心の暗闇(2)/試練にも
一瞬の追想。
あるいはカットイン。
――能力解除――
ジッターは時間停止を解除する。
それが終わって始まるのは今再びの災厄。絶望的なシーンの続き。
「
回避不可能の暗闇。
それにカトル・カール、マイ・フェア・レディ、サプライズ――三人のヒロインが足を踏み上げた。
「「「Action!!」」」
音が鳴る。
踵を叩きつけて、足を踏み鳴らす。
迫る濁流の止まった世界で、足音が鳴り響いた。
黒くよごれた泥が、降り注ぐ雨が、迫る音が急激に減速していく。
――
それはジッターの二度目の時間停止、否、加速。
時間停止空間の解除は、触れたものから連鎖解除されていく。
しかし。
時間加速空間の適応は、触れたものから連鎖影響されていく。
演者三名を中心にした相対的スローモーションとなる。
彼女たちだけの時間。
そして、始まるのは三人の劇場。
「顔を伏せて、諦めていた」
歌い出すのは硝子の、
濁流の、汚れた雨に濡れて、天へと手を伸ばす。
「ちゅうちゅう泣いて、物陰の隅で私はそれを見ていた」
続けるのは、分厚いフードで
汚れた泥の流れ、それに押し流されそうになりながらも、前に立つ少女の後ろに立つ。
「迫る時間、迫る時間、置き去りにされた少女を自分は見ていた」
遠く、遠くに響くように聞こえる轟音。
未だにどこかに悲鳴が、晴れる見込みもない嵐の唸りの中で、
「置き去りにされた、母は、姉たちは、私を見捨てる」
迫るタイムリミット。
「貴方に資格はない、貴方に夢はない、貴方にドレスはないと言う」
張り上げる声は、雨音に、風に打ち消されてしまう。
「べそべそと泣き腫らす、時間は過ぎ去っていく」
言葉を
言葉を
言葉を
気持ちを前に、足を前に、必死に押し出す。
吹きすさぶ嵐の中に、打ち付ける雨風に負けないために、三人が手を翳す。
これは儀式。
これはパフォーマンス。
これは誰かに見せつけるための動き。
繋ぐ言葉は、お互いの存在を繋ぐためにかけられて。
紡ぐ言葉は、お互いの物語を紡ぐためにうたわれて。
接ぐ言葉は、お互いの意味を接ぐためにさけばれた。
これは演者たちの舞台、演者たちの物語、そのための高等技術。
お互いにグリム童話というシナジーが存在する。
だがしかし。
(熱が足りない)
(説得力が足りない)
(なによりも、観客が足りない!)
少女たちが歯を食いしばる。
湧き上がるものはある、感触がもどかしく感じる、だが足りない。
これは本来、事前に告知し、カメラを用意し、誰もが人々の注目を集めてようやく成り立つ大技。
今はただのシンデレラ、今はただの靴屋の妖精、今はただのヘンゼルとグレーテルの物語。
共演には程遠く、ただ同じ位置にいるだけ。
誰も興味を持たない、ガランとした舞台席のような白けた冷たさ。
必死に廻し続けるほど熱が冷めていく。
「ああ、なんて退屈なんだ」
そこに言葉が差し込まれた。
「来る日も、来る日も、代わり映えのない。ありふれた景色、ああ、誰か違うものが見れないものか」
それを差し込んだのはジッター。
訓練もしていない、外見も似つかわしくない、ポッと出の男の登場。
言葉を差し込み、彼は後ろへと下がる。
黒子のように。
「ああ、なんて苦しいのだろう」
それに、マイ・フェア・レディが、顔の装甲を剥ぎ取って。
「夢を見たい」
赤い髪を、雨に濡らしながら、叫ぶ。
「夢が、見たいのです!」
嵐に向かって、風に向かって、叫ぶ。
胸に手を当てて、誰かに伝えるように叫ぶ。
「昨日とは違う明日を夢見たいのです! それが、あそこに!」
指を指す。
濁流の、全てを破壊する破滅の先へ、指を差し向けて。
それは雨被りの少女の夢。
「奇跡を掴みたいのです! 顔を覆うばかりじゃなくて、前を見たいのです!」
足を踏み鳴らす。
サプライズが、分厚い雨よけの外套を剥ぎ取って、自分の存在を示すように、靴を、泥を踏みしめて刻む。
「ならば」
外套を剥ぎ取る。
カトル・カールが、時間差で、降り終えた雨の中で、空までまだ届かない加速の中で。
止んだ、空いた、空間に、魔法使いがクルリと回る。
その手には、星色の飴玉の杖が掲げられていた。
「叶えて上げましょう」
それは――眩しいほどに、内側から輝いた。
「魔法をアナタに」
◆
「前を見るか」
カメラの向こう。
この惨劇を映し出すために用意された監視カメラの数々に、明かりが映る。
白いうさぎは見ていた。
災厄の前で立ちふさがる三人の少女の後ろで、凍りついていた
彼らが発光灯を、照明を、タブレットを用意し、少女たちを照らし出したのを。
偽鍮王は見ていた。
光の当たらない場所で、誰かが、走り回り、瞬くような速度で舞台を整えていくのを。
呑まれるはずだった光の当たらない
うさぎは端正な眉を歪める。
王は仮面に覆われていない口元を歪める。
二人は理解していた。
肌でわかる。
空気が、冷たいはずの雨の中でも。
激昂/高揚で。
不快/愉快で。
◆
空気が変わった。
それは俳優ならば、この世界に生きるものならば、誰もがわかる。
高揚。
「夢を魅せてくれ!」
誰かが叫んだ。
三人の。
灰被りが、妖精が、魔法使いが希望を踏み出す。
「――
輝ける舞台が幕を上げた!!!
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