いつかポンジャンが覇権を握る日を夢見てる

 皆様は「ポンジャン」をご存知だろうか。麻雀をベースとして、より簡単にしたテーブルゲームのことである(wikipedia調べ)。

 おそらく最も普及しているのはドラえもんが絵柄の「ドンジャラ」だろうが、私に言わせればドンジャラなど邪道。ポンジャンと言えば、「ポケットモンスター ファミリーポンジャン」である。そして今回お話しするのは、およそ20年前に発売した、ポケットモンスター初代バージョンのポンジャンである。

ぽんじゃん

 小学生の頃からテレビゲームが好きだった私は、当然ポケモンも大好きで、ゲームボーイカラーを買ってもらうときにピカチュウカラーとしてイエローを買ってもらったほどだ。ポケモングッズには基本的に目がなかった。そういう訳なので、このポンジャンもいつの間にかうちにいらっしゃっていたとしても何の不思議もない訳だ。

 ルールは麻雀がベースなのでわかる方も多いと思うが、ドンジャラやポンジャン(ポケモンではない、元ネタの方)を知らない方に簡単にルールを説明すると、まず手牌として牌が9枚配られる。余った牌は山にする。自分の番になったら山から一つ引き、代わりにいらない牌を捨てて、役を作っていく。基本的に、役は手牌3枚で成立するようになっていて、同じ絵柄を3枚そろえるか、同系列の違う絵柄をそろえるパターンがある。3枚一組の役を3つ完成させれば(すなわち9枚の手牌全てが役として成立すれば)あがりで、そのそろえ方によって点数に違いがあり、何ゲームか行って最終的に点数が高いプレイヤーの勝ちである。例えば3枚一組の役×3よりも、9枚全ての手牌を同系列でそろえることができれば、より点数は高くなる。

 で、ポケモンのポンジャンの場合は、牌のすべてにポケモンのイラストが書いてあるのである。ヒトカゲとかピカチュウとかだ。先ほどの説明で「同系列の違う絵柄をそろえる役」は、ポケモンのポンジャンでは、「同じ系列の進化ポケモンをそろえた役」になる。すなわちヒトカゲを選んだとしたら、リザードとリザードンをそろえられれば役の完成である。ゆえに、牌として登場するポケモンは基本的に、第二進化まで存在するポケモンということになる。ヒトカゲやフシギダネ、ゼニガメといった御三家、あとはニドラン♂とか、ポッポとか、ニョロモ系列などがあったと思う。ピカチュウやミュウなどの有名どころは、そのゲームに勝ったときにもらえる得点が加算される、特別な牌として登場していた。

 このゲームで最も記憶に残っているのが、私の母のプレイングである。

 牌のポケモンのイラストの背景は、それぞれ同系列ごとに色分けされてある。例えばフシギダネの背景は緑、ゼニガメなら水色という感じで、一目でどの牌と役が作れるのかが分かるようになっている。で、私はこのゲームを家族でプレイすることが多かったのだが、その中でもまあ母がポケモンを覚えられない人だった。一応背景の色の区別があるから、それでもなんとか役を作っていたのだが、最後まで覚えてくれなかったのが、ヒトカゲ系列とナゾノクサ系列の区別である。ポケモンを知っている方なら「え?」と思うだろうが、ポンジャンにおいてこの二つの系列は背景の色が似ていて、ヒトカゲ系列は赤、ナゾノクサ系列は赤紫をしているのである。よく見れば色の違いがわかるだろうし、そもそもポケモンの形というか、種族的なものが全然違うのだから考えれば分かりそうではあるが、母にとっては難題だったようだ。対戦相手の私に自分の手札を見せて、「クサイハナってリザードンに進化する?」と聞いてきたことも何度もあったし、上がり! と宣言して手札を披露したと思ったら、ナゾノクサがリザードに進化した後、何事もなかったかのようにラフレシアに変形していたこともあった。母は、これらのポケモンの形状の変化に何か思うところはなかったのだろうか。骨格とかはっぱとか。顔つきもずいぶん、眼光が鋭くなったなあとか感じなかったのだろうか。ちなみに、ポッポ系列も背景色がオレンジでヒトカゲ系列と似ているため、やはりたまに間違えていた。羽根が生えたと思ったら抜け落ちて、代わりに獰猛な爪が生えるという、まさに「進化」を遂げていることが多々あった。

 私はポケモンが大好きということもあったし、ゲーム自体もかけひきが非常に面白くて、このゲームが本当に好きだった。牌にプリントされたイラストがすり減って消えかけてしまうほど、何度もやったのを覚えている。それなので、当然他の子もみんなやっているものだと思っていた。特に小さい頃というのは、自分が置かれている環境が普通で、かつ絶対だと思っているものだろうから。

 そんなある日、私は児童館か何かに遊びに行った。そこにいた同年代の子たちに「これで遊ぼう」と誘われたのだが、なんと彼女らが持って来たのはポンジャンではなく、ドラえもんの絵が書かれた「ドンジャラ」というゲームであった。私は動揺した。おそらく動揺という感情は、そこで初めて知ったと思う。私はこの時まで、ポンジャンに類似したゲームがあることを知らなかった。しかもどうやらそのドンジャラとやらの方が、世間では一般的のようであった。なぜなら動揺を押さえながら、ドンジャラは知らない、ポンジャンなら知ってる、とかろうじて言葉を絞り出したのだが、相手の子たちはきょとんとした顔で「ポンジャンって何?」と聞き返してきたからである。私は自分の中の何かが崩れる音を聞いた。先ほどの「動揺」という感情に加えて、「他の人の価値観」そして「世間」を知った瞬間であった。

 その子は私の動揺など知らずに、牌をシャッフルして配っていった。私は配られた牌を眺めている時も、ゲームが開始されてからもずっと、なんだこのゲームは、ポンジャンの方がずっと分かりやすいじゃないか、と心の中で毒づいていた。

 それ以来ドンジャラは一度もやっていない。ドンジャラ派の人ごめん。

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