フィナーレ(2)/本当の
「……幸福の王子?」
(なんだっけ、それは)
思い出すのに一呼吸。
その間隙を縫ってアウルマクスが跳び込んできた。
「
――
時間加速を行い、サプライズを抱き抱える。びっくりするぐらい軽かった。
「ひょぅ!?」
なんでどいつもこいつもこんなに軽いのだ! もっと飯食え! お兄さん心配なんだけど!?
暴れようとする彼女を掴んだまま、後ろに二・三歩のバックステップ。
そこでジッターの限界が来た。
――
轟音と共に城壁が砕ける。
(どういう威力だよ!?)
アウルマクスの人間が繰り出したとは思えない攻撃の威力に、思わず舌打ちをする。
それでもとにかく距離を取るためにジッターが動く。
とにかく距離を――
「少女一人を抱えての加速。体重剥離、重量を軽減しての速度の上昇ではない。身を削る解釈ではないか」
「!?」
取ろうとして、足が動かない。
地面が金に変わっていて、張り付いてた。
(なんで!?)
「金に触るな! 黄金のガチョウだ!!」
抱き抱えられたサプライズがしがみついて叫ぶ。
「金に触れたら離れて外れない!」
「鳥じゃないのに!?」
納得がいかない。
だがアウルマクスが踏み込んできている、逃げ場がない。
時間を稼ぐ!
「
――
また時間を止める、いや、余裕がない。
だから加速で抑える、保てて数秒。
ゆっくりと迫ってくるアウルマクスに対して、サプライズの小さなお尻を抱えながら、靴から足を引き抜いて跳んだ。
――
アウルマクスの手が空を切った。
サプライズを抱えたジッターはギリギリ避けた。
こひゅっと息を吐き出して、金になってない地面に着地する。
「っ!」
靴下だけだからちょっと痛い。
「靴を脱いだか。皮膚まで剥がして手が剥がれるか、試したやつはいるが……動きが早い、いや動き出しが早いのか」
アウルマクスの黄金の小手が床に触れる。
じわりと広がっていく範囲に、ジッターは大きく息を吸った。
「その
アウルマクスの手が金の床にずぶりと手を沈み込ませたのを見て、叫んだ。
「サプライズ、絶対に離すなよ!」
「
――
「
その手から取り出されたのは流体のように伸びて流れる金の鞭。
手が振られる。
――
三度時間が加速する。
迫る黄金の軌跡は速い。
本来なら瞬く間もなく到達する速さ。
先端が音速を超えるとされる鞭の一撃は
横薙ぎ、飛び上がって避ける。
縦薙ぎ、横に滑って避ける。
無数の乱舞を踊るように避けながら気づく。
(飛沫が!?)
振るうごとに雨粒が、金の氷になって固まって飛んでくる。
その礫をサプライズに当たらないように手で受けて、払い落とす。
所詮石礫もどき、ショットガンの弾を化勁で流すよりは簡単だ。
(身体に張り付く!)
「やHA」
アウルマクスが手首を返す、しなやかなヘビを思わせる鞭の軌跡。
威力ではなく接触を目的としてる。
これでくっつかれたら、あの人間離れした力で振り回されるんだろう。
「カット――」
――
瞬く間もなき加速と停止の
身体に張り付いた金礫が剥がれ落ちる。
だからその軌道に合わせて、手の甲で叩いた。
「イン・
その上でもう片方の手槌を撃ち込み、衝撃を追加加算する。
<
――
血まみれの手から押し飛ばされた鞭が、あらぬ方角へと流れる。
ジッターの血に触れた金が解ける。
先端から千切れた金の鞭に、アウルマクスがたたらを踏むのが見えた。
ジッターが踏み出す。
「おぉお!」
跳び上がり、アウルマクスの顔を目掛けて飛び蹴り。
避け続けるだけだといずれやられる、だからここで叩き落とすしかない!
そのための蹴りが、受け止められた。
アウルマクスの足元から広がった黄金の壁。
まるで王冠のような形のそれは、ミルククラウン。
液体のように柔らかくなった金の足場を震脚で踏み潰し、膨れ舞い上がった金の障壁。
それがアウルマクスの手に触れて、繋がり、網目の入ったカーテンとなる!
「落ちろ!」
振り回し、城壁の外へと放り投げるアウルマクス。
「「ジッ/カット!」」
――
寸前で。
時間が止まる。
張り付いたカーテンも。
流れるように空を舞うジッターも。
彼にしがみついたサプライズの身体もビタリと停止して。
<
停止した大気を、ジッターが蹴った。
彼は時間さえ止めれば、大気を足場に三歩までならジャンプ出来る。
そういう練習はずっとしてる、助っ人に入ったバスケ部では全国目指せるよと言われた程度の身体能力。
「ぐぇ」
耳元で響くサプライズのうめき声を聞き流しながら2歩目の跳躍。
アウルマクスの頭上を取って、三歩目の跳躍を足場に仮面へと足を振り抜く。
「
――能力解除――
外へと放り投げられたはずのジッターが廻る。
足場もないはずの空でふわりと浮かんで、映像を逆再生したように旋回する。
弧を描く蹴りがアウルマクスの仮面に直激した。
「がっ!」
反撃の一撃に、初めてアウルマクスがよろめいた。
だが倒れない。
(くそかてえ!)
思わず顔をしかめるジッター。
一撃で意識を刈り取るつもりの蹴りだった。
だが偽鍮王の首は太く頑丈で、まるで大木でも蹴りをいれたような錯覚を覚える。
(どんだけ鍛錬してやがる。能力に胡座かかなさすぎだろ……!)
「なるほど」
ゴキリと首を鳴らして、アウルマクスが口を開く。
「それなりに聴勁も鍛えていたつもりだったが、それでも捕らえきれん。風ならば風圧の前兆があるがそれもなし、”魔法使い”のやつの入れ替えトリックとも違うな」
(ちょうけい?)
(肌で動きを感じる中国拳法の技術だ。俺もよくわかんねえけど)
サプライズのささやき声に、ジッターが返す。
聴勁とは中国拳法における聞くように感じる肌感覚、身体感覚のことである。
互いの接触点における用いて力の方向や強弱を皮膚感覚で読み取る技術の総称であり、これを高度に発展させたのが太極拳とされている。
昔近所にいた髭のおっさんがやってた健康体操の太極拳をメインにしている彼も当然身につけようと色々やった。
とはいえ彼が知ってる鍛錬方法としては古本屋とか、ネットで聞きかじったような雑学だ。
本格的な鍛錬と言えるものは何一つしていないというか方法がわからない。
例えば遠くや近くを見る時に意識して見るクセをつけたり、目隠しして石やボールを投げてどれだけ離れた場所に落ちたとか、どこで落ちたかとか聞き分ける訓練をしたり、色を付けた砂を風に流して、それを時間停止の練習ついでに手で払ったり、形を作ってみたりとか色々やったが、よくわかってない。人不知我ってなんだ? よくわかんねえよ! 合気とか勁ぐらい力学で説明しろ! と常々思ってる。
そんな囁きをしながらも、二人はアウルマクスから目を逸らさない。
アウルマクスも隙を伺うように立ち尽くす。
遠くから地響きが聞こえる。
雨は未だに止まない。
そんな時だった。
アウルマクスがおもむろに手を差し出した。
人差し指を突き出した手だった。
「あくまでも比喩で言ったつもりだったのだがな」
とん、とん、とん、とつま先でアウルマスクが床を踏む。
リズムを取りながら、人差し指を左右に振って。
「チッ・チッ・チッ」
音を鳴らすように舌打ちをして、口をすぼめて。
「ボーン」
と、唱えた。
それが答えとばかりに。
「”時は金なり”」
サプライズが強くジッターを抱きしめて、ジッターは少しでも体力を取り戻すように息を吸い、アウルマクスは謎を解いた。
己が父親のゴルディアスの結び目を解くように。
「時間そのものを金に見立てて引き剥がすことが出来る、それがお前の”力”だ。幸福の王子」
「――」
その言葉に、ジッターは答えない。
聞き流しているわけじゃない、答える余裕はなかっただけ。
ただなんとなくしっくりきた。
「もしも、世界が金であるならば」
もしも世界が時という名の純金に満ち満ちた水槽だったとするならば。
「それの中で誰もがそれを使い、夢を、理想を叶えようとするならば」
幸福の王子だけがそれを引き剥がし、誰かのために自分を差し出すことが出来る。
「お前だけが自分のしたいことのために使うことが出来る」
つまり、これはつまりそういう話なのだ。
ガチンと何かがハマった。
ジッターの、クロックの、時銀佑駆の中で何かが噛み合った。
歯車が噛み合った。
◆ ―― ――◆
――
――配役<
◆ ―― ――◆
頭の中で何かが鳴った。
噛み合うように。
手を鳴らすように。
いや、手を鳴らされている。
「”役”を掴んだようだな」
アウルマクスが手を叩いている。
ざーざーぶりの豪雨の下で、手を打ち鳴らしては雨粒を金の粒に変えている。
まるで金貨を撒き散らしているかのよう。
「役?」
「この世は舞台、人はみな役者――シェイクスピア」
唸るような地響きの中でもなお負けぬ声を上げ、アウルマクスは大仰に振る舞う。
「幻想再臨より三十年。世界は蘇った幻想に染め上がられ、誰も彼もが舞台の上に躍り出ている」
偽鍮王が右手を上げる。
右手から流れるのは金の流砂、雨を受け止めて、地面を叩くのは金属音ばかり。
「世界はカキワリ、声を上げぬ群衆はアンサンブル、社会は誰かが描いたプロットで、誰も彼もが
偽鍮王が左手を上げる。
左手から流れるのは水の流砂、雨を受け止めて、地面を叩くのは水音ばかり。
「その上で、自分の役割を知らずに舞台に踊るほどの悲劇はあるまいよ」
偽鍮王は両手を上げた。
左右に広げた手からはガラガラとザバザバと二種類の音が交じる。
「つまり、どういうことだよ」
「踊らされているのと自ら踊るのは天地ほどにも違うということだ」
例え見た目は同じでも、と続けて仮面の男は笑う。
「情熱が違う。熱意が違う。意味が違う。味わいが違う。生き様がまるで違う。紡がれる舞台の果てに理解を掴んだ役者ほど素晴らしい物語は作れない」
「演じるというのは艶じることだ。つまり――カタルシスだとも!」
「ヴィランが好き放題言うね」
よじよじとサプライズの背を昇って、頭頂部に頭を乗せたサプライズが言う。
「悪党をぶっ飛ばすのはまあ気持ちがいいわな」
何度も呼吸をして、回復が追いついてきたジッターも言い返す。
「「お前は私たちがぶっ飛ばす」」
親指を下に突き出す少女に、中指を突き立てる少年。
そんな二人を見て、アウルマクスは破顔した。
「それでこそ! それでこそ!! 私の愛するヒーローだとも!!」
愉しげに笑い、そうして開いた手が。
「では――生き延びてみたまえ!」
バンッと。
両手が叩かれた。
轟音が開放された。
夢から目から覚めたように二人が音をした方角を見た。
見て、見上げた。
城壁よりも高く積み上げられた水が。
時間を停められて、ダムのように塞ぎ停められていた大津波が見えた。
「惨劇の時間だ、チックタック」
白いうさぎがそこにいた、大きな津波の上でニヤニヤと笑っていた。
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