちはというと、話をしながら椅子に座って博士から出してもらったお菓子やお茶を楽しんでいた。
「────(もぐもぐ)」
「(ずず〜)」
「あ、このクッキーおいし……」
カイオーガの小さな口にすごいスピードで消えていくクッキーを横目にオレはお茶を一口。甘いミツハニーの蜜がたっぷり使われているようで、疲労した心にまで沁みる。
ハルカもクッキーを夢中で食べているようで、博士と話しているのは実質的にオレひとり。当事者だし、ハルカは話を聞いただけだからしょうがないけど。
「────(もぐもぐもぐ)!」
カイオーガも一応当事者なんだけどなぁ。お菓子をよほど気に入ったのか、瞳だけ輝かせて真顔かつ無心でずっとサクサクしてるし。……おとなしいからいいかと再び博士との会話に戻る。
「概ねは理解したが、それはなんとも貴重な経験をしたね!」
「貴重すぎてちょっと実感ないんですけどね」
「いやはや、ポケモンの研究に携わっている身としてはとても羨ましいよ」
「でも、同じ目には遭いたくないでしょ?」
「……こほん。それで話は変わるのだが」
露骨に話を逸らしたオダマキ博士に呆れた顔をしてしまったオレは悪くない。
とりあえず概ねの状況確認や母さんへの電話を済ませ、それから壊れてしまったポケナビの修理などをお願いして、ようやく落ち着くことができた。
その中で出てくるのは次の話。
まずはハルカについてだが、彼女もやはりホウエン地方を巡る旅に出るようで、先ほどのバトルで選んだアチャモを貰うことに。そして経験を積むために博士の息子さんと会ってみたら、という話になった。
「なら行ってみます!」
「そうか! きっとユウキも喜ぶぞ。あの子はコトキタウンの奥に行った103番道路で、ポケモンの調査をしてるはずさ」
「よーし! がんばるぞー!」
「アチャ!」
ハルカたちは一歩早く未知の世界へと足を踏み出すようで、アチャモとともにやる気満々だった。
いいなぁ、とか勝手に思っていればハルカが振り返って話しかけてくる。
「カイトくん、ポケナビの連絡先交換しよ!」
「あ、うん。って言ってもまだ修理中だけど」
「ああ、それなら私の方で登録しておこう。ハルカちゃんとは先ほど私の方で交換したからね」
「ありがとうございます! えっと、それでねカイトくん」
「?」
「きっとこれから色んなポケモンたちやトレーナーと出会えるはずだよね。それで、ライバルでお友達って大事なものになると思うんだ」
「だから、その。あたしとまた会ったら一緒にお話や冒険をしてほしいな!」
この広大なホウエンを見て回るのひとり、と言うのは心細い。そんな気持ちが伝わってくる言葉に同じことを思っていたオレは反射的に頷いた。
もしかしたら近くに仲間がいるかも、と頭の片隅にあるだけでも違うものだし、旅先で出会えればきっと多くのことを共有したり、共感できるはずだ。
「もちろん、こっちからよろしく!」
「うん!」
こうして、こちらに来て初めてのトレーナーの友人ができた。大きく手を振ってコトキタウンの方へと向かうハルカを見送り、さて自分はどこへ向かうかを考えていると、オダマキ博士からストップがかけられた。
「カイトくん、キミはたった1日でものすごく大変な目にあった。きっと体も疲れているだろう?」
そう言われて確かに体が重いことに気づく。身体の傷はほとんど治っているが、やっぱり中身の気力はそこを尽きているようで、意識すればどっと疲れが出てきた。
「確かに、ちょっと疲れてます」
「ははは、無理はしないほうがいいよ。今日はここに泊まっていいから、ゆっくり休んでいきなさい」
「え、でも」
「子どもが遠慮なんてしなくていいんだ。この研究所にはベッドやシャワーなんかもあるし、食事はこちらで用意するから」
「そこまでしてもらうわけには……」
と、一応の遠慮はしたものの、“カイオーガの話を聞かせてくれたお礼”と言って色々なものを貸してもらうことに。また、カイオーガが同意する範囲で彼女の生態などのレポートも欲しいとお願いされたが、オレはちょっと拍子抜け。
ぶっちゃけ、なんやかんやと言われてカイオーガは保護されると思っていたのだが。
「いやいや、キミのポケモンなのだろう? 私は思い合っているトレーナーとポケモンを引き離したりなんかしたくないさ!」
とんでもない、と驚いた顔でそう言われてしまった。一応この子、推定で伝説のポケモンだけど、一般人のオレが持ってていいのかなと思っていたこともあり、なんとも拍子抜け。
そんなこんなであれよあれよと準備を済まされて、お腹いっぱいのご飯をもらって。そして問題のお風呂の時間に。
当たり前のことだが、オレはひとりで入ろうとしたのだけれど。
「──! ──!」
「おーい……離してくれ……」
洗面所で腰に抱きつかれて完全に捕まってしまい、困り果てることに。カイオーガにはお風呂に入るだけと説明したし、それを理解している節もあったのに、いざ入る時間になった途端にこれだ。
「どーしろってんだ……」
「─────────」
「“いっしょがいい”って……」
ポケモンと一緒にお風呂へ入る。それは別に経験があるから、普通のポケモンとなら良いのだ。でもね、カイオーガ? キミは。
「女の子とお風呂は無理だって……!」
「──! ──!」
「“やだ!やだ!”じゃないの!」
こればっかりは絶対に折れられないと必死にカイオーガを説得すること数十分。あらゆる交渉と対価を示したオレは、見事に。
「……熱くないかー」
「〜〜──!」
カイオーガとお風呂に入ることになった。終わりだよ。
ぽちゃぽちゃと湯を叩いてご機嫌なカイオーガの体をなるべく見ないようにしながら、しっかりと自分の腰にタオルが巻かれていることをチェックし、お湯の中で体育座り。
「────……」
「……」
“ー ー”みたいに目を細めて極楽気分のカイオーガとは打って変わり、オレの方はもう無表情。右に感じるフニッとした感触や、シャンプーとは違う甘い匂いに頭がどうにかなりそうだった。
このあとに、お風呂から上がったカイオーガの体を拭くという試練が待っているのだが、あまりにもアレな記憶になりそうなので、そっと削除した。
以上、回想終わり。お風呂でこんなに疲れることとかあるんだねって、煩悩が湧き出てきそうな余計な部分を排除した記憶をしみじみと思い出しながら、母さんと話した。
もろもろ聞いた母さんからの反応は正直怖かったけど。こっちの予想に反して、母さんはこれまでに見たことがないほどの笑顔と上機嫌な声で。
「今度、カイオーガちゃんを連れて帰ってきなさいね!!」
「──!」
と、サムズアップしながら通話を切られてしまった。我が母親ながら、随分と愉快で騒がしい人だなぁ……と現実逃避。
カイオーガの方はというと、終始楽しそうに頭を揺らしながらオレと母さんの話を聞いていた。なんなら最後には画面の向こうの母さんに手を振って“ばいばい!”ってしてた。
そんなことをしているうちに時刻はもう22時。部屋の明かりを消して、頭にハテナを浮かべているカイオーガを真横のベッドに運ぶ。
「──?」
「おやすみな」
「────……?」
なんだか不安そうにも見える表情をしたカイオーガ。でも真横にオレもいるわけだし、平気だろうとぼーっとした頭で自分のベッドに向かう。
そして、重くなった体を引きずってベッドの上にごろん、と大の字で寝そべる。真っ白なシーツ、マットの中のスプリングが自分の身体を受け止めてくれる感触。柔らかな枕に沈めた頭部。
「あ゛ー……」
窓の外から入ってくる月光の光と虫や鳥ポケモンの低く小さい鳴き声。
自然の睡眠導入BGMが耳に入ってくる。それを少しの間聞いていれば一気に疲れが襲ってきて、そのまま意識を落としそうになった。
直前、閉じかけた瞳の端に、ひょっこりと水色の髪が見えた気がして……。
……。
…………。
………………。
「……んぁ?」
足がビクッとなって唐突に目が覚める。ぼーっとする頭、寝惚けた目、朦朧とした状態。やけに重い体のまま、頭を窓の方に向ければまだ真っ暗でお月様がオレを見下ろしていた。
変な時間に起きちゃったな、とかすんだ視界の中で一度起きあがろうと体に力を入れかけて、右側上半身から足までが何かに纏わり付かれたかのように動かないのに気づく。
なんだか痺れている気もすると、ぼんやり考えながらそちらを見れば。
「──」
「…………」
「──?」
ほのかに光る山吹色の瞳と目が合った。一瞬だけゾッとして声をあげそうになったが、夜目で見覚えのある半眼と顔に気づき、悲鳴を飲み込む。
眠っていたオレのベッドに潜り込んでいた正体は、まぁうん。
「か、カイオーガ……?」
「──」
「なに、してるの……?」
彼女はオレの胸を枕に体半分を乗せて、しがみ付くような体制でこちらを見つめていた。
表情は初めて会った時の無に近いものだけど、心なしか頬は紅潮して、瞳には潤んだ跡が残っている。
そんなカイオーガを見て混乱しているオレは、とりあえず頭の中に浮かんだ“何をしているのか”という質問をしてみたのだけれど、それに対して特段の反応はない。
「…………えっと」
「───」
え、どうしたらいいの? ガッチガチに固まった体のまま、何もできずにカイオーガの顔を見つめるだけのオレ。
そんな時間が数分過ぎて、緊張で頬にまで汗が流れたタイミングでカイオーガの顔が急に近づいてくる。何をされるんだろうと、固唾を飲んでじっとしてみる。
「
「ひゃわぁ……!?」
小さな口から少しだけ出した舌を頬にあてられて、自分の汗を舐められる。一瞬“ちゅぅ”という音がわずかに耳の近くから聞こえて、軽く吸われたことも確か。
だって、あまりにも柔らかな感触と、むず痒いような水音の籠った音だったから、それが“何か”なんてすぐにわかったし、フリーズした頭が徐々にそれを教えてくれた。
何をされたか、それを実感すると同時に頭が沸騰するくらい熱くなっていく。これがポケモンの親愛行動だとしても、今のオレはまともな思考能力はなく、口から出てくるのは意味不明な言葉だけ。
「な、ななな……!」
「────♪」
舐められて、何かをされた頬を押さえているオレを他所に、より密着してくるカイオーガ。
掛け布団の中でもぞもぞと動く彼女の手は、オレの体を弄るように動いていて、足は絡めるようにホールドされている。
熱くなったオレの体とは対象的にひんやりとしたカイオーガの体温。ポケモンは人よりも体の温度が低いとはどこかで聞いたような気もするが、今はそんなことはどうでもいい。
「ちょちょ、ちょっと離れよ? ね?」
「──!」
「“やだ”じゃなくてぇ……!」
まずい、ほんとにまずい。ポケモンにそういう感情が芽生えたら、もうオレは戻れなくなる……!
しかもそれが相棒で、今後の旅を共にする相手とか洒落にならない。こればっかりは譲れないと何度もダメとカイオーガに伝えるが。
「
「ぅ……」
悲しそうでつらそうな顔、熱がこもったような目線でじっと見つめられて、何かを訴えてくるカイオーガにオレは勝てるはずもなく。
何度も唸って考えて、それで最終的に諦めて。脱力したまま枕に頭をぽすんっと預ける。
「……好きにして、いいよ」
「───……?」
「怒ってないって。寂しかったの?」
「───」
「なら、うん。……ほら」
しょぼんとしたカイオーガの頬を軽く撫でて、彼女が入り込んだ右側を開けるようにして体をずらす。
「狭かっただろうし、うん……別にここで寝て良いから」
「────?」
「良いってば。ほれ」
「───っ!」
八の字にして悩めるような表情だったカイオーガは、パッと花開くような笑顔になって飛びついてくる。
動きや表情は幼いのに、実際の体や顔はこれだから……ほんとに困る。
小さくため息を吐きながら、口をモニョモニョして嬉しそうに頬をすりすりしているカイオーガを見て、“ま、いいか”と笑ってしまって。
彼女の抱き枕となったオレは、また目を閉じて明日から向かう次の街への期待を胸に眠りについた……はずなんだけど。
「──、────……」
「……………」
すぅ、すぅ……という彼女の温かな寝息を顔の真横に受けて。
「─……───……」
「……………っ」
胸元を撫でるような手つきで何度も弄られて。
「──……」
「…………………!?」
なんの夢を見ているのか、眠っているカイオーガが甘えるように抱きついてきたかと思えば、首元に吸い付いてきて。
もう目がギンギンに覚めているオレは心の中で叫んだ。
「(寝れるわけねぇだろ!!!!!)」
翌日。
旅立つをオレたちを見送りに来てくれたオダマキ博士は、やたら元気なカイオーガとげっそりとしたオレを見比べて。
「……もう一晩休んでいくかい?」
と心配そうな顔で尋ねてきたことを記録しておく。またあの場所でカイオーガとふたりは本当にどうにかなってしまう気がしたので、遠慮しておいた。
なお、この感じのことがほぼ毎晩起こることを彼はまだ知らない。