今から4年前の2002年2月27日、インド西部グジャラート州でヒンドゥー至上主義活動家の乗った列車がムスリムに放火され、59人もの死者を出す惨
事があった。直ちに当時政権政党だったBJP(インド人民党)の共同組織VHP(世界ヒンドゥー協会)は報復行動を開始、数日のうちに公式発表では千人も
のムスリムが虐殺されたとされるが、実際は2千人近くが犠牲になったと見られる。
ムンバイ(旧ボンベイ)に4年間の滞在体験がある方のブログ『悠久のムンバイ』に、「グジャラート暴動に関する独り言 その1」「独り言 その2」という記事にその凄まじさが書いてある。
この事件を扱ったインドのTVドキュメントをNHK BS1で昨年放送していた。製作者はヒンドゥーだが、新聞報道と違い映像を通してみるため、よりインパクトが強いものだった。ドキュメントの冒頭で「政治の犠牲になった人々に捧げる」とあったが、ヒンドゥー至上主義の政党支部が煽っていたのは明らかだ。ヒンドゥーの製作者はヒンドゥー、ムスリム双方の犠牲者の遺族にインタビューするが、十歳にもならないようなムスリム少年の証言は言葉を失う。
「女のひとを裸にして・・・奴らは火に投げ込んだんだ・・・僕は大きくなったら絶対復讐してやる!ヒンドゥーを殺してやるんだ」
製作者が「では、おじさんも殺すの?おじさんもヒンドゥーだよ」と穏やかに問うが、さすがに子供ゆえ「おじさんはヒンドゥーじゃない、違うよ」と答える。この少年が復讐の誓いを断念することを願いたい。
加害者側のBJPやVHP幹部たちの回答も興味深い。BJP幹部はムスリムに対し、「パキスタンに行けとは言わないが、8億数千万のヒンドゥーに敬意を払うべきだ」と公言する。BJPに限らず何か揉め事があれば大抵のヒンドゥーは「ここはヒンドゥーの国だ!」と叫ぶのが常ではあるが。ただ、2001年12月には国会議事堂すらイスラム過激派に襲撃されたこともあり、ヒンドゥーへのテロ事件が頻発する背景もある。
BJPの集会や選挙活動の様子は興味深い。集会で集まるのは若い男が大半で、BJP活動家たちの殆ど煽動にちかい演説を熱心に聞き入っている。彼らは先の列車事故を取り上げ、このような惨事が起きるのは未だにM.ガンディーの非暴力主義が蔓延っているからだと力説、「今こそガンディーに決別を!」と絶叫。選挙もあり当時の最大野党・国民会議派を批判というよりも誹謗、「イスラムに媚びる会議派」「ソニア・ガンディーはキリスト教徒」・・・
傍から見れば異教徒、殊にムスリムへの敵意を煽っているとしか思えないが、集会に来ていた男たちはこれに熱狂、拳を振り上げ口々に“ヴァンデー・ナータラム!”を連呼。“ヴァンデー・ナータラム”とは「母なる大地に敬礼す」の意味で、第二のインド国歌とも言われ、イギリス支配下では公共の場で歌うのを禁じられていた。ただ、インド国歌にしたのは国民会議派である。歌詞が素晴らしいので紹介したい。
―【祖国に栄光あれ 汝こそはわが導きの星 また思想の泉 わが心は汝に擁かれ わが肉体に汝宿る わが腕は汝によりて強く わが魂は汝に捧げられたり 母よ、生きとし生きるものの 面影にえがくは汝】
BJP の選挙活動も面白い。一昔前の日本のトラック野郎顔負けの派手な車輌が何台も応援に駆けつけ、候補への支援を絶叫。候補はたすき掛けで自転車に乗って選挙 区を廻るのは日本と同じスタイルだが、たすきが真紅で金糸が縫われているのが違う。偶然の一致なのか。映像を使った選挙CMでは「シヴァ神に仕えずして、何の人生の意味があろうか」と歌われていた。
インド全土のヒンドゥーがこぞってBJPのようなヒンドゥー至上主義政党を支援してるのではなく、逆にむしろ少数派の方だ。列車事故の犠牲者にはBJPの 類とは無関係のヒンドゥーやムスリムまでおり、犠牲者の遺族は口々に煽動する政治家が悪い、と語っていた。事件のお陰でグジャラート州ではBJPが圧勝、 ヒンドゥー至上主義の牙城を一段と強める。ちなみにグジャラートはM.ガンディーの故郷である。
騒動を煽ったモディ州首相をヒトラーに例える者 もいたが、列車を襲ったムスリムの暴徒たちが乗車していたヒンドゥー女性を拉致し集団暴行の果て殺害、との裏づけも取らぬ煽動的報道をして暴動に拍車をか けた低俗マスコミもあるのは、中国とは比較にならぬ程保障された「報道の自由」が裏目に出た形だ。
2004年5月の総選挙で6年振りに国民会議派が政権を奪還、BJPは野に下る。バジパイ前首相すら「これこそインドの民主主義の健全さを示すもの」と言わざるを得なかった。ヒンドゥー至上主義政党はムンバイ、プネーのような大都市では強いが、郡部ではそれ程ではないようだ。だが、普段様々な宗教、民族が共存してるようで、いったん対立に火がつけば地獄絵が出現するのがインド。“人間松明”と称して異教徒を焼殺するのが暴動時よくある現象なのだ。分をわきまえない少数派には峻烈な態度を取るのを辞さない一面もある。
BJP が憧れ理想にしてる国は何と日本である。アジア諸国で唯一先進国になったからではない。一国家、一民族、一宗教、一言語という彼らの掲げるスローガン状態 の国と見なされているからだ。宗教、民族問題を抱える国の苦悩は日本人の想像を遥かに超えるものだが、それでも現代の先進国の他に多文化を受け入れた国は インドくらいである。我国の平和主義者の謳う「多文化共生」など、インドの例を見ただけでいかに非現実的な夢物語なのが分かるだろう。
◆関連記事:「へー・ラーマ」「タマス」
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ムンバイ(旧ボンベイ)に4年間の滞在体験がある方のブログ『悠久のムンバイ』に、「グジャラート暴動に関する独り言 その1」「独り言 その2」という記事にその凄まじさが書いてある。
この事件を扱ったインドのTVドキュメントをNHK BS1で昨年放送していた。製作者はヒンドゥーだが、新聞報道と違い映像を通してみるため、よりインパクトが強いものだった。ドキュメントの冒頭で「政治の犠牲になった人々に捧げる」とあったが、ヒンドゥー至上主義の政党支部が煽っていたのは明らかだ。ヒンドゥーの製作者はヒンドゥー、ムスリム双方の犠牲者の遺族にインタビューするが、十歳にもならないようなムスリム少年の証言は言葉を失う。
「女のひとを裸にして・・・奴らは火に投げ込んだんだ・・・僕は大きくなったら絶対復讐してやる!ヒンドゥーを殺してやるんだ」
製作者が「では、おじさんも殺すの?おじさんもヒンドゥーだよ」と穏やかに問うが、さすがに子供ゆえ「おじさんはヒンドゥーじゃない、違うよ」と答える。この少年が復讐の誓いを断念することを願いたい。
加害者側のBJPやVHP幹部たちの回答も興味深い。BJP幹部はムスリムに対し、「パキスタンに行けとは言わないが、8億数千万のヒンドゥーに敬意を払うべきだ」と公言する。BJPに限らず何か揉め事があれば大抵のヒンドゥーは「ここはヒンドゥーの国だ!」と叫ぶのが常ではあるが。ただ、2001年12月には国会議事堂すらイスラム過激派に襲撃されたこともあり、ヒンドゥーへのテロ事件が頻発する背景もある。
BJPの集会や選挙活動の様子は興味深い。集会で集まるのは若い男が大半で、BJP活動家たちの殆ど煽動にちかい演説を熱心に聞き入っている。彼らは先の列車事故を取り上げ、このような惨事が起きるのは未だにM.ガンディーの非暴力主義が蔓延っているからだと力説、「今こそガンディーに決別を!」と絶叫。選挙もあり当時の最大野党・国民会議派を批判というよりも誹謗、「イスラムに媚びる会議派」「ソニア・ガンディーはキリスト教徒」・・・
傍から見れば異教徒、殊にムスリムへの敵意を煽っているとしか思えないが、集会に来ていた男たちはこれに熱狂、拳を振り上げ口々に“ヴァンデー・ナータラム!”を連呼。“ヴァンデー・ナータラム”とは「母なる大地に敬礼す」の意味で、第二のインド国歌とも言われ、イギリス支配下では公共の場で歌うのを禁じられていた。ただ、インド国歌にしたのは国民会議派である。歌詞が素晴らしいので紹介したい。
―【祖国に栄光あれ 汝こそはわが導きの星 また思想の泉 わが心は汝に擁かれ わが肉体に汝宿る わが腕は汝によりて強く わが魂は汝に捧げられたり 母よ、生きとし生きるものの 面影にえがくは汝】
BJP の選挙活動も面白い。一昔前の日本のトラック野郎顔負けの派手な車輌が何台も応援に駆けつけ、候補への支援を絶叫。候補はたすき掛けで自転車に乗って選挙 区を廻るのは日本と同じスタイルだが、たすきが真紅で金糸が縫われているのが違う。偶然の一致なのか。映像を使った選挙CMでは「シヴァ神に仕えずして、何の人生の意味があろうか」と歌われていた。
インド全土のヒンドゥーがこぞってBJPのようなヒンドゥー至上主義政党を支援してるのではなく、逆にむしろ少数派の方だ。列車事故の犠牲者にはBJPの 類とは無関係のヒンドゥーやムスリムまでおり、犠牲者の遺族は口々に煽動する政治家が悪い、と語っていた。事件のお陰でグジャラート州ではBJPが圧勝、 ヒンドゥー至上主義の牙城を一段と強める。ちなみにグジャラートはM.ガンディーの故郷である。
騒動を煽ったモディ州首相をヒトラーに例える者 もいたが、列車を襲ったムスリムの暴徒たちが乗車していたヒンドゥー女性を拉致し集団暴行の果て殺害、との裏づけも取らぬ煽動的報道をして暴動に拍車をか けた低俗マスコミもあるのは、中国とは比較にならぬ程保障された「報道の自由」が裏目に出た形だ。
2004年5月の総選挙で6年振りに国民会議派が政権を奪還、BJPは野に下る。バジパイ前首相すら「これこそインドの民主主義の健全さを示すもの」と言わざるを得なかった。ヒンドゥー至上主義政党はムンバイ、プネーのような大都市では強いが、郡部ではそれ程ではないようだ。だが、普段様々な宗教、民族が共存してるようで、いったん対立に火がつけば地獄絵が出現するのがインド。“人間松明”と称して異教徒を焼殺するのが暴動時よくある現象なのだ。分をわきまえない少数派には峻烈な態度を取るのを辞さない一面もある。
BJP が憧れ理想にしてる国は何と日本である。アジア諸国で唯一先進国になったからではない。一国家、一民族、一宗教、一言語という彼らの掲げるスローガン状態 の国と見なされているからだ。宗教、民族問題を抱える国の苦悩は日本人の想像を遥かに超えるものだが、それでも現代の先進国の他に多文化を受け入れた国は インドくらいである。我国の平和主義者の謳う「多文化共生」など、インドの例を見ただけでいかに非現実的な夢物語なのが分かるだろう。
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何か、急に暖かくなりましたね。春の陽気、とまではいかないものの。コートでは汗ばむような感じです。
季節の変わり目は体調を崩しやすいので、お気をつけください。
本当に、人生は大きな皮肉に満ちていますね。憎しみの上には、憎しみ以外の何ものも生まない。それがわかっていて、それでも憎しみの連鎖を繋ぐ者は純粋すぎる、とも思えます。それに巻き込まれる者からしては大きな迷惑ですが(被害者、その家族・親類、恋人等は)、その憎悪を掻き立てる者は。ゲームのように、人の善悪が簡単に決めることができれば、これ程、簡単なことはないのですが。
(某ゲームでは、善悪は、行動により、簡単に変ります。そして行動により性格が変わらないのが中立です。でも、その基準が友好的なモンスターを殺戮するか否かというのです。)
>シヴァ神に仕えずして、何の人生の意味があろうか。
シヴァ神に仕えず、人生を謳歌してる者は、約10億以上いると思います。少なくとも、大陸や半島から嫌われている島国では、シヴァ神に仕える者は1%もいないでしょうね。
>一国家、一民族、一宗教、一言語
我がチョッ○リの国では、一国家、一民族、一言語までは大体あっていると思います。確かに、日本人の中には、アイヌ系等いますが、自分は○○民族という者をほとんど聞いたことはありません(成り済ましは多数ですが)。
そもそも、日本人というのも、南方系、大陸・半島系等、多くの人が集まり集団をなしたからこそ、民族。血の濃さ・薄さなんて、嘘と一緒で、証明すること自体が難しい。
でも、一番興味深いのは一宗教ですね。仏陀の生誕を喜んで、クリストの生誕も喜んで。日本は本当に一宗教ですね。こちらは八百万+αですよ。理解できるのかな、、、。
日本人の理解しがたさは、ある意味、インド人以上かもしれませんね。混沌の中でも秩序があるのは、お互いですが。「和を以って尊ぶ」のもそうできないからの理想でしょうね。
自称日本人の私でも、日本人とは何ぞやとつきつめると答えが見つからない以上でしょうね、他国からは。
今日の東北は春のような陽気ですが、明日の予報は雪なのです。寒暖の差が激しいのも春が近いといえますが、反って3月の方が体調管理が難しいですね。
INNUENDOの歌詞の一節にこうありました。
「人種や肌の色や宗教によって生きている限り、盲目的な狂気や単なる欲に操られて生きている限り、僕らの生活は永劫に伝説や迷信や誤った宗教に支配される、どこまでも」との一方、「努力し続けよう、最後の時まで」と結んでます。かなり哲学的ですね。
シヴァ神は日本にも入ってきて、大黒天(大国主)と合体して日本の神さまになりました。七福神の一人なので日本人の大半はシヴァ神に仕えている事になります(笑)。仕えるよりも、日本人はおねだりに近いですが。
アイヌ系は容貌から隠しようもありませんが、半島系は成り済ましが可能ですからね。爪が割れてるより生来自立精神が破滅状態の民族ならではのショボさです。だから何時までたっても日本名を使用する。
インドの神々は何人いるのか諸説ありますが、333,333,333(3は縁起のよい数字)の神がいるとも言われます。八百万+αなどメじゃない。あの国土の広さと歴史からすれば、当然かもしれません。
日本人とは何ぞやと問われれば簡単に答えられないのは私も同じですが、インドの方もインド人の定義でかなり激しい議論がありました。国民会議派は概ねインド国籍所有者を対象にしましたが、BJPではインド生まれインド育ちに加え、インド発祥の宗教信者こそインド人と主張。だからヒンドゥー、ジャイナ、シク、仏教徒はインド人でも、イスラム、キリスト、ゾロアスター、ユダヤ教徒は非インド人になり、これまたおかしなものです。
朝日新聞が取材に来たのですか。私は朝日を購読した事はないですが、これまであの新聞がチベットをどう報じていたのやら。
北京政府の「民族融和策」とやらで、かなり漢化が進められているのでしょうね。こうしてどれだけの民族が“漢族”となっていったのか、考えさせられます。
朝日新聞は確か「多文化共生」を強烈に支持してますよね。昨年旅限無さんのブログでも、アメリカ取材の女弁護士でしたかのエントリーがありました。そんなキレイ事など通らないのはインドを見れば分かるのに、その原因を無知と偏見で片付けるのでしょう。
あれだけの大新聞ですから、朝日の記者にも変り種もいるのでしょうね。ただ、北京よりの報道記者が主流で力を持っているのは変わりそうもありません。新聞業界で最大の広告収入を誇る朝日が、スポンサーの意に反した事を書けるはずもない。北京政府に不利な記事を書かぬという協定を結んだのは、中国市場を意識したグーグルのネット検閲に先駆けた朝日その他新聞の功績です。
今日がチベット動乱記念日でしたか。『セブンイヤーズ・イン・チベット』の映画を思い出します。