ファイナルイメージ/黄金は錆び付かない



 世界が終わる。

 クロックには意味がわからなかった。

 いや、世界中のどんな人間だっていきなり世界が終わると言われてすぐに理解出来る者がいるだろうか。

 理解したと思うことは出来るやつはいるかもしれない。

 だが正しく実感する事が出来ることなんていない。


 だって世界が滅んだ経験をしたものはいないんだから。

 それは

 

「お、まえ、は……なにがしたいんだよ!?」


 理解できないモノに喉が引き攣れる。

 吸う息がじゃりじゃりと固い、金混じりで。


「世界が滅んだら、お前も、死ぬんじゃないのか!?」


「如何にも」


「あ゛?」


 時の王のあまりにもさらりと返された返事に、虚を突かれた。


「世界が滅べば生きる事は出来ない。私は黄金になれず、息が出来ず、やがて餓死する。一人で朽ち果てるだろう」


 ミダス王は淡々と言葉を発す。


「私は死ぬ。この素晴らしく、永遠に過ぎ去ることすらもならない宝物に囲まれて見送りながら死ぬのだ」


 アウルマクスは楽しげに、達観的に告げるのだ。


「ああ、世界よ。お前は唯一人の、我によって絞められ、断末魔を上げる程度のガチョウだったのかと」


 タイム・アウルマクスはかく語りき。



「いざ、英雄は来た。我が子は近い、幻想は熟した! 我が時は来た! これは我が朝、我が日は始まる! 来たれ、今こそ、大いなる真昼!」



 それは狂人であるか。

 それは神であるか。

 それは超人であるか。


「狂ってるのか!」


「我が正気を、神にも人にも保証してもらう必要はない。ただ俺が信じていればいい!」


 高く、誇り高く、声高く上げる言葉はどこまでも届く。

 彼ら以外に音はないから。

 黄金を伝わって、どこまでも音は、震動は伝わっていくだろう。


 きっと宇宙の果てまで、世界の果てまでも。


「ふざけんな」


 それを許さない少年がいる。


「させねえよ」


 それを赦さないヒーローがいる。


「やらせるもんか!!」


 抗うクロックがいた。


「やらせない? これはフィクションの脚本ではない、



 ヒーローは遅れてやってくる。


「これは現実だ。決められたバットエンドなんてありやしねえ!!」


 それは間に合うから赦されるのだ。

 そうでなければ誰も物語なんて、ヒーローなんて信じやしない。


「くは!」


 諦めない幸福の王子クロックに、時金の王アウルマクスは笑う。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! ならばこい!」


 黄金に、半ば神と化しつつある黄金仕掛けの右腕を煌めかせて叫ぶ。


「あと3分でこの星は黄金と化す!」


「3分もあれば十分だ!!」


 ヒーローとヴィランの対決。


 世界最後の【180】秒が始まる。







【 179 】


 クロックが真正面から殴りかかり、アウルマクスが黄金の腕で受け止める。


【 178 】


 金属音。

 凹む金の腕に舌打ちし、アウルマウスは体捌きを持って拳を流す。

 化勁。


【 177 】


 その流れる動作に、触れながらクロックが流れた。

 流されたのではなく崩れることなく流れた。

 聴勁。


【 176 】


 お互いの重心は崩れない。

 互いに廻る。

 正反対に回転し、互いを引き剥がしながら、回し蹴り。


 轟音。


 勁を――洗練された重心移動による質量操作を込めた純粋打撃が、黄金の世界に響いて軋ませる。


【 175 】


 廻り、殴る。

 殴り合う。


【 173 】


 誰も見ていない、誰も注目していない、祈るものなき黄金世界に観客はいない。

 故に高まる力の躍動はない。

 二人を知る幻想はない。


【 169 】


 肉体のリミッターは解除された。

 思考が理解出来なくても、脳が、肉体が、世界の滅んだ絶滅世界に、発狂している。

 すでに見る視界の色彩は一面の黄金色で色褪せて、モノクロじみたものになっている。


【 164 】


 だからここにいるのはただのコスプレをした少年と馬鹿みたいに強い老人だけだ。

 頭のおかしい自称ヒーローと自称ヴィランの殴り合いだ。


 それだけで十分だ。


【 158 】


 殴る、殴る、殴る、殴る、殴られる、殴られる、蹴られる、投げられる、踏み潰されるのを避ける。


【 154 】


 殴る、殴られる、殴られる、避ける、防ぐ、投げ落とす、踏みつけたのを避けられる、足を刈られる、飛び越える。


【 143 】


「動きが鈍いぜ、伝説!!」


 凶器としか言えない黄金の左を両手で受けながら、クロックが捌く。

 化勁。


【 141 】


「! 老人はいたわるものだぞ、小僧!!」


 

 文字通り拳から伝わる事実に、アウルマクスは笑みを隠しきれない。隠すつもりもない。

 骨が軋み、肉がひしゃげ、皮膚が引き裂かれる、激痛が迸る。


 なのに。


【 134 】 「は」 【 132 】 「ハハ」 【 128 】



「ハハ! が、ハハハ! キハ、ハハハハハハハハッ!」


 苦痛に呻きながら笑う。

 笑いながら、息を切らしながらも、限界を超えて、アウルマクスは高笑う。


【 124 】


「なにが、たのしい!」


 殴り合う。

 お互いに全力で殴り合いながら、クロックが叫ぶ。


「笑わずにいられる、ガぁッ!!」


 腹にめり込む若い一撃に、唾と共に息を漏らしながらアウルマクスが叫ぶ。


「たのシイのだ!」 【 118 】 「これコそ!」 【 116 】 「悪の!」 【 112 】 「ヴィランの」


 クロックの繰り出す閃光のような右フック。

 それも自分から頭に突き出し、アウルマクスは仮面で受ける。


「本懐よ!!」


 仮面がひび割れ、欠ける。

 けれどもアウルマクスの笑みは崩れない。


 誰もいない世界でヒーローと殴り合う。


「ヴィランとは! 悪役とは! 何故いるか! 知っているか!?」


 主張が激突する。


「知るか!」


 肉弾が激突する。


「知るといい! 悪は! どんな時代にも! どんな世界にも生まれる! 社会の、人の敵である!」


【 98 】


「ならばヴィランとは! 悪役とは! ヒーローが! 立ち向かうものだ!」


「はぁ!?」


 殴り合う、ひたすらにヒーローとヴィランが殴り合う。


【 78 】


「てめえらが! 勝手に! 暴れてんだろう、が!」


「如何にも! そうとも! 我らは身勝手だ!」


 ヴィランとは悪役だ。

 ヒーローに討たれるための悪だ。

 社会に迎合出来ず、善性に唾を吐き、自分以外の誰かのために戦うということをしないことを選んだ。


「ヒーローとヴィランは鏡写しの存在――


 この世界はヒーローと名乗る人間とヴィランと名付けられた人間がいる。

 ヒーローは正義の味方だ。

 誰もが信じる王道の、大多数が祈る善性の味方、そうであるべきもの。


 ならばヴィランとはなんだ。

 悪の味方?

 いいや、そんなことは言われたことはない。思ったことはない。


 ならば悪役とはなんだ。

 決して手を取り合うことの出来ない敵側にしかなりえないものとは。


「ヴィランとは、自分だけの味方だ」


 自分だけに祈るものだ。

 力があるならば、人間性があるならば、妥協出来るだけの理由があればどんな力の持ち主だってヒーローになれる。

 悪にならなくていい。

 それでもヴィランになるのならば、それはどこまでいっても自分の意志。


 我が宿敵は自らの意思でヒーローになった。

 あの愛すべきペテン師は、最後まで魔法の一つも使えないくせに魔法使いを名乗り続けた。

 最弱の魔法使いは、ここまで世界を守ってみせた。


 私は自らの意思でヴィランになった。

 呪われた力、触れたものを全てに黄金になる呪いを受けた。人生に絶望した。

 両手さえ封じれば、金で何でも叶う。女でも飯でも、国すらも跪かせる事が出来る。

 それでもうなにもかも満たされて、つまらなくなった。

 飢えてしまった。

 渇いてしまった。


 金で叶えられる全てを満たしてしまった時、手に入らないものが欲しくて、悪役になった。


 そうすれば金では屈しない。それで手に入らないものを求めるヒーローを愛した。

 その煌めきこそが、枯れ果てた自分に火を灯してくれる。温めてくれる。


「私は、ヒーローの前に立ちはだかりたいのだよ!」


「身勝手ってことだろうが!」


「そうだと言っている!」


 アウルマクスの右手が、クロックの右拳と衝突する。

 クロックの右手がひしゃげる。

 金に染まる。


「!」


 否、腕だけではない。

 その頬に、その流れる血、その髪が凍りついたように金色の光が宿る。


 ミダス王の呪いが、幸福の王子の物語を凌駕しつつある。


「幸福の王子よ、お前が剥がされたのは金箔なのは表面だけ! 中まで金になれば、お前は剥がせるか!?」


 叫びながら振るう黄金の右手が変化する。


 巨大な大剣と化した拳が、クロックの胸を貫いた。



【 30 】



 ガキン、と音を立てた。


 その心臓を貫くはずだった穂先がズレた。


「なっ」


 アウルマウスは見た。

 切り裂いたクロックの胸から除く血と肉から垣間見えた心臓を見た。


 


巨人鉄チタン!?」


 脈打つことのない心臓が、金メッキの施されたチタン製だと気づく。

 金では傷つけられぬ、メッキを剥がすことしか出来ないもので、アウルマクスは気づく。



「オズ!!!!」



 それは始まりの五人の一人にして己が宿敵。


 ――使使


 胸を引き裂かれながら、前へ、クロックが前へ踏み出す。

 その心臓は脈打たない。

 けれども勇気を振り絞り、肩に着けた宝石飾りを剥ぎ取る。


 その心臓は止まりそうだ。

 けれどもまだ頭が動く、金属に変わりそうな手でも動く。


 その心臓は生き物じゃない。

 だけども、この心は決して作り物なんかじゃない。



 ”貴方が人を救いたいならば、貴方が命をかけて叶え続けろ”


 ――”貴方の■の■の唯一”――


 ”■■■らしく”



 誰の声が聞こえた。

 遠い三千世界の何処かに聞こえる声に。


「いいや!」


 叫び返し、クロックは進んだ。


「これが俺だ!」


 身体を引き裂かれながら、クロックはアウルマクスの顔に拳を叩きつけた。



 これがヒーローだと信じて。





【 17 】


 アウルマクスの仮面が砕け散る。


 身体が支えきれない。


 ありえないはずだった。

 クロックの、意思だけの拳では倒れない。

 もはや神に近づいた時金の王タイム・アウルマクスは死ぬことすら難しい。

 彼が望みでもしない限り。


 そして、見た。


 足元に転がる仮面の破片と共に砕けた宝石、いや、砂糖菓子の飾りを。


(ああ、そうか)


 幸福の王子とは……幸せを与えるものだ。

 その身を犠牲にして。

 体についた金箔を、宝石を分け与えて。

 だから膝を付いた。

 

【 13 】



 アウルマクスが跪く。


「……もう遅い」


【 11 】


 もうすぐこの星は黄金と化す。

 可能な限り、遅くしていたが間に合わない。

 ミダス王は、自らの黄金化を解除出来ないのだから。



「いいや、間に合う」



 振ってきたの声に、アウルマクスは見上げた。


 クロックは半ば黄金と化していた。

 足も、左手も、衣装もあちこちが錆のように金色に染まっている。

 右手だけが血を流し、砕けた砂糖にまみれている。

 その頭には半ば金になった髪と一体化した時計の眼帯があった。


 


「まさか……そういうことなのか」


 アウルマクスはその姿を知っていた。

 そのクロックの姿を、学んで知っていた。

 それがなせるものを知っていた。






 クロックが右手を掲げる。



 全身に纏う金が剥がれていく。



 金粉となって舞い上がっていく。


 彼は祈る、願う、そして唱える。


「世界を覆う金をもって、世界を買う」


 願いを叶える王冠に、かつて人であった少年ヒーローは叫んだ。



世界よ、夢から目を覚ませアウェイクン・タイム・マネー




 ガチン


 ガチンガチン


 ガチンガチンガチンガチン


 【 1 】ガチン【 2 】ガチン【 4 】ガチン【 16 】ガチン【 37 】ガチン【 48 】ガチン【 79 】ガチン|【 120 】【 167 】ガチン【 190 】ガチン【 ■■■ 】ガチン【 ■【■【■【■■ガチガチガチガチンンンン!!!






――――――――そして、世界は悪夢から目を覚ます――――――――――――――




【 60 】


「らぁああああああああ!!」


 クロックは胴体に――から顔面に握りしめた拳をぶち込んだ!

 渾身の一撃だった。


「これで――!!」


 心臓狙いは殺しかねない、だからギリギリ迷った顔への一撃。

 脳震盪狙い。

 アウルマクスの仮面が吹き飛ぶ。

 その巨体がぐるりと舞いながら崩れ落ちた。



 ◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


      ―― 停止解除プレイ ――


  _________________◢




「っ、あ! はぁ」


 間に合った。


【 61 】


 眼帯に浮かぶ数字はタイムリミットをわずかに超えた数字。

 もはや手に力が入らない。

 心臓が止まりそうだ。


 これで倒せなければ、もう……


「ハ、ハハハハ!」


「ッ、まだ動けんのかよ……!?」


「いいや、動けん。私の負けだ」 



 仮面が剥がれ、膝を着く泥だらけのアウルマクスの素顔は……皺だらけの顔。

 嬉しそうに微笑んでいる優しげな老人だった。


「見事だ、ヒーロー。お前は世界を救った」


「……?」


 なにいってんだこいつ。

 いや、アウルマクスは国際レベルの大物だろうが。


「クハ、自覚はないか。だがそれでいい、クロック。お前はそれでいい」


「なにをいって……?」


「幸福の王子よ、辿。我が悪名を踏み台に進め」


「まてよ! なにをいってやが」


 足元からピシリと音がした。


 黄金の城に亀裂が走った。


「黄金が!?」


 黄金の城を覆っていた金が蒸発していく。

 アウルマクスの、ミダス王の金が溶ける。


「金で買えるものは全て買ったつもりだったが、まさか世界まで買えるとはな」


「待てよ!? 解けるならサプライズを! マイフェアレディたちを解除しろ!」


 走ろうとして、足から力が抜ける。

 段差に躓いてクロックが転んだ。


 起き上がれない。


 音が大きく、地響きが大きくなっていく。


「その必要はない、もう終わっている」


 アウルマクスの足元の床が割れていく。

 地響きを上げて沈んでいく。


「おいまて!」


 クロックが這いずりながら手を伸ばす。


 助けようと誰も握らないアウルマクスの手に向かって、手を伸ばした。


 だが、その伸ばされた手を。


 老人は笑いながら払った。



「我が運命よ、汝らの朝日は昇った! 挑め、黄金の時代に!」



 代わりに堂々と両手を掲げて、偽鍮王は叫んだ。



「楽しかったぞ」



 そして、激流の中に落ちていった。



「馬鹿野郎!!」


 その光景に、クロックは叫んで吠えた。

 死ぬべきじゃなかった。

 殺してもいいとは思ったが、それでも生きられるならば生きるべきだった。

 償うとはそういうことだから。

 その意志さえあれば、誰だって出来るはずなんだから。



「ッ! やべえ……」


 揺れが酷くなる。

 黄金がぼろぼろと脆く、崩れていく。

 それに、クロックは立ち上がろうとして……失敗した。


 力が入らない。


 限界を超えて止め続けた心臓が、息が、目の前が暗くなっている。


 これは死ぬな。



「悪い……」


 帰りを待っているだろう二人に詫びる。

 それ以外にも知り合いに、何名もの顔が浮かんで、今も戦っているだろうカトルカールに詫びて。


「でも、いいだろう。俺なんかが……ここまでやれたんだからさ」


 深く息を吸って、吐いて、クロックは目を閉じた。






「アホが、お姫様迎えに来る前に寝てんじゃねえ」




「えっ」


 どかーんと爆発した。

 もう一度言う、爆発した。


 真横の金の塊が、城の床が吹き飛んだ。


 灰を撒き散らしながら、ごつい戦闘武装ドレスを纏ったお姫様と呼びたくない奴が、脇にサプライズを抱えていた。


「うーす、王子様。シンデレラが迎えに来たぜ」


 ヒーローは遅れてやってくる。

 それは間に合うから赦されるのだ。


「まって。なんで城から? どっちかというと階段下から??」


「なにって。水晶バリアで津波防いで城の中に突っ込んで逃げただけだが?」


 外から固められて出るのに手間取ったけどな~、とゲラゲラと笑うマイフェアレディ。

 お姫様の姿じゃなかった。


「というわけで今から舞踏会ってことだ! いくぞ、おらあ!」


「あっはっは、クロックくん。さっきのチッスとかは忘れてくれると助かる!」


「は? なに、お前うちの姉に手出してんの? お前ちょっと校舎裏に来いよ」


「いやー!! 拉致られる!」


 むんずと掴まれるクロック。

 左脇にサプライズ、右脇にクロックを抱えてマイフェアレディが駆け出した。

 崩れ去る城壁の上を走り、走り、跳んだ。


 高々と飛ぶ。


 次々と瓦礫の上を飛び渡っていく。


 クロックはその時気付いた。


「あ、晴れた」



 いつの間にか雨は上がっていた。


 美しい虹が見えて、その下に見覚えのある美少女が手を降っていた。



 それを見て、クロックは安心して目を閉じた。


 気絶をした。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 黄金王の帰還。


 伝説級ヴィラン、偽鍮王アウルマクスが引き起こした事件は後にこう呼ばれることになる。


 アウルマクス――公認ヒーロー三名と未登録ヒーロー・クロックによる撃退、遺体の見つからぬ消息不明。

 協力者のヴィラン、白いスーツとバニースーツの女。

 時計の白うさぎホワイト・ラビット――カトルカールにより撃退、その後失踪。


 様々な被害、騒乱を起こしたこの事件だが、最終日に伴う最終的な死亡者数は【0】


 ヒーローたちの活躍、迅速な避難指示、そして不思議なことに死ぬかと思われるような落石や転落においても何故か軽傷で済んだ報告多数。



 まるで奇跡のような結果ハッピーエンド



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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