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No.7です。
幸福の科学の会員ですが、大川総裁って、3000冊以上の書籍を出版されているようで、購入しても「積ん読」状態の本も多いわけ。
で、ふと、そういう昔の1冊を読み直していたら、「あの世の霊人口って500億くらい」「指導者の霊はとても少ない」なんて記述がありました。
となれば、No.8さんの回答にあるように、無神論者の事は、放置かな?なんて思えますね。
なお、霊言書を読んでいると、靖国神社に祭られているべきのような霊であっても、本人の霊が死んだときの状態でフリーズしたみたいになっていると、「その時期がくるまで待とう」ってこともあるようです。
(山本五十六氏の霊のように・・・)
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最近、「人生、何を目的にして生きるか?」っていう価値観を無視して、あるいは考えないことにして、日々の暮らしに流されていくってのは、第二次大戦(大東亜戦争)での後半における日本の大敗北と似ているのかな?とか思ったりしますね。
戦争においては、「戦略->作戦->戦闘」って各段階がありますよね。
たとえ戦闘や作戦が、指揮官がとても優れていて、攻撃がうまくいって、敵に大勝利したとしても、その勝利が戦略目標に合致していなければ、戦死者の死は無意味になってしまいますからね。
昔、ベトナム戦争のとき、米軍は「あの高原を奪回しろ!」との命令を受けて、多数の戦死者を出しながらも、奪回に成功した。でも、その高原の奪回は、戦略的にみて、あまり価値が無かったようで、しばらくしたら、その高原から米軍は自主的に撤退し、北ベトナム軍が再度占領した・・・。
たぶん、魂のこととか、死後にどこに行くか?など、宗教的なことを無視して生きることは、上記の米軍と似ているのでは?と思えてきます。