鹿児島 悪石島 地震乗り越え伝統の「ボゼ祭り」
6月から地震が相次ぎ一時は島外に避難する人もいた十島村の悪石島で、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている島に伝わる仮面神「ボゼ」が厄払いをする伝統の「ボゼ祭り」が行われました。
悪石島では、旧暦で七夕に当たる先月29日からお盆の期間に入っていて、先祖の霊を弔う行事が続けられてきました。
最終日の7日、島の中心部の広場で住民たちが輪になり、打ち鳴らされる鐘と太鼓の音に合わせて踊る伝統の盆踊りが終わると、すぐに3体の「ボゼ」が現れました。
ボゼはビロウの葉を身にまとい、顔の上の大きな羽のようなものと見開いた目、大きく開いた口が特徴の島に伝わる仮面神で、ユネスコの無形文化遺産に登録されています。
ボゼが手にした棒の先に付いた赤い泥を付けられると厄が払われるとされていて、ボゼが集まった人たちを追いかけ回すと、喜ぶ人もいれば泣き叫ぶ子どももいました。
トカラ列島近海の悪石島や小宝島付近ではことし6月から地震活動が活発になり、7月3日に悪石島では震度6弱の激しい揺れを観測しました。
一時は希望する住民が島外へ避難していましたが、7月下旬には地震が減少傾向になり、これまでにすべての住民が島に戻っています。
こうしたなか、島の人たちは代々、守り続けてきた「ボゼ祭り」のことしの実施に強い思いを持っていて、平年どおりの姿を見せるボゼを前に、充実した表情を浮かべていました。
「ボゼ祭り」を見に南九州市から訪れた60代の男性は、「ボゼの姿が予想以上によかったです。地震があっても祭りをやるという皆さんの意気込みを感じました」と話していました。
泥を付けられた4歳の男の子は「怖かった」と話し、その30代の母親は「無病息災になるのでよかったです」と話していました。
悪石島の盆踊り保存会の有川和則会長は「元気があってよかった。厄が払われたので、来年までは何事もなく大丈夫です」と話していました。
島で自治会長を務める坂元勇さんは「みんなの気持ちがこもったボゼでした。ボゼなくしては悪石島は語れなく、きょう、ボゼを守っていくという決意が新たになりました」と話していました。
【「ボゼ」とは】
「ボゼ」は、旧暦のお盆の最終日に姿を現し厄を払う島に伝わる仮面神で、平成30年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。
「ボゼ祭り」が行われなかった年の夜は、一晩中、山が騒がしかったという言い伝えもあり、それ以降、島では毎年必ず、祭りを行ってきたといいます。
ボゼの材料となる竹の選び方やボゼの仮面の作り方などは、島に長く住む住民が若い世代に現場で教えながら伝承していて、ボゼの姿や祭りでのふるまい方は時代の中で少しずつ、変化してきました。
さらに、ボゼのルーツなど詳しいことは分かっておらず、限られた住民以外はボゼの仮面を作る現場への立ち入りを禁止されます。
こうした多くの謎に包まれた「ボゼ」の姿を一目見ようと、「ボゼ祭り」の前後には県内外から多くの観光客が島を訪れ、島は年間で最も忙しい時期を迎えます。
【悪石島の地震は減少傾向】
トカラ列島の悪石島や小宝島付近では、ことし6月21日から地震活動が活発になり、7月3日に悪石島では震度6弱の激しい揺れを観測しました。
こうしたなか、7月4日以降、悪石島と小宝島の希望する住民が村営のフェリーで鹿児島市のホテルなどに避難しました。
一方で、7月下旬からは地震の回数が減少傾向になり、規模も小さくなっていて、十島村が住民が島に戻る目安としていた「震度4以上の地震が5日以上、発生しない」状態が続いたことから順次、住民が帰島し、8月2日には自身の都合で鹿児島市内に残る人を除き避難していた全員が島に戻りました。
トカラ列島近海で発生した震度1以上の地震の回数は、5日の午前10時までに2317回に上っていますが最近は1日の地震の回数が1桁や0回の日が多くなっていて島は日常を取り戻しつつあります。