先日、インド人著者による『だれも知らなかったインド人の秘密』(パヴァン.K.ヴァルマ著、東洋経済新聞社)を読了した。原題は“Being Indian”(インド人であること)だが、英国で刊行された版には「本当のインドの内側」となっており、日本語版序文にも著者はインドの「今現在の本当の姿」を明らかにする手がかりとなることが目的という。インドに関心があり、ある程度知識のある者にとっても、本の内容はそれまでの認識を覆すもので、つくづく途方もない国だと思い知らされた。
著者パヴァン.K.ヴァルマ氏の略歴はこうある。「セント・ステファン大学(デリー)歴史科を首席で卒業後、デリー大学で法律を学ぶ。インド外務省員(モスクワ駐在)、国連大使(N.Y駐在)、高等弁務官(キプロス駐在)を歴任し、その後ネルーセンター長(ロンドン)を経て、現在はIndian Council For Cultural Relation(インド文化関係評議会)のディレクターとして活躍中。インド大統領報道官、外務省公式スポークスマンなども努める」。
何故か年齢が書かれていないが、これだけ華やかな略歴を見ただけで、インドのエリート層なのは分る。以前私は元駐日大使アフターブ・セット氏の本を見たことがあるが、インド外交官の教養と外交辞令の巧みさに驚いた。
インドは広大な領土と11億3千万を越す(※'07時点)人口を持つ多民族、多宗教国家であり、著者自身もはしがきで、「インドやインド人の特徴を一言で言い表すのは容易なことではありません…インドは一様に決め付けるには、あまりにも大きく多様」と述べている。同じく古い歴史と大領土、人口数を誇る中国に比べ、今ひとつイメージがつかめない国だろう。その最大のネックなのは独自のカースト制であり、文献を読んでも異教徒には極めて理解し難い制度である。日本の士農工商とは全く異なる階級制度であり、カースト制を士農工商に当てはめて考えれば、かなり混乱を招く。ネットでもカースト制を日本の士農工商になぞらえ、差別社会ニッポンを印象付けるサイトがあるが、そのような者はカースト制への上っ面の知識を曝しているのだ。信仰深く神々を敬うかと思えば、非常に実利的で抜け目なく、日本的なモラルとは無縁な社会なのだ。
何故インドで独立後、軍事クーデターは皆無で民主主義体制が続いているのか、不思議に思う人が大半ではないか。その背景を探っても納得のいく回答は得られず、憶測ばかりが膨らむ。英国は植民地時代、民主主義をよく学んだ故と結論付けるし、古来から軍事を好まぬ平和国家だからとインドの外交官はお国自慢をする。宗主国の見方は支配下に置かれた諸国の中でインドが例外だったことへの説得力に欠け、詭弁に長けているので知られるのがインド人政治家。その理由を説明しているのが第1章「政治:権力好きの国民がつくり上げた民主主義」。権力好きの民族気質なら他の第三世界も見られるが、それがインドなら民主主義に繋がったとの指摘は目からウロコだった。
日本で衆議院議員が空港でボディーチェックを無視、係員に威張り散らそうものなら、その議員は相当な非難を受けるだろう。だが、インドではそれが当り前らしい。第1章の見出しを一部抜粋すると、「権力の誇示は当り前」「ステイタスの重要視」「モラルからの自由」「ごますり・お世辞」「イデオロギーはご都合主義」「権威のオーラ」…の言葉が並ぶ。著者はニューデリーの国際空港で手荷物検査を無視、係に咎められた女が、「私が下院議員であることが分らないの!」と一括するや、係員は低姿勢となりひたすら謝罪した例を挙げている。
権威主義を吹かせるのは件の女性下院議員ばかりか、地方州の官僚たちもこぞって同じであり、公用車の前には飾り板、後ろにも己の官僚階級まで表したプレートを付けているという。しかも、プレートは目立つ真っ赤な真鍮の文字が入れられている。このような権威の誇示はお役所や政府で顕著に見られ、階級性への強迫観念やそれを示すシンボルは官界だけの独占物ではない。インド人にとって上位か下位かという関係は不変の真理で精神的な命令であり、それゆえ上位を自動的に敬うことは心理的・社会的に普遍的なものなのだ、と著者は断言する。
この階級性を徹底利用したのが英国。18世紀、現地事情を知るウェルズリー卿は東インド会社に、「インド現地人を支配するには、我々が立派な宮殿を立て、我々に対する服従や畏敬の念をインド人に示すことが重要だ」と述べている。何度もインド渡航しているひろさちやさんも現地の物乞いに金品を手渡しする際、インド人ガイドから注意されたそうだ。イギリス人がやったように、手渡しでなく地面に叩き付けろ、と。
その②に続く
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