第四幕 警察署にて

 郷のもとには藩というそれぞれの自治体がある。郷によって藩の数は異なり、その大きさの基準もまるで違っている。

 藩主は、かつては殿とも呼ばれていて、藩もかつては城郭じょうかくという呼び名であった。


 ここ、和深地域は西方大陸──エルヴァスティアと同じく、磐石な大地である。稀に地鳴りなどの天災こそ起き、そればかりはどうしようもできないが、基本的に頻発することはない。


 故に、強固な城郭都市を作ることが可能であり、城郭ということばはくるわ──即ち、都市をくるりと囲んだ壁の範囲を指す、都市領域の言語となっていき、結果、その一体地域を指す意味合いを持つようになったのだ。

 城郭の条件は、一万石以上の生産力を持つこと。

(註:一石=二俵半=百五十kg=成人男性が一年に食す白米量を指す。時期により、成人男性が一日に食べる白米量は変動しており、そのためこの石高を金銭に換算するのは非常に困難である。

 日本ではコメをこの石高としていたが、和深地域ではコメ以外の食物・それ以外の産出物も石高に換算されている)


 ここ、花山郷火湖街道四十七次の二十四次目・鍛治河原は、鍛治河原藩という地域にあたる。石高三十九万石。つまり、年間三十九万人は食っていける生産力を誇る。

 主な生産品は米、蕎麦、オニガライモ。それから鉄鉱の数々と、いわずもがなそれらを使った酒、刀剣、鎧の類だ。基本、この地はこれらが主流の生産品といって良い。


 花山郷には東西南北、そして、湖の真ん中に浮かぶ御神殿を含む、五つの地域藩と神域に分けられる。

 御神殿とは、言わずもがな火湖花山之尊ひうみはなやまのみこと様のおわす、大神殿である。

 火湖神社総本社をもつ、ここいらで二段三段と高い位置に盛り上げられた島に、それはあるのだ。

 なんでも、亡くなった浄蓮を偲んだ火湖花山之尊様が古墳を建て、そこに己の居城を作り、暇さえあれば彼女を想い鎮魂するためだという。あるいは、二度とあのような悲劇が起こらぬようにと、大蛇の鎮魂をも司っている。

 そこだけは藩ではなく、神域、と呼ばれていた。神や仏のいる場所だけは、藩とは言わない。これは、花山郷以外も同じだ。


 さても鍛治河原からも、その、鉄色の壮麗でいて無骨な鳥居が見えていた。

 あれらは、かつての大蛇退治で用いられた武具を鋳潰して作った、神鉄の鳥居である。

 あの中には、神槍・刎墜しも含まれていた。


 小高い丘にある警察署──西洋エルトゥーラ風の装いと、和深風和風の建築が混ぜ合わさった、折衷建築の二階建て。

 取調室は、捕らえられた者が脱走せぬようにと、二階で行われる。


 朔夜はぶすっとした顔で木製の腰掛けに座っていた。

 対面には、人間の警官が一人。歳は、朔夜と同じくらいか少し上。黒の詰襟に警官帽──巡査の制服を着込んでいて、汗で蒸れるのか、帽子を脱いで手袋で覆われた手で後頭部を掻く。


「あの太刀、あんたのものか」

「目撃者が大勢いただろ」

「それを、今確認してんだ。俺に噛みつかれたって困るぜ。末端なんだ。……あんたは、術師なんだな? 術を見たっていう警官がいる。……あれは、降霊術か?」

「そんな感じだ。……知らないのか、〈飯綱操術いづなそうじゅつ〉。俺は稲葉、朔夜。ここいらの奴らなら稲葉の名前を知っていると思うが」


 言ってから、ずいぶん傲慢な物言いだったと反省した。

「悪い、天狗っぽくなってた」

「いやいい。俺は外からここへ移住してきたから、あんまり、詳しくないんだ」


 警官はそう言った。

 東条地域では警察組織は「東条和深地域中枢意思決定機関」──通称「座卓」の管轄だ。

 本庁は坂東都ばんどうとにあり、東雲警視局という組織が東条和深地域の警察……その中枢を担っている。


 朔夜は以前、天海郷──即ち、国家整備法でいうところの東雲国しののめのくにの第四工兵中隊にいた。正確には、内乱の都度あちこちの部隊に、貸し猫のように転々としていたが、最後の数年はそこにいた。

 軍にいれば、いやでも、こういうことに詳しくなる。西郷の乱では、警官の中の抜刀隊が導入されたくらいだ。


「おい大葉」


 戸を開け、犬妖怪の五十絡みの男が入ってきた。この男も当然警官である。


「はい、犬塚さん」

「釈放だ。稲葉の殿様の子、らしい」

「稲葉城殿地の殿様? まさか……誤認逮捕ですか!」

「待ってくれ、俺は……。俺もあんたと同じ、末席……末端ってやつだ。権力なんかないよ。元々は軍にいたんだけどな。もっとも天海郷のだが」


 慌てる警官に弁明した。

 彼らはこの国の二大術師家系を敵に回す、ともって過剰な反応をしかけていた。


「じゃあ君は西郷の……」

「これでわかっただろう。郷帰りついでに、四十七次を巡りたかっただけなんだ。太刀を返してくれ。とても大切なものだ」


 朔夜がそう言うと、警官は黙りこくった。


「犬塚さん……」

「釈放だと言ったろう。案ずるな、証拠もある。証人が複数いたし、彼の持ち物には天海郷からの通行手形があった。れっきとした花山郷の民だよ。刀の方も、こいつのもので相違ないと見ていいだろう」

「わかりました。……申し訳ありません、お時間を取らせました」

「……いいえ、ご苦労様です」


 警察に喧嘩を売っても仕方ない。彼らだって仕事なのだ。でなければこんな憎まれ役なんか、好き好んでやらない。

 朔夜は太刀・狐牙吉道を返してもらうと、それを太刀紐で腰に佩き、警察署を出た。


「腹減ったなあ」


 路銀、残り二円(=二万日本円)。

 また、何か仕事を受けるしかないだろうと、己に言い聞かせた。

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