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トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

異教徒との結婚は認めない

2005-11-01 21:14:43 | 読書/インド史
 もし、一般のムスリムの父親なら、娘が異教徒と結婚したいと切り出したら、どんなに溺愛していても烈火のごとく怒り猛反対するだろう。息子の場合はそれ ほどではないが。だが、娘の異教徒との結婚を認めたがらないのはムスリムばかりではない。ヒンドゥー、ことにバラモンのような上位カーストの場合も事情は 同じだ。ある高名なバラモンがそうだったように。

 1889年、カシミールの名家に富裕なバラモン階級の弁護士の子に生まれた男は、長じ てイギリス留学し、ケンブリッジ大学のトリニティ=カレッジを卒業したあと弁護士資格を取って1912年帰国。1916年に同じカシミール出のバラモン女 性と結婚し、翌年一人娘を授かる。 帰国後の彼は国民会議派に入って政治活動を始め、若き会議派指導者として頭角を現すようになる。当時の英国政庁は、す でに彼をマークし、「インドの将来にとって、最も危険な男となる」と記録している。危険といっても決してテロを行ったのではなかったが。当時のインドで英国に目をつけられた者は、直ちに投獄されるのだ。彼も生涯9回入獄し、延べ3,262日間に及ぶ獄中生活を送ることになる。

  彼は独立前に逮捕投獄、釈放後また投獄という生活を繰り返したが、獄中からは娘に膨大な手紙を送っている。手紙ばかりでなく精力的に執筆活動を続け様々な 名著を完成させた。手紙の内容は世界史を中心に書かれているが、家族や同士の話も時々垣間見え、父親としての愛情あふれる顔も覗かせている。
 保釈後も多忙な活動の合間を縫い、一人娘には最高の教育を受けさせる。だが、蝶よ花よと手塩にかけて慈しんだ愛娘が、ある日突然自分の意に染まぬ男との結婚話を持ち出し、衝撃を受けるのは賢人も凡夫も変わらない。愛する娘が選んだのは異教徒のパールシー(ゾロアスター教徒)だったのだ。

  父の獄中からの手紙にはインドのパールシーについても触れられている。ペルシア系の彼らは遥かな昔インド人と親戚筋の民族に当たり、ヒンドゥー教と彼らの 宗教には共通事項が多く見られる、インドに移住してからも彼ら独自の文化を守ったのは驚くべきことだ、と好意的に記しており、カースト制も痛烈に非難した 彼だが、いざ娘の結婚となると、たちまち「異教徒との結婚は認めない!」と猛反対する。のちに駐ソ・駐米国連大使から国連総会議長を歴任して活躍した彼の妹もカーストが違う、と強硬に反対する。
 後年は「ドゥルガーの化身」 とまで謳われた女傑でも、当時の娘はまだ無力の若い女性に過ぎなかった。恋人共々思い悩んだ娘は、国民会議派の長老として民衆の尊敬を一身に集めている人 物に相談する。かつて父も投獄されていた時、困った事があればバプージー(親父さん)に相談するように手紙で書いていたのだ。
 相談を受けた長老 は2つの解決法を示す。まずパールシーの恋人に自分の養子になること、ヒンドゥーに改宗すること、である。恋人にとってもつらい選択だった。ゾロアスター 教とヒンドゥー双方の信仰は出来ないのだから。彼も家族から強硬な反対をされていたが、結局は愛を貫いた。かくて恋人はフィーローズ・カーンからフィー ローズ・ガンディーとなり、バラモンの父もやむを得ず認める。娘が結婚したのは1942年で、彼女もインディラ・ネルーからインディラ・ガンディーの名に変わる。

 それにしても、父親のネルーは手紙では合理精神を発揮し散々インドの因習を批判しながら、異教徒の婿を認めない頑固親父に豹変したのだろう?異教徒日本人には到底分かりにくい心理だろうが、ネルーは手紙でこのようなことも書いている。
 「人間とは善と悪の奇妙な混合物。大人物であると同時に小人物でもある」。

  ネルーの娘の結婚は社会的事件として話題になったが、結婚生活は結局うまくいかなかった。性格の不一致などという単純な理由ではなく、やはり父の存在は大 きすぎた。たとえ、婿がヒンドゥーのバラモンでも難しかったろう。後年婿は政治活動に全く関係せず、酒に溺れ47歳で没した。ネルーはその4年後に亡くな るが、インディラは生涯この結婚を悔いていたそうだ。夫との生活に見切りをつけた彼女は、2人の息子の教育に力を入れる。

 成人した2人の息子たちはどちらも非ヒンドゥーを伴侶に選び、母を落胆させた。長男ラージーブは母同様欧州留学中に後の妻となるイタリア女性と知り合う。次男サンジャイは インド女性だが、シク教徒だった。欧州人ながら長男の嫁は姑からも覚えが高かったが、もう1人の嫁との仲はかなり悪かった。母が後継者に考えていた次男は 34歳の若さで飛行機事故で死亡、長男は母の死後首相となるも、彼もテロで命を落とす。奇妙なことに父と同じ享年47歳だった。
 長男の子供たちは国民会議派で活動しており、次男の子息はインド人民党に所属している。ネルー王朝の悲劇と分裂はゴシップ好きの民衆に格好のネタを提供している。


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8 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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宗教と信者 (Mars)
2005-11-02 13:36:57
こんにちは、mugiさん。



 ネルー程の人物でも、娘を異教徒との嫁に出すのは反対したのですね。インドのカースト、宗教の複雑さを垣間見たような思いがします。

 しかし、現在、インドは、連立とはいえ、非国民会議派の「インドはヒンドゥー教の国」と宣言していた政党が政権を握っていと思います(記憶違いかもしれませんが)。次回の選挙結果次第では、(宗教対立の再燃といった)新たな火種を産むことになるかもしれませんね。



 私的な事ですが、私の実家には、新築時より仏壇があるのですが、年末の大掃除以外、開けたことがなかったのです。で、母に尋ねてみると、父も母も無宗教ですが、母方の祖父がソー○の信者で、結婚を認める代わりに、(形式だけでも)崇拝することが条件だったようです。だから、新築時には仏壇を設けたそうです。何か、ネルーに通ずるものを感じました。

 (ほとんど読んだ事はなかったのですが、聖○新聞も、ソー○が縁で取っていたましたが、もう、取るのを止めたようです(地方紙オンリーにしたと聞きました))
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宗教問題 (mugi)
2005-11-02 21:31:39
こんばんは、Marsさん。



 私もネルーが娘の結婚に猛反対したのは驚きました。M.ガンディーならさほど反対しなかったかもしれません。ただし、ガンディーは子供の教育など顧みなかった人物でした。

 昨年5月、総選挙で国民会議派が6年ぶりに政権返り咲きして、インド人民党(ヒンドゥー至上主義政党)は野に下りました。それ以来、シク教徒のマンモハン・シンが首相となり、現代に至ってます。先月末、ニューデリー同時多発テロが起き、宗教対立が再燃しなければよいのですが・・・



 やはりソー○は地方でも健在ですね。実は私の親戚にも昔入信した者がいて、脱会するのにモメたそうです。聖○新聞に限らず、ソー○系の出版広告が結構新聞に載ってます。
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抜きがたき慣習 (便造)
2005-11-06 17:08:36
mugiさんこんにちは。

ネルーほどの人物にしても「斯くの如し」なのですから、大衆はなおさらでしょうね。

「わが身に降りかかったらどうなるか」、あるいは「どうするか」まで、思い至らないのが人間なのかもしれませんね。



ゲーテは、人間の生活の特徴を次のように書いています。

「したいけれど、できない。

できるけれど、したくない。」

ネルーは、どっちだったんでしょうね。
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コメント、ありがとうございます (mugi)
2005-11-06 19:42:48
便造さん、こんばんは。



“学者さん”と謳われたネルーでさえも、いざ娘の結婚となると、ガチガチの保守に豹変したのは面白いです。

たぶん、彼はゲーテの挙げた特徴の後者「できるけれど、したくない。」だったのでしょうね。

カースト制ある限り、この種の問題は解決できないでしょう。
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ゲーテ (Mars)
2005-11-07 16:20:10
(横レス、すみません)



こんにちは、mugiさん、便造さん。



私は「したいけれど、できない。」に一票です。

ネルー程の人物でも、娘の幸せや自分の立場を考えての結果、親バカ発動、と思いたいです。

カースト制や宗教の問題を熟知していても、やはり、娘の幸せを考えて、反対したのでは、と愚考します。

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親バカ (mugi)
2005-11-07 21:42:42
こんばんは、Marsさん。



 ネルーはバラモンなので、やろうと思えば強引に屁理屈をつけて異教徒、異カースト間との結婚を合法化できる立場にありましたが、やはりこれは邪道ですね。彼自身もバラモンの掟に縛られていたのです。

 Marsさんの仰るとおり、親バカ発動が動機だったのでしょう。事実、娘の結婚生活は不幸でした。この夫婦の結婚は様々なカースト勢力に利用されたようです。夫が酒に溺れたのも、それを見ていた長男が政治活動を嫌ったのも、その背景があると思われます。
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絡み合った鎖 (便造)
2005-11-08 00:03:36
mugiさん、Marsさん、こんばんは。



ネルーにとっても、

「したいけれど、できない。

できるけれど、したくない。」

の鎖は、複雑に絡み合ってしまったのでしょうね。

これはまた、理想と現実の難しさでもあるのでしょうね。
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理想と現実 (mugi)
2005-11-08 20:44:24
こんばんは、便造さん。



理想と現実のギャップはどの国にも見られますが、インドはまた差が極端ですよね。

近代の社会改革運動家の多くがバラモンカースト出であり、頑迷な保守派もまたバラモン。

ムスリムとの融和を図ったネルーの父も、ムスリムと共に牛を食べた、という誹謗中傷を浴びせられたとか。
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