萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#85

 アヤメの計らいにより、夕食の献立は火鍋からオニオングラタンスープと生ハムのマリネへ変更された。

 火鍋での汗だく濡れ透けを考慮し、ツキハとセンジュは白Tシャツ一枚で食卓に臨んでいたのだがすべては無駄となった。

 

「……あたし、ほとんど着たことない下着つけたのに。真っ赤なやつ」

「わたくしだって厳選したわ。アヤメさんは敵になったのかしら?」

「い、いえ。私はよかれと思って」

 

 野暮ったいTシャツ姿の二人が、アヤメを責め立てている。【豺狼の宴】における長女と三女に違いないとエイイチは判断する。

 

「あら……お恥ずかしい姿をお見せしてごめんなさい。どうぞ、お掛けになって? エイイチさん」

 

 アヤメが伝えたのだろうが、名乗るより先に名を知られているのは良い気がしないものだ。エイイチはアンティークチェアに腰かけつつ、するどく視線を巡らせる。エイイチだって情報はゼロではない。負けじと反撃していく。

 

「ところで、次女の姿がないようですけど」

「次女? ああ、マリのことなら……」

「館のルールに縛られて、つまり“ナワバリ”のせいで部屋から出られない。――違いますか?」

 

 ダイニングテーブルに両肘をついて、組んだ手に顎を乗せて。ここぞの決め台詞をエイイチは披露した。異形の棲み家のど真ん中で、理不尽なホラーに立ち向かう主人公然とした顔も添えた。

 

「違うわね。マリは病弱だから、自室にいるの。その“ナワバリ”というのは、いったいなにかしら?」

 

 しかし即座に否定された。否定されたが、エイイチは“すべてお見通しですよ”のポーズを崩さない。まだ慌てる時間ではない。

 

「あなたは嘘をついている。俺を騙そうだなんて思わないことです」

「それなら、今この場にマリを呼びましょう。療養中だけれど、夕食を共にすることくらい可能よ」

「…………。いや、呼ばなくて結構」

 

 あっけなく引き下がるエイイチ。なぜなら本当に呼ばれてしまった場合、これほど滑稽なことがあるだろうか。ブラフに決まっていると高をくくりながらも、もし推理が間違っていたら末代までの恥となる。

 なので、エイイチは攻め手を変える。

 

「そういえばさっき、アヤメさんに“先生”と呼ばれました。この館で俺に、次女の家庭教師をさせるつもりですね?」

「違うわね。エイイチさんにはご依頼したように、近辺の地質調査をしていただく予定よ。見習いだからって、気になさる必要はないわ」

「…………。そうですか、お気遣い、痛み入ります」

 

 エイイチはまたも否定されてしまった。おそらく頭の中では“地質調査?”“見習い?”と疑問が渦巻いていることだろう。だが表情には出さない。駆け引きとはそういうものだ。

 こうなっては、切り札を切るしかない。

 

「俺の立場はよく理解しました。館に招待してくださって、ありがとうございます。待雪ツキハ(・・・・・)さん」

「どういたしまして。ご自分の家のように、ぜひくつろいでね」

「…………」

 

 おかしい。名乗るより先に名を知られているのは良い気がしない、とはエイイチの所感である。ずばり名指しされて、なのにツキハは微笑を浮かべている。

 ホラーゲームの世界へ転生したと、せっかく早期に気づいたのだ。そのアドバンテージを活かすため、なんとか動揺のひとつでも引き出したいエイイチは標的をもう一人の方へ移す。

 

「……その赤い下着。とてもよく似合ってるよ、センジュ(・・・・)ちゃん」

「へ!?」

 

 薄着の白いTシャツ一枚。そもそも濡れ透けなどしなくとも、センジュが赤いブラジャーを身に着けていることは自明だった。

 エイイチのめちゃくちゃキモい台詞に、ブラジャーに負けないほど顔を赤らめて慌てるセンジュ。

 けれどエイイチの望む慌て方とは異なり、胸を隠すべきか、逆に突き出すべきか迷うかのような不審な挙動をしている。

 

 やがて三女は堂々とアピールすることに決めた様子で、金髪のサイドテールを撫でつけつつ胸を張る。フフンと不敵に犬歯を覗かせるセンジュは、耳まで真っ赤にしていた。

 

 本当にここは【豺狼の宴】の舞台なのだろうか。

 眉間にしわを寄せて、エイイチは透けた下着をガン見する。平静を装うためか、オニオングラタンスープをしきりに口へ運ぶ。まるでセンジュの透けブラがおかずのごとき扱いである。

 

「あ……」

「どうなさったの、アヤメさん」

「いえ、なんでもありません。……フフ」

 

 未だエイイチの疑心暗鬼は収まらないようだったが、一旦はホラーのことを忘れると約束したのだ。アヤメお手製の料理を信用して食べることにより、エイイチなりに筋を通しているのだろう。

 

「エイイチ様、おかわりもご遠慮なくお申しつけください」

 

 アヤメは嬉しそうだった。

 センジュも羞恥に染まりながら優越感に浸っていた。

 ツキハだけが面白くなかった。

 

 計画の立案者だというのに、エイイチからは敵意に近い目を向けられ、嘘つきと罵られる。なんとも損な役回りではないか。ツキハひとり何も得ていない。信用もなければ、イヤらしく見られることもない。

 ツキハが着用するレースの黒い下着とて、白Tシャツにこれでもかと透けているというのに。

 

「じゃ、じゃあ、あたしは先に部屋に戻ろっかな!」

 

 重苦しく沈黙したツキハを察してか、センジュがそそくさ離席する。早々にシーン(・・・)を先へと進めるつもりらしい。

 

「――エイイチせーんせ♡」

「え?」

 

 エイイチが振り向くと、センジュはダイニングルームのガラス窓にキュッキュと指先を走らせた。

 

 冒頭の食事シーンに際して【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】では、退室する三女がガラス窓に主人公へ捧げるハートマークを描くのである。そこはかとなくエッチな意味合いが込められた図形による今後の期待感、そして小悪魔な三女の天真爛漫さを表現したひと幕。

 

 これは火鍋と汗の蒸気でガラス窓が曇っていたからこそ出来る芸当であり、献立が変更となった現実では叶えられない。

 なのでセンジュは機転を利かし、自らの体液で模様を描いた。

 

 センジュがご機嫌に立ち去ったのち、窓へと目を向けるエイイチ。

 描かれていたのは血濡れのハートマーク。輪郭からおどろおどろしく鮮血が垂れ下がり、まるで“おまえの心臓を奪ってやる”と極めて凶悪なメッセージ性が突き刺さる。

 KILL YOU――と。

 

「ふざけやがってッ!」

 

 激昂したエイイチは、ダイニングテーブルに拳を叩きつけた。

 

「こんなとこで死んでたまるかちくしょう! はあ、はあ、来るなら来いよ、はあ、はあ、やってやる、やってやるぞあああ!」

 

 ご覧の通りの有り様を前に、ツキハは天を仰ぐ。初動は完全に失敗である。

 その後、気分転換にとアヤメがいくら風呂を促しても、錯乱状態のエイイチは首を縦に振らなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「汗もかかれているでしょうし、シャワーだけでも――」

「いいや入りません! どうせ蛇口から血とか出てくるに決まってんだ!」

「でも鉄泉の名湯が――」

「くどい! とにかく俺は部屋に引きこもらせていただく!」

 

 真っ先に殺される被害者の台詞を吐き捨て、エイイチは客室へと飛び込んだ。室内を隅々までくまなくチェックする。何も異変はないことを確認すると、ようやくベッドへ腰を落とした。

 

 異形の館で過ごすプレッシャーは計り知れないものがあるのだろう。個室を与えられたことにより、急速に全身が脱力したエイイチは長く息を吐く。

 客室はどこかセーフティルームのような安心感があり、エイイチも幾分か冷静さを取り戻すことができた。

 

 センジュから明確な殺意を突きつけられて取り乱したものの、よく考えてみると【豺狼の宴】との相違はいくつもあった。

 ゲームとは服装も違ったし、性格にも違和感を覚えることが多々あった。こうしてひとりで部屋に戻る展開も【豺狼の宴】にはなかったものだ。

 

 もしかすると本当にホラーゲームとは無関係の世界なのかもしれない。

 

「明日、もう少し詳しく探ってみるか」

 

 エイイチが呟いた直後のことだった。室内に突然、耳障りな電子音が鳴り響く。

 驚きながら周囲を見渡せば、すぐに発信源は見つかった。

 

「……電話。いったいだれが……?」

 

 訝しみつつ、エイイチは客室に備え付けられたコードレスフォンへ近づく。機器には内線を示すランプが灯っている。

 エイイチがそっと受話器を持ち上げると、聞き慣れない声が耳へ届く。

 

『――フフフ。ゴキゲンイカガカナ? マズハ、ロウレイカンヘヨウコソ。ト、イッテオコウ』

「な……だれだっ? おまえは!」

『ハ…………? オマエ……?』

「あ、いや……すんません。あ、あんたはだれ? その、あなたはだれですか?」

 

 声の主から言い様のない圧を感じて、エイイチはすぐに呼び方を訂正した。機嫌を損ねてはいけない気がしたのだ。

 

『フ……シリタイカ? ヒツジヨ。ワタシノショウタイガ』

「“ヒツジ”……だって? その呼び方をするってことは、やっぱりここは【豺狼の宴】の世界なんだな!?」

『ゴメイトウ。シカシ、ワタシニツイテシリタクバ、イマカラシテイスルバショヘクルガヨイ。イイカ? バショハサンカイノ――ア、チョット!』

 

 ボイスチェンジャーを通したような声が途端、あたふたし始めた。エイイチが耳を澄ませると、物音に加えて微かな会話まで拾う。

 

『オ、オネエチャン! ナワバリガナクナッタカラッテ、カッテニハイッテコナイデヨ!』

『何をやっているのあなたは! それを貸しなさい!』

『ヤメテヨ! デンワカエシテ! アあっ!? 変声機が壊れ――』

 

 と。ここで一旦、何も聞こえなくなった。やや間があり、先ほどの声の主とは別人が電話口へと出る。

 

『――も、もしもし? エイイチさん?』

「その声は、ツキハさんですか?」

『ええ、そうよ。今の通話は気になさらないでね。妹は頭が少しおかしいの。きっと病のせいで妄想がひどくなっているのだわ』

「妹……ということは、次女?」

『とにかく、エイイチさんはゆっくりお休みになって。これで失礼するわね』

 

 そうして、一方的に通話は切られた。

 

「今のが次女。つまり、待雪マリ」

 

 この電話は何だったのか。何を伝えたかったのか。しかし、マリはたしかにここが【豺狼の宴】だと認めたのだ。

 

 あわよくば出し抜こうとしているかのようにも映るアヤメ。いまいち協力する姿勢が見えないセンジュ。そして、そもそも計画の主旨を理解しているのかさえ怪しいマリ。

 

 ツキハの心労はますます重なることとなり、エイイチの猜疑心は再燃する。

 新たなる狼戻館の生活は混迷と共に。すでに計画の破綻を予感させる初日となってしまった。

 

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