【獣狩ノ章/壱】出立前夜
第一幕 梟天狗の帰還
一本の巨大な桜の木が、雪の冠を頂きながら、美しく咲き誇り──白と撫子の美しい花弁を散らしている。
大輪の雪桜が朝日を浴び、神々しく輝いていた。
(ああ、帰ってきた)
なつめは、フクロウの翼で羽ばたきながら、そう思った。
時に低い位置まで降りてくる雲がかかることさえあるそのやまは、 通称
舶来の単位で言えば一六〇〇メートルに達する標高であり、ここいらにはそんな規模の山がごろごろしていた。
そうした山々を管理し、それぞれの山の自治を任されているのが“山庭師”だ。
そんな山庭師の家系の一つ──桜之丞家が管理している山がくだんの桜之丞岳であり、我れらが主祭神・
おかげで山頂の雪桜を含むこの山の桜は季節を問わず咲き誇り、時折、神使の天狗らが降り立っては談笑している、牧歌的な光景も見られた。
今朝も、文鳥天狗が「さみー」と言いながら木のみを拾い集め、一つ二つつまみ食いしているし、鴉天狗は無言で
東条和深大陸の南部に位置する、
けれど現在は、
(皆は壮健だろうか。私がおらぬ間に、腕が鈍っておらねば良いがな。この度で、私の腕前は一段二段も飛ばして、いくつも駆け上がったぞ)
己の成長の実感は、自惚れではなかった。ただ、れっきとした事実としてそこにあった。
なつめは、神使である。
女だてらに神使──と思うなかれ。妖怪には、性別なんてものは関係ない。強ければ、美しければ、賢ければ、性別も歳も関係ない。能力がある、努力を怠らないものが、認められる。そういう仕組みであった。
(
この土地では天嵐神社という組織が政を回す神社統治制であり、神使とはすなわち
故に、高位の神使であればあるほど「人となり」、「妖力量」、「見識」、「経験」を求められる。
神使の一人であるフクロウ天狗の
その後、高位神使を目指す大陸行脚の修行をおおせつかった彼女は、十五年ばかり大陸各地を巡り、神社仏閣を参詣していた。
和真と別れたのは、彼が十四の時である。彼はしきりになつめに行かないで、置いていかないでと懇願してきたが、なつめはあえて、厳しくその手を払った。
──生きなさい。強く、懸命に。
そう、言い残して。
現在なつめは八十七歳。
人間であればその豊かな経験に裏打ちされ、お年寄りとして隠居している年頃である。余生を謳歌しつつ、意見を求められる立場として山奥でひっそりとしているものだが──。
けれどもこのなつめ、先述の通り妖怪である。天狗だ。故に、八十七などというのはまだまだ若輩である。神使としての経験はそれなりであるが、妖怪としてはまだ、若い。
そうして今日──火の暦八七八年、二月十六日土曜日。なつめは故郷に帰ってきていた。
東条和深大陸南部──比較的温暖であるが……されど、南国というには中部寄りである。
四季折々。
豊かなる神の恵みの土地。春には桜が舞い踊り、夏には青葉が茂り、秋には紅葉が色づいて冬になれば雪が降る。
そのような土地であるから、神に愛された桜が満開に咲き誇る中を、雪が散っていた。
空を飛びながら、なつめは眼下の光景をつぶさに観察する。
白く積もった冷たい雪を、住民が掛け声を上げながら
なつめはそんな様子を眺めつつ、己の体を包むように大きなフクロウの翼で空を掴み、音もなく飛んだ。フクロウは、音もなく飛ぶのだ。
眼下には、高い山々。眼前には、ひときわ高い四〇〇〇メートル級の霊山──天嵐神社総本社が構えられている、神山を見上げることができた。
その神山、名を
ご覧いただいた通り、この土地には山が多い。多すぎるくらいに多い。
そして、おおよそ平地と呼べるものは極端に少なかった。
山麓には沼沢と泉、川があり、そこから突き出すようにして数々の岩山が、剣山のように伸び上がっている。
その山々を頑丈な鋼線で繋ぎ、そこを
なつめの体が上昇気流を掴み取り、ぐん、と持ち上がる。形のいい顎をついと上に持ち上げて、上昇する。
一人の神使が、天嵐神社の総本社へと向かう朝。
彼女の視界の隅に、一人の半妖の狩りがあった。
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