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『上を向いて歩こう』(1962年・舛田利雄)

 永六輔作詞、中村八大作曲、坂本九歌による「上を向いて歩こう」は、1961(昭和36)年7月21日に誕生し、8月からNHKのヴァラエティ「夢であいましょう」で紹介され、10月と11月には同番組の「今月のうた」となり、瞬く間に大ヒット曲となった。その映画化が、1962(昭和37)年3月4日封切の『上を向いて歩こう』である。

 監督には、石原裕次郎主演作を次々と手がけていた、アクション派の舛田利雄、脚本には山田信夫を起用。二人は前年の1961(昭和36)年8月、水の江瀧子製作、浜田光夫と吉永小百合コンビによる『太陽は狂ってる』を手掛けている。浜田扮する普通の高校生が、ふとしたことでチンピラに転落、哀れな末路を迎えるというハードな青春映画の佳作となった。

 また舛田監督は、中村八大とは『青春を吹き鳴らせ』(1959年)で出会い、『やくざの詩』(1960年)では、他の作家に決まっていた音楽担当を、わざわざ中村八大を指名したこともあった。監督によれば「八大さんの曲の映画化だから」と引き受けたという。脚本の山田信夫は、同時上映の裕次郎主演『銀座の恋の物語』(蔵原惟繕)も手掛けており、この年、『憎いあンちくしょう』『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(62年)と蔵原監督とのコンビ作で、日活映画に新風を巻き起こすこととなる。そういう意味でも、舛田利雄と山田信夫に『上を向いて歩こう』を任せたのは、水の江の慧眼だろう。

 物語は、川西九(坂本九)と良二(浜田光夫)が少年鑑別所を脱走するところから始まる。タイトルバック、鑑別所の壁面にクレジットが映し出されるのは、大ヒット作『ウエストサイド物語』(61年)のエンドロールを意識したもの。傷ついた若者が、夢を語り、明日に向かって生きて行くというストレートなテーマを、舛田監督は豪腕ともいうべき演出で描き出す。

 良二は、兄貴分のドラマー・ジェシー牧(梅野泰靖)を慕って、神田のジャズ喫茶を訪ねバンドボーイとなり、ミュージシャンを夢見ている。九は、保護司・永井徳三(芦田伸介)が経営する、築地市場にほど近い、永井運送店で働くことになる。そして、かつて永井の世話になっていた健(高橋英樹)は、子分を従えてノミ屋を経営する若き顔役だが、密かに大学受験合格を目指している。自分を放逐した父親・正一郎(清水将夫)に認めてもらおうとしているのだ。

 この三人の若者を中心に、それぞれの“夢”と、それに立ちはだかる“壁”が物語を進めてゆく。そして若い娘たちにも影がある。永井の娘・紀子(吉永小百合)は、自分が養女であることを知り、苦しんだ過去をもつ。紀子の妹・光子(渡辺トモコ)は幼くして車椅子の生活を余儀なくされ、それが屈託となっている。

 それぞれが傷つき、それぞれが悩んでいる。それを若さとポジティブなエネルギーで打ち破っていくのが、日活映画の魅力であり、舛田作品の醍醐味でもある。

 受験勉強中の健と、女子大生の紀子が、日比谷図書館で偶然出会う。そこで紀子は、自分の屈託を健に話す。

 「私、15の時にお父さんを憎んだわ。妹の光子も憎んだわ。みんな死んでしまえばいいと思ったわ。誰も私を愛してくれないと思ったの。その時まで私、自分を本当の子だと思っていたの。貰い子だなんて夢にも思わなかったわ。」

 品行方正で元気一杯の紀子が、自分の感情を一気に言葉にする。思いのたけを健に話した紀子は「みんながお腹空かして待ってるわ。家の人たちね、もの凄く食べるのよ。じゃぁ、さよなら!」と、爽やかに夕闇の街を走り去る。

 自分が何者なのか判らずに戸惑い、将来の夢を見いだせない九は、車椅子の光子を歩かせようと必死になることで、生き甲斐を感じる。一方の良二は、麻薬中毒の兄貴分・ジェシー牧の哀れな末路を目の当りにし、自分のドラムを手に入れようと、自動車泥棒を目論む。そして健は大学に合格して、ノミ屋から足を洗おうとするが、厳しい現実を突きつけられる。父親に拒まれ、自分の存在理由を見失ってしまう。

 “誰にも愛されない、誰にも受け入れらない”その辛さ、その淋しさを、それぞれに突きつけて、お互い傷つけ合うクライマックスへと向かう。

 九の、道を踏み外した良二への怒り。浜田光夫と坂本九が殴り合うシーンは、九ちゃんのパブリックイメージとは大きく異なる等身大の若者の姿がある。カットバックで展開する、高橋英樹と平田大三郎の戦いは、凶器を使う寸前までエスカレートする。明らかに『ウエストサイド物語』を意識したものだが、悲劇で終わることがない。それが日活青春映画の明朗さである。

 ケンカを止めに入る紀子のセリフがいい。「やめて! どうしてそんなに憎み合い、傷つけ合うのよ!(中略)ひとりぼっちだから手をつなぐんじゃないの! 胸を張って歩くんじゃないの! 淋しかったら笑うのよ! 悲しかったら頑張るのよ! 弱い人間だから、助け合うんじゃない? ひとりぼっちだから、愛し合うのよ!」

 すべてが解決して、それぞれの屈託を吹き飛ばすかように「上を向いて歩こう」が登場人物たちによって歌われる。

 築地の魚市場でイキイキと働く若者たち、インサートされる青春群像、そして東京オリンピックを二年後に控え、スタンドが増設されたばかりの国立競技場を背景に、坂本九、浜田光夫、吉永小百合たちが歌う主題歌。「冬の日」を織込んだ四番の歌詞は、映画のみのオリジナル。舛田利雄監督のパワフルな演出によるヘビーな物語を経た上でこそ「上を向いて歩こう」の歌が胸に迫ってくる。

 そして映画公開の一年三ヶ月後、1963(昭和38)年6月18日、「上を向いて歩こう」は、日本の歌としては初めて、ビルボード全米チャート1位を記録、世界の人々に愛される歌となる。

日活公式サイト

web京都電影電視公司「華麗なる日活映画の世界」



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コメント

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『上を向いて歩こう』は公開当時に「逗子日活」で観ました。それ以来、観ていないので細かい内容は覚えていないのですが、小学校4年生の私の胸に何故か沁みたのを覚えています。佐藤さんのこの文章を読み、嗚呼、そうだったなッ、と感慨に浸ることが出来ました。もう60年近い前の映画体験なのに(笑)。兎に角、当時は坂本九の大ファンで良く九ちゃんの物真似をしてこの歌を唄ったものです。併映がなんだったかは忘れましたが、凄く感激して家に帰ったのを覚えています。今は昔ですが(笑)。

細野監督。ありがとうございます!リアルタイムでご覧になられたのですね。日活系の封切りでは、併映は裕次郎さんの「銀座の恋の物語」でした。日活50周年記念で、この年に竣工した日活銀座オープンのお披露目が、この二大ヒット曲の映画化作品だったのです!

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『上を向いて歩こう』(1962年・舛田利雄)|佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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