私は26歳だ。
興味のない人が大半だろうから、下まで読み飛ばしてくれて構わない。
短大を卒業して以降、就職に失敗して一年ニート、パートで図書館司書をして2年弱で辞めてその後一年近くニート、短期アルバイトを2ヶ月、その後4ヶ月ニート。で、今はなんとか週3回パートをしている。今月で5ヶ月目だ。
なぜ週3回かというと、精神科の主治医にフルタイムで勤めたい、と言ったらドクターストップになったからだ。
どれくらい荒いかと言うと、給与をもらえば大半がクレジットカードの支払いに消えるほどである。
私は家事ができない。
洗濯すらできないし、料理もせいぜいパスタを茹でることくらいしかできなかった。
甘え切っている。
お察しの人もいるだろうが、私は完全なる「子供部屋おばさん」なのである。
母親はなんでもできる人だった。
炊事洗濯なんでもできた。
私が就職してもお弁当を作り、帰宅が遅くなっても必ずご飯を用意してくれる優しい母親だ。
私はそんな母親に頼りきりだった。
いや、甘えていた。
人生100年時代というCMも流れる時代だ。自分の母親も長く生きるものだと当然思っていた。ご長寿グランプリを見ながら、自分の母親もこんな感じで余生を謳歌するだろうと思っていた。
春頃には自転車も乗れなくなり、買い物もしんどくなってきた。
病院に行ってみてはどうか、と相談したが首を縦に振ることはなかった。
7月下旬、あまりに弱っていく母親が心配でパートが終わり帰宅後大泣きして母親に病院に行ってくれと言った。
この時点で7月末だった。
信じられなかった。
受け入れろと言われても、難しい。
時だけが進んでいく。
今は大病院から緩和ケア病棟に移り、穏やかに日々を過ごしている。
私は母親に甘えっきりで、人生を楽観的に見すぎていた。「死」を前にしてようやく気づくのは遅すぎる。
この先私は後悔を引きずるだろう。
でも、更生しなければいけないと思った。
家事も出来るようにならなきゃいけない。料理を始めた。やっぱり料理は難しい。
もちろん、ずっと今の仕事をしていては生きていけない。今後生きていくために転職もしたい。そのために資格の勉強も始めた。
母親の死を目前にしてようやく動き出すなんて、酷い子供だと思う。甘えすぎていたんだと思うし、人生を舐めていたと思う。
でも、私はまだ生きていかなければいけないから、自分を変えたいと思う。
変えなければならない。
どうにかして、一人前になりたい。
自立したい。
以上が、私がここ2ヶ月思ったことだ。
個人のSNSには書き記せず、匿名に書いて気持ちを整理したかった。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
父親は健在ですが、定年退職しており、再雇用という状態です。これからは弟と父親で協力してやっていこう、という状況です。遅かれ早かれ自立しなければならないのは事実だなと感じています。
せめてお母さんが安心して天国に行けるようになれたらいいね
父親はどこ
境界知能がベースにある適応障害かな
その状態でアラフィフになった自分よりはマシだから安心して…😟