佐賀県警で発覚した科学捜査研究所(科捜研)職員によるDNA型鑑定の不正事案。佐賀県弁護士会は第三者機関による調査を求める声明を発表し、政府も再発防止に向けた取り組みに言及するなど波紋が広がっている。長年、警察の一組織として運用されてきた科捜研だが、独立性や透明性に課題も見られる。冤罪(えんざい)を生まないための法科学のあり方とは。(西田直晃、山田雄之)
◆7年余りにわたり行っていないDNA型鑑定を実施したと偽装したり
「科学鑑定に対する信頼を根幹から揺るがすもの。前代未聞かつ極めて重大な不祥事である」
不正発覚の翌日の9日、佐賀県弁護士会が発出した会長声明。「虚偽証拠による裁判はそれ自体が再審事由になる」とも指摘した。佐賀県警が示す「公判には影響ないと判断している」という認識に対し、声明は「改ざんされた鑑定結果をもとに、虚偽自白やえん罪を現に生じさせていなかったという確証も得られないはずである」と非難。チェック態勢や組織風土を含む県警の問題として、全ての調査結果の公表と第三者機関による調査を求めた。
佐賀県警は8日、科捜研職員が7年余にわたって、行っていないDNA型鑑定を実施したと偽装したり、鑑定結果を記す書類の日付を改ざんしたりするなど、計130件の不正行為を確認したと発表。同日付で職員を懲戒免職処分とした。元職員は不正の理由を「上司に仕事ぶりをよく見せるため」と話したという。林芳正官房長官も9日の会見で「あってはならない。再発防止に向けた取り組みが重要だ」と強調した。
◆「不正に利用されれば人生を奪う材料にもなってしまう」
犯罪捜査の経験がある人物も衝撃を持って今回の事案を受け止める。元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏は「あり得ないこと」とあきれ返る。「完全否認でアリバイが微妙な事件でも、DNA型は犯人だと指し示す唯一の証拠になり得る。裁判官も信用する。難航する捜査の最後のとりでで、不正に利用されれば人生を奪う材料にもなってしまう」。不正が行われた期間の長さと件数の膨大さにも言及し、「常態化し、周囲が気付けなかったのも大問題。全事件の詳細を公表すべきだ」と続ける。
刑事時代に取調官を経験した小川氏。「否認を続ける容疑者をやっとの思いで落としても、上司は別の取調官に交代させ、改めて容疑者に当たらせたことがあった。万が一、本当の自白でなければ、組織全体の問題になる。DNA型鑑定も鑑定書を書くのは1人だとしても、複数人のダブルチェックが求められる」と語る。「刑事は自分にできないことをやってくれる科捜研職員を『先生』と呼ぶことがある。こんなにいいかげんでは、佐賀県警の捜査員も激怒しているのではないか。一般市民に警察全体への不信感を抱かせてしまった」
◆改ざんされた証拠が用いられれば「冤罪生み放題」
2010年に再審無罪が宣告された足利事件では、誤ったDNA型鑑定によって菅家利和さん(78)の無期懲役が一度は確定。誤認逮捕から18年後の再鑑定が無実を証明した。
再審弁護人だった神山啓史弁護士は「職員の怠慢で済む話なのか。改ざんした鑑定が公判に提出されているようなら、証拠のねつ造による冤罪を生み放題になってしまう」と憤る。
「DNA型鑑定が重宝されるのは、事件をつくり上げる供述依存の捜査が批判を浴び、その反省で強固な信頼がある科学技術にシフトしたためだ。影響を受けた被疑者がいないか、地元の弁護士会が関係事件を洗い直したほうがいい」
◆実施件数が激増するDNA型鑑定
今回の問題の背景にあるものは何か。「職員個人の問題にとどめず、組織として考える必要がある」と説くのは立命館大の平岡義博上席研究員(法科学)だ。平岡氏は2011年まで30年以上、京都府警科学捜査研究所(科捜研)に勤め、最後の2年間は主席研究員としてDNA型鑑定の管理業務に携わった。「私の在職時より鑑定の態勢も充実しただろうが、件数も膨大になっていると思う。小規模な県警ほど鑑定を担える職員は少ないはずだ。オーバーワークになっていた可能性はないだろうか」とみる。
「個人を高い精度で識別するDNA型鑑定は『証拠の花形』。捜査部門が重宝し、鑑定資料をどんどん送るようになってきた時期だった」と振り返る。警察庁によると、全国で実施されたDNA型鑑定件数は、2005年は2万4562件だったが、2024年には25万3941件と約20年で10倍以上に増えた。
◆組織の位置付けが生むリスク
職員による不適切な行為が7年超と長期にわたった点にも着目し、日本の鑑定システムの構造を原因の一つに挙げる。科捜研は組織として科学鑑定を受理するが、実態は職員個人が鑑定結果に責任を持つ「個人鑑定」になっていると...
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