フィナーレ(4)/からの




 テクテクと歩き、浮かび上がるドローンの前。

 偽鍮王アウルマクスは地上の音を聞いていた。


「ふむ。まだしばらくはこなさそうだ」


 氷に包まれたような黄金城。

 その屋根の上で、アウルマクスはポッカリと空いた穴に耳を澄ませていた。


≪マイ・フェア・レディはどうなったんだ!?≫≪どうするんだ、あんなやつ勝てるか!≫≪避難を急げ!≫≪もうお終いだ!≫≪あんなのいるなんてきいてねえよ!≫≪本部、装備を抗正はまだか!≫≪カメラは忘れるな、まだ終わっていない!≫≪あのバニーガールはなんなんだよ!?≫≪第三波がくるぞ! 撤退、撤退!≫≪オレがぶっとばしてやる!≫≪やめろ、勝てる相手じゃねえよ!≫≪大衆のヒーローのくせになんで負けてんだ!≫


 穴から響いてくるのは無数の声、声、声。

 男女入り交じる声に、ふぅと息を吐く。


「埋めろ」


 指を鳴らすと、穴が閉じる。


 ―― 声を晒して真実を知れキング・ザ・ハット ――


 王様の耳はロバの耳という童話がある。

 とあるところに、一年中すっぽりと耳を覆い隠す帽子の王様がいた。

 春でも冬でも帽子を外さない王様に、国民の誰もが不思議に思っていた。

 そんな王様がある日髪を切ろうと床屋に向かい、そこで床屋は王様の耳がロバの耳だったことを知ってしまう。

 これを言いふらせば命はないぞと口止めをされるも、秘密の苦しさに床屋は森の中に掘った穴に向かって「王様の耳はロバの耳」と叫ぶことにした。

 散々に叫んで気が済んだ床屋は穴を塞ぐも、その近くに生えていた「王様の耳はロバの耳」と囁くようになり、それを引き抜いても次は木が喋るようになり、やがて国中のものが王様の耳がロバの耳だということを知ってしまうというおとぎ話だ。

 その王が、黄金に苦しめられたミダス王だということを知るものは多くない。

 そして、彼の耳がロバの耳になる呪いをかけたのがある竪琴の神だと知るものは少ない。


 アウルマクスはミダス王たる俳優である。

 故にその両手には黄金と化す呪いアクトともう一つ彼に対して囁く声が聞こえる呪いアクトを宿していた。


「……ふむ」


 アウルマクスが指を動かす。

 小指からゆっくりと動かす仕草の隅々にまで染み渡る熱に、力の充実を理解していく。


「全盛期ほどとは言いすぎか。いや、何時だって生きる今こそが全盛期だ」


 力が漲ってくるのを自覚する。

 自分に向けられた恐怖、畏怖、注目の全てが自分の力になっている。

 これこそが俳優の力だった。


 ”この世は舞台、人はみな役者”


 ウィリアム・シェイクスピアの名言であり、俳優アクトレスの本質を語る言葉である。

 俳優はそれぞれの幻想定義モチーフによる力と役割を齎されているが、その上で表現し、評価されるのはモチーフではなく演じている本人。

 本人の力、演技力というべきものこそが問われる。

 同じ題材の映画であってもどちらが面白かったか面白くなかったか。

 同じ題材の舞台であってもどちらの役者が素晴らしかったか素晴らしくなかったか。

 大根役者と名優が演じる演技には伝わるものはまるで違う。

 何を演じるかだけではない、誰が演じるか。

 誰が”何を”語るかではない、”誰が”何を語るか。

 役割を演じているものにこそ評価が与えられる。


 だから俳優アクトレスなのだ。


 その魅力を引き出すも殺すも俳優次第。名声も悪名もアクトレスの力になる。

 口で語られる幻想よりも何よりも雄弁に現実は語るのだから。

 だからこそ誰も彼も必死に知名度を求める。


「さて」


 次に来る敵を想像する。


 同じ社会敵パブリック・エネミーではあるが、差別主義を拗らせている『グレート・ヒール・ブラザーフッド』

 全てを燃やし尽くし世を焦がす昇火士たちの思想『焚書思想ファレンハイト451

 百を超え、八百万まで積み重ねんと語り実演する怪談共『秘躍物語ひゃくものがたり

 黄金の神秘性を崇めて、軽々しき金を量産するアウルマクスを憎む没落せし黄金郷『エルドラド』

 ミダスタッチを狙い求める錬金術師共に、協力し、対立する神秘学の秘密結社。

 あるいはニューカマー、聖剣を与える望まざる湖の妖精や下剋上を狙う天穹武会の拳士のいずれでもくるか。


「誰が来るか」


 出来るならば名の通ったものが来て欲しいし、戦うならばヒーローがいい。

 アウルマクスは急いで強くなる、力を取り戻す理由がある。

 だから態々隠居し、死んだように生きていた自分が再起動したのだ。


 雌伏の時を経てなんて退屈なことをしていたわけではない。そんなものをするならばさっさと活動し、時間を無駄にせず動いていたほうが圧倒的に効率的だ。

 時間は金なり、なのだから。



 アウルマクスは舌打ちをした。


 波が下がっていく。


 干潮のように下がっていく波からその先に目線をなぞらせて、終わりが近いことを彼は悟った。

 次の白ウサギによる津波を受ければこの城は粉々に砕け散る。

 公認ヒーロー三人の力を合わせて創り上げた象徴が壊れることは、実質ヒーローの敗北に他ならない。

 それこそアウルマクスの、ヴィランの勝利。



 ぞわりと肌が泡立った。



 脈絡のない振り向きと共に手を振り抜く。

 金属音。

 誰もいないはずの場所で衝撃がほとばしり、金粉が舞った。


「は」


 アウルマクスの仮面の奥の瞳が開かれる。


「ハッ」


 アウルマクスの仮面に覆われていない口が開かれる。


「ハハハハハハハハハハハハハ!」


 アウルマクスは笑った。


 振り向いた先、そこに着地したのは一人のヒーローだった。

 灰色と黒を基調とした衣装。金色の刺繍が施された黒のズボンに、真っ白なマントを思わせるジャケット。

 黒革の指抜きグローブに、片方の結び目だけ長い赤いマフラー、肩には勲章のように着けられた宝石飾り。

 足に嵌められたのは水晶のブーツ、安全靴を模された無骨なれども丁寧な仕上がりを思わせるオーダーメイド。

 その頭部に、目元を覆うのは飛行機乗りが付けるような防塵眼鏡。

 デジタルの数字が浮かび上がる時計眼帯ゴーグル


 その姿をアウルマクスは知っている。

 その姿を知らないものは、今この舞台を見ている知ることになる。


「ハハハハハ! 汝の名は!!」


「クロック」


 ゆっくりと立ち上がり、へばりつく金を引き剥がす。

 金粉を散らしながら、彼は手を掲げた。


「”ヒーローだ”」


 ――ヒーローは帰還した。






  ◆


 悲鳴の続くコメント欄に違和感のように紛れ込んだ。


 ・――クロックだ

 ・――来た! クロック来た!

 ・――不可視の救世主!


 書き込まれたコメントは流れていた悲鳴や罵声のコメントの中で一瞬で埋もれて。


 ・――クロックじゃねえか

 ・――クロックが逃げずに来たぞ!

 ・もしかしてさっきまでいた誰かってクロックだったのか?


 再び書き込まれる。

 そして、その数秒後に続くようにコメントが増えた。



 ・――は?

 ・――クロック?

 ・――マジだ!

 ・――クロック!

 ・――生きてたのか!



 黒いペンキの中に垂らされた白の一滴はすぐに混じってしまって、消えてしまうだろう。

 清流の中に垂らされた泥のように流されて消えてしまう。

 けれど、それが投げ込まれた瞬間を見ていれば、記憶に残る。違和感に気づく。

 波紋は生まれる。

 ドミノ倒しのように気づく人は増えていく。


 ・――カスがきやがった!

 ・――まともなヒーローよんできてぇ!

 ・――誰でもいいからなんとかしてくれ!

 ・――クロック! クロック!

 ・――勝ったら見直してやるから頼む!

 ・――火事場泥棒にきやがった!

 ・――お前なんかじゃ勝てねえからさっさと逃げろって!

 ・――あいつ、まだ活動してたのか


 反応は賛美両論だった。

 やったという声があれば、いやだという不快の声がある。

 共通してるのは共に激しく燃え上がっているということ。

 それもそうだ。


「炎上するということはそれだけ注目されていたということだ」


 無関心だったものに向ける注目なんてない。

 火種がなくても火はつけられるが、可燃物があれば火は燃える。

 大きなものほどより声は高くなる。


「悪名も名声も等しく俳優の力」


 期待も重圧も同じもの。

 力に変えられるかどうかは俳優次第。


 そして、岳流は知っているし。


「信じてるぜ、ヒーロー」


 海璃は信じてる。


「お前はどこまでだってヒーローなんだよな、ばか」


 <椅子の男>は世界の誰よりも自分のヒーローを信じてる。

 ファンの第一号なんだ。







  ◆



「?」


 誰かに怒られた気がした。

 誰だろうと少し考えるも、クロックはすぐに見当がついた。


(海璃と岳流怒ってるよなぁ)


 チャットアプリに書かれていた大量のコメントからしても怒りっぷりは伝わっている。

 クロックは戻った後のことに不安になっていた。

 当たり前のように戻ることを考えている。


「来たか、クロック」


「ああ。戻ってきたぜ」


 アウルマクスの呼びかけに、クロックは応える。

 お互いの距離は縮まらない。

 互いに数歩進めば戦闘になることを理解している。


「大した注目度だな。見られているぞ」


「……わかるもんなのか?」


「これでもベテランだからな。今もなお前の存在感が高まっているのがわかる」


「そうだな、時間が立てば立つほど強くなっていくのを実感してるぜ」


「うむ。だからこそコスチュームは大事だ、誰なのかがわかるからな」


「なるほど。だからそんな金ピカ仮面をしてるわけだ」


「そうとも。しかし、素晴らしい衣装だな。早着替えかな?」


「素敵な魔法使いがくれたんだよ。12時になったら解ける期限付きでな」


「なるほど、硝子の靴をもってやってきた王子様というわけだ」


「んでそっちの身だしなみも振る舞いの一つってか? 王様よ」


「無論。戦う相手に失礼ないように整えておくのが礼儀だろう」


「武士かなにかか?」


「騎士道でもいいぞ」


「そりゃあまったく関心だなぁ」


「うむ。理解してくれて嬉しいな」


「ハッハッハ」


「ハハハハハ」



 


黄金の時間GO・RUDEN・TIME」/「王金管掌マリーゴールド





 世界は黄金に輝いた。






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