第二ターニング・ポイント/負けやしない(2)




 全員が硬直していたのは数秒。


「白馬でも王子でもなく王様が来るのは違えだろ!!」


 誰よりも早くマイ・フェア・レディが叫びながら、王子様の父親パパ気取りに飛びかかる。

 即座に隊形を整える。

 サプライズはジッターを抱えて下がり、カトルカールがその前に立ちふさがる。

 同時にサプライズが幾つもの手袋を散らばらせ、カトルカールは衣服につけた宝石飾りキャンディの一つを千切り取り齧る。


「ほぅ」


 ヒーローたちの動きに、偽鍮王は評価を高める。

 その眼前に白水晶の戦闘舞装ドレスを纏ったマイ・フェア・レディを迎えながら。


Actionアクション!」


  ――灰被りの基準シンデレラ・スケール――


 アクトを発動。

 伸び上がるような水晶の蹴りが、仮面へと叩き込まれる。

 カーテン・ライズを通して既に注目は集まりきっている、その力はマイソロジーのものと遜色のないものだ。


Callコール


  ――王金管掌マリーゴールド――


 反響音。

 陶器を叩いたような澄んだ音が響き渡る。


「!?」


「ほぅ、相殺するか」


 水晶の脚甲と黄金の手甲が重なり静止していた。

 受けた手甲は灰になっていない。

 マイソロジーの適応中のマイ・フェア・レディが触れたものは灰と化す。

 正確に言えば纏うと決めたものが灰になり、生命体は灰にならない。

 生きているものが服飾になることなどありえないからだ。

 マイ・フェア・レディと大衆人間の生命倫理による制限。

 だがしかし、この偽鍮王は違う。



 その逆、わずかに水晶が金色に輝いている。


「ミダス王かよ!」


「いかにも!」


 ミダス王の役柄モチーフを演じるヴィランが笑う。

 旋転。

 

 二段蹴りの動きに入っていたマイ・フェア・レディの体が傾く、滑るように伸びた黄金掌に。


「ッ!?」


 弾け跳んだ。

 弧を描いてマイ・フェア・レディが吹き飛ばされる。否、自分から跳んだ。

 黄金像の上に滑りながら着地し、距離を取る。

 脚甲の僅かな重み。金になっている箇所を金から灰に、灰から水晶へ、シンデレラのガラスの靴へと変える。


「ほぅ。即死しない相手は久しぶりだ」


(今の動きは、あいつの”アクト”か?)


 不可解な流れに息を吐く。


「気をつけろ!」


 背後から鋭い声が聞こえた。


「あれはアクトじゃねえ!」




!」



 サプライズに肩を借りたジッターが叫んでいた。


「なにっ?」


「如何にも! 化勁カケイである!!」


 偽鍮王の破顔。

 キンキンキンと手を打ち鳴らし喝采する。


「超速ヒーロークロック! 汝のベースは太極拳と見たが、如何に?」


「健康体操ぐらいにだがよ」


「素晴らしい! 私も健康のために太極拳は嗜んでいる! おお、同行の共よ。抱きしめたいなぁ!」


「嫌だが??」


「セクハラはやめろや!」


 マイ・フェア・レディが黄金の足場を踏みつける。


  ――灰被りの基準シンデレラ・スケール――


 灰化、形成、伸びた水晶の槍が偽鍮王の眼前に突き進む。

 同時に、王の後ろから紫電が迸った。


 ――魔女の開菓ヘクセン・ブルーム――


 偽鍮王の玉座、その斜め後ろに飛び出したカトルカールが放つ電光。

 大仰な言葉と動きでマイ・フェア・レディが引き付け、その死角から仕留める。何度も共演したヒロインたちによる連携プレー。

 二人の少女による十字砲火。

 その場にいる誰もが直撃の確信を持った。


「黄金の伝導率を知っているかね?」


 そう告げる王を除いて。

 偽鍮王の腕が閃いた。

 甲高い音を響かせて水晶の槍が拗られた右手の甲で逸れる。

 放たれた紫電が左の黄金篭手が受け止められ、偽鍮王の足元が鳴った。


「とても高い」


「アース!? ずぶ濡れのくせに!」


「いや、普通に防水性の絶縁服を着込んでいるのでなぁ!」


「メタ張りばっちりですかぁ!!?」


 当然、と偽鍮王は笑いながら自分の玉座を踏みつけた。

 黄金の首が曲がる。

 うなだれるように曲がった馬首が硝子の城壁へと突き刺さった。


 アウルマクスは跳んでヒーローのように着地した。


「やばい、そっちいった! サプライズ、距離を……?!」


 悠々と歩き出すその姿を止めようとしたマイ・フェア・レディの脚が動かない。

 自分の意志で止まったわけじゃない。停められた。

 脚が地面に、否。


「”難問に並んで笑ってキューエスチョン”」


 


「笑えなければ落第だ」


 指を鳴らす。

 象が溶けるように崩れ落ちていく。

 当然その上に乗っていたマイ・フェア・レディもカトルカールも落ちていった。

 氾濫する水の中へ。


「アトリ!? !?」


「よそ見をしてる暇があるのかね?」


「ッ!」


 城壁の上で、雨に濡れながら偽鍮王がゆっくりと歩いてくる。


「ふぅ。サプライズ、下がれ! ここは俺が」


「あれはミダス王だぞ! 」


 荒く息を履いて呼吸を戻そうとするジッターを背中に庇いながら、彼より小さな少女が叫ぶ。


「”ミダス・タッチ”だ!」


 ミダス・タッチ。

 世界の人々が知る黄金の奇跡にして呪い。

 経済界の成功者、富を生み出す手腕を指して語られる言葉であり、その原点は神に願いを叶えてもらった一人の王の伝説から。

 その掌が触れたものは何もかもが黄金に変貌してしまう。

 石も木も黄金の彫像に、豪華な食事は金細工の彫像品に、硝子のコップに注がれた水は黄金の氷に。

 あげくは触れた人でさえも金と化す。

 


carry'sキャリッズ!」


 サプライズが手を叩く。


(石化から元に戻るなら幾つか心当たりはある。ハリー・ポッターなり、”心臓のない巨人”なり手段はある。だけど黄金は思い当たらない)


 配置していた手袋からレプラコーンたちが立ち上がってくる。


(黄金は解除出来ない)


 一体はジッターを掴んで後ろに下がらせる。

 残りのレプラコーンたちが偽鍮王に立ち向かう。


(だから)


 サプライズは知っている。

 今は妹であるアトリ・べリールマイ・フェア・レディのサポートとして専念しているが、政府ヒーローとしてデビューしたのは彼女のほうが先だ。

 その長い経歴とサポートとして必要な知識の学習で、彼女はアウルマクスのことを知っていた。



 ミダス王の黄金は解除出来ない。

 だから、この目の前のヴィランが生み出した黄金が今もなお流通している。

 全世界の黄金総量を数十、数百倍にも増やして増やして、地中に埋まってるとされる予想量も遥かに上回って。

 結果、全世界の金の価値を暴落した。

 幾つもの国が、資産家が、その財産価値を失い破綻した。

 世界経済を破壊し、彼が生きている限り増え続ける黄金によって価値が下落していく。歴史に間違いなく悪名と共に刻まれる行ける伝説ヴィラン。

 世界でもっとも有名な俳優アクトレスの一人。

 名乗るだけでもはや誰もが無視出来ない怪物。


(触れれば必殺の黄金化、けど変化させる時間に数秒でもかかれば取り押さえられる! 数は力だ! 幾ら伝説級のアクトレスといえども即死攻撃だけなら非生物のレプラ「何故我々が殴り合うのか知っているかね?」


 甲高い音と共にレプラコーンの一体が吹き飛んだ。


「あ゛?」


 否、押し飛ばされた。

 城壁から落下し、水しぶきを上げて沈んでいった。


「打撃とは人がもっとも最初に味わう痛みだ」


 殴り飛ばした黄金の王が踏み出す。

 掴みかかるレプラコーンの掌に、真っ向から立ち向かう。

 鋭く体を突き入れて、しなるように掌が直撃させて――砕いた。


「拳を握る、手を振り上げる、あるいはぶつかる、ただそれだけで押して、叩いて、殴って、痛みを覚える」


 崩れ落ちたレプラコーンを乗り越えて迫る新たな水晶の巨体に、王が描く拳の軌道は曲線。


「父親に殴られもせずに育った男などおらず」


 打撃音。

 破壊音。


「誰かを傷つけた罪悪も知らずに、ここに立つ者はいないだろう」


 叩いて砕く破壊の掌が旋転する王の周囲を残光のように閃く。


「ファンタジーとは、創作とは人間の想像から産まれるものである」


 レプラコーンを打ち砕く王の破壊は。


「つまり、だ」


 止まらない。

 問答無用の理不尽さに溢れていた。


「実感――説得力こそがその強度を定める」


 ムエタイとキックボクシングのマイ・フェア・レディ。

 杖術柔術と合気のカトルカール。

 我流と見様見真似の太極拳のクロック。

 ヒーローたちが主に格闘技を習い、習得する理由はただの護身ではない。

 これが怪塵に対して、あるいはアクターに対してもっとも効果的だからだ。

 斬って、刺して、焼いて、殺せぬ怪物がいるとする。

 だが殴りつけ、轢き潰し、粉砕して死なぬ怪物も英雄も想像しがたい。


 例えば剣で両断しても死なず、銃撃で穴だらけにしても瞬く間に元通りになる怪物がいたとしよう。


 けれどそれががむしゃらに喚くか弱い少女の手で張り倒され、手に持った椅子で殴られて怯み、裏社会に名だたる吸血鬼が手に持ったノートパソコン一つで殴り倒されて昏倒する。

 そんなありふれたピンチの脱出、あるいは残酷なトドメ、あるいは都合の良い補正の描写。

 怪物の強靭性が都合よく捻じ曲げられているご都合主義の産物?

 否。

 そうではない。

 それが通るのは――納得が出来るからだ。


 より具体的に言えば


 例えば白雪姫。

 物語の描写に存在しなくても、頬をひっぱたかれても平然としてる白雪姫なんて想像は難しく、逆に涙目になるのが目に浮かぶのは容易い。

 姫がか弱いか気丈かどうかは問題ではない。

 人間は誰しも殴られ、叩かれた痛みを誰もが知って育つが故に、その痛みを恐れ、特別視する。

 素手での戦いに厳かな神格を覚えるのもそのため。

 例えば狂戦士の語源であるベーオウルフは自分の武器が壊れてもなお素手で不死身の怪物を殺した伝説を持ち、半人半神のヘラクレスは武器の通じぬ獅子を絞め殺し、安住の地を目指して彷徨い歩いた預言者は徒手を用いて天使を殴り倒したという。

 空手、ボクシング、ムエタイ、拳法、どんな国のどんな人種であるとも素手の工夫を切り捨てない、捨てられないのは肉体への信仰が根底にある。


 


 人の、打撃の神話がそこにあった。


「だからって素手で水晶を殴り壊すんじゃないよ!!」


 そんなことは公認ヒーローとしての教習として当然習っている。

 しかしそこに物理的な破壊力を歪める力はない。物理法則に依存しない怪塵ファンタジーに通じる理屈であって、確かにそこにいる水晶製のレプラコーンを殴り倒せる理由にはならない。なってたまるか!


「鍛えればいけるぞ?」


「理不尽過ぎるだろうが!!?」


 ミダス王にガハハと笑いながら怪物を殴り倒せるような覇王のエピソードはない。ないよな? ないといってくれ。

 そう叫んでいる間にもアウルマクスの歩みは止まらない。

 真っ向からレプラコーンを殴り倒している。

 残りレプラコーンは三体。

 マイ・フェア・レディの復帰……間に合わない。


(クロックだけでも逃がす!)


 民家人を守るのがヒーローの義務だからこそ離脱するように後ろのレプラコーンを指示し、顔だけは真正面を向く。


carry'sキャリッズ!」


 痛いほどに手を叩く。

 それに従い、残った三体が集まり、手を繋いだ。一塊に集合する。

 出来上がったのは一回り巨大なレプラコーン――大きな目を開いたビックヘッド。

 靴屋の小人、その知られざる第三の物語サード・ヒストリー


「ほう?」


「”取り替えられた小人ならざる鬼チェンジリング・ビックヘッド”――押し飛ばせ!!」


 両腕を顔の前に構えた防御姿勢、俗に言うピーカブースタイルでビックヘッドが突撃する。

 殴られようとも耐えて、巨体でもって押し飛ばす。

 肉弾戦法。


「足元注意だ」


 その巨体が、アウルマクスの眼前でビタリと停止する。

 否、脚が急制動し、ガクンと反動で揺れる。

 雨水に濡れた金面の上で止まっている。


 


「膝に痛い着地をなんでしたと思う?」


 両足が開く、滑るような軌道で踏み込まれて、円弧を描いて両手が展開する。

 それは弧を描き、しならせる動き。

 黄金の手が鞭のように跳んで、ビックヘッドの顔を打った。


えるからだ」


 甲高い音と共にビックヘッドの首が捻れ飛ぶ。

 曲線を描く独特な動きに、サプライズは気付いた。

 それは太極拳の技ではなく。


劈挂拳ひかけん!? に……それって!」


 距離が詰まる。

 一足一刀の間境が踏み越えられる。


 もはや間に合わない。助からない。


「金のガ」


 だから、遺言ではなく分かった情報を叫ぼうとした。

 きっと生きている妹に向けて。


 彼女が負けないように、涙を堪えて。


    「さらば「させるかあああああああ!!」


 ――GO・REDN・TIMEゴー・ルデン・タイム――


         



 その運命を否定したのはジッター。


 そして、受けたのも。






 ミダス王の掌がジッターに触れていた。




 


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