【竜筆ノ章/壱】画竜点睛

第一幕 エルフの竜騎士

 トリンガム家きっての神童は、女であった。


 時の国王、ロセイエス・コーリエル・ロダ・レガリス・エルトゥーラ二世は賢王で知られる。

 民に尽くし、そのための尽力はまるで惜しまぬ誠の王で、そして「剣」王でもある。

 自らが戦の場に立った経験は数知れず、最も多い時で、一度の出陣で四十九の首を飛ばした豪傑であった。


 トリンガム家はそのロセイエス王の勅令隊の一つ、「ナイツ・オブ・ドラグナー竜騎兵隊」でもある「銀竜隊」の長を務める家であった。


 現在の当主、ギルバート・オーレリア・トリンガムは、かつてロセイエスの護衛として部隊を率い出陣。合計、七回の戦を経て、王から信頼を得て近代化された王国陸軍の将軍職を得た。


 ギルバート陸軍少将といえば、「グリフィン狩りのギルバート」の異名も付随し、皆に畏怖される。

 ギルバートは少年時代、冒険者として旅をしていた。その際彼は仲間と共にグリフィンを討ち取ったことがあり、それがたちまち国中の噂になったのだ。


 ──ときは流れる。

 それはある雷雨の夜だった。

 トリンガム婦人──ギルバートの妻・リンダが産気付き、彼は目を白黒させながら屋敷で産婆を叩き起こし、湯を沸かし、タオルを集めて出産の用意を急いだ。

 待望の我が子である。妻か己か、はたまた両方か、運が悪いだけか……結婚して二年、トリンガムの家に子はなく、銀竜を冠する騎士の家も断絶かと思われていた。


 しかしそれを妻のせいにはしたくなかった。リンダとは長じての付き合い──冒険者時代、共に旅をしたエルフ仲間なのだ。己はスノウエルフで、妻は青い肌が特徴的なアズルエルフ。

 色の異なるエルフ同士の婚礼自体が異例。おまけに家柄も違う。トリンガムは名門騎士。一方妻のウッドヘッド家は農園の家で、彼女はその四女だ。


 ギルバートの両親は反対した。相応しい、騎士の家の娘にせよと。

 だが、それまでわがままも言わず、両親を尊敬し、歯向かうこともなかったギルバートが「ならば、トリンガムの血はここまででしょう」とまで言った。

 それほどまでに愛し合う男女の仲を割くというのは。……家柄を重んじる騎士としては、もちろん跳ね除けるべきだ。

 だが親としては非常につらい。我が子の頼みで、なにより、ギルバートの初めてのわがままなのだから。

 そのように母が父を説得し、婚礼と相なった。


 結婚もそうだが、それ以前の冒険者時代も並の苦労ではなかったし、死んだ仲間もいる。

 だからこそ、そうして結ばれた妻を、

 ──石女うまずめ

 だのとまで言わせた己が情けなかった。それに、そんなにも女を馬鹿にした言葉を言う連中を許せなかった。


 ギルバートは生来の太い指をもみあわせた。彼の容姿は美麗だが、体躯が大きい。これはエルフにしては非常に珍しかった。

 彼は弓ではなく両手剣を振り回し、大暴れするタイプだったが、そのようなエルフは国中探しても自分だけではないかと思っている。

 軍隊に入ってからは銃を使うようになったが、やはり、剣が馴染んだ。


 そのようなことを考えていないと、なんだか、嬉しいやら心配やらで、大雨の中飛び出し大声で咆哮しそうになる。

 そのときだった。

 大音声の泣き声がしたのである。まるで天の底が抜けたような泣き声だった。これほどまでに大きな声で泣くとは、さぞ、立派な子だろう。


 産婆が部屋のドアを開け、嬉しそうに微笑んだ。

「元気な子です。母子ともに、元気ですよ」

 結局、ギルバートは大雨の中飛び出して、歓喜の大声をあげて走り回った。


     〓


 レイン・オーレリア・トリンガム。

 身の丈六フィート半(約一九二センチ)。うっすらと白みがかった青肌で、は見目麗しいが、いかんせん、背が高く顔立ちは父に似て非常にきりりとしている。

 それゆえ、男が気圧される。おまけに彼女は腕力も強く、「私より弱い男など言語道断」と言い切って縁談が破談になることがあまりにも多い。


 しかし構わなかった。己は武に生きて武に死ぬ。そのようにできている。

 そして、強い男にならば、この身を捧げて良いと思っている。けれど、弱い──男として軟弱な者には、触れられたくもなかった。


 レインは五歳にして「父上、騎士になります。稽古を一つ」と流暢に言ってのけた。

 よもやギルバートも可愛い我が子に打ちかかれはしない。ゆえに、木剣を持たせて、

「俺を打ってみろ」

 と言った。


 しかし。

 直後見せたレインの気魄は凄まじいもの。咄嗟にギルバートは後ろに退いた。なんとなれば、娘の背後にグリフィン──否、「竜」を幻視したのだ。

 翻ったチュニックの裾がバッサリと綺麗に切り裂かれ、その下の腹の皮が薄く裂けた。

 その時に決めた。ギルバートは、娘に無体に思えるほどの接し方でも、騎士として鍛えてやろうと。


 そうしてレインは剣術、槍に棒、格闘、馬術に砲術、魔術──薬学、医術、算術などなどの座学も学んだ。

 彼女は乾いた砂に水を流すが如く技術や知識を吸い込み、十四歳にして、すでに剣の腕は父ギルバートを卓越。

 十九で母の魔術を、超えた。一方弓、鉄砲は苦手なようで、この分野にはさっさと見切りをつけた。

 レインはその噂を聞きつけた軍の人事に誘われて、入隊。一兵卒にすぎない十九の小娘に何ができると嗤う連中も、半年でその考えを改めた。


     〓


 大陸暦一六五四年。

 ダルタニア帝国と激しい戦争が起きた。エルトゥーラ王国は諸国を集いこれに抵抗、凄まじい戦となり、その戦火はエルヴァスティア大陸の半分を覆った。

 銀竜隊隊長レイン・オーレリア・トリンガム大尉は、その年で二十六歳。しかしその武功は歴戦のそれである。


「ち、カエル臭い連中の分際で」

 隣の若い男が唸る。カエル臭い、というのはダルタニア人への蔑称だ。奴らはカエルを好んで食うから、そのように言われるのである。

「エルデニア軍が押されている。予定を繰り上げる。左翼より突撃し、敵軍ダルタニア切込隊への打撃を敢行する」

「イエス・マム!」


 馬を引いた。馬には山羊の如く角があり、それはゾイロースという魔物を家畜化した軍馬であった。

 どうと走らせて丘を下り、左翼へ回り込む。木立から敵を睨んだ。

「乱杭陣形用意!」

「乱杭陣形用意! ──用意完了!」

「容赦するな、敵を討ち、武功を取れ! 我らは、気高き王国竜騎士だッ!!」

「応ッ!」


 レインは、それこそあの日の雷雨のごとく、あるいは竜のような咆哮を上げた。

 麾下の兵が雄叫びを上げて続く。


「構えぇぇえええええッ!!」

「構えぇええよぉおおおし!!」


 レインがサーベルを掲げて命令。

 銀竜隊が構えたのは、大砲と見紛うようなライフル。ドラグナー式ライフルと呼ばれる、大口径ライフルだ。盾も鎧もぶち抜く、現代の「槍」である。


「おいっ、援軍がいるぞ!」「くそ、釣られた!」「やつら銀竜隊だ!」


ぇええええええっ!!」


 豪、轟、業と銃火が迸る。さながら、ドラゴンがブレスを吐くかのように。だからこそ、騎乗する銃兵を竜騎兵というのだ。

 敵軍横列が一気に崩壊、穴が開く。

 そうして銀竜隊は重く嵩張るライフルを放り捨てると、サーベルを抜いた。


「かかれぇえっ!」


 レインが咆哮し、命令。部下たちも竜が乗り移ったのかという勢いで雄叫びを上げて、切り掛かる。

 ──銀竜のレインが行くところには、血の雨ざあざあ。

 ──血染めの驟雨ブラッディ・レイン

 彼女は、そう呼ばれ、恐れられる。


 敵が銃剣を繰り出し、レインは素早く手首を躍らせてサーベルを蛇のようにしならせて、銃剣の先を逸らした。そうしてすかさず相手の喉を掻き切り落馬させ、宙に踊る銃を掴むと片手で保持。

 苦手な銃だが、この距離ならば外さない。

 左の敵兵の頭部をぶち抜いてからライフルを捨てて、今度は腰からリボルバーを抜いて発砲。そのリボルバーからは鉛玉ではなく、なぜか雷が迸った。


 凄まじい戦いぶりである。押されて腰が引けていたエルデニア王国軍も奮起し、勢いを取り返すと一気呵成に挑みかかる。


 頭上から迫る刃を弾いて、相手の左胸を抉る。

「きっ──さま、女か!」

Noいや


 レインは言った。

I am a "dragon" who 私は騎士道に生きるlives by chivalryドラゴンだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る