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トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

ガンディー主義が挫折した訳 その②

2008-12-06 21:26:35 | 読書/インド史
その①の続き
 日本でも知られるサイ・ババはインドで最も有名な聖者だが、彼以外の聖者も実に物質的だという。大統領との会見でもサイ・ババは真っ赤なメルセデスに乗って現れ、大統領のリムジンさえ小さく見えたそうだ。大半のインド人はそのような虚飾を良くないとか精神性に問題があると思わないらしい。だが、ガンディーは頑固に質素に拘り、そのため劇的に彼の主張する自己否定が失敗したのだ。ガンディーの死後すぐ、或いは存命中さえ彼の弟子たちは質実剛健な師の生き方を裏切っていた。ガンディーと同じく手織りのカーディ(粗綿布)をまとい、彼の理想を持ち上げていたが、影で良い生活を送っていたそうだ。

『現代ヒンディー短編選集Ⅰ』(大同生命国際文化基金/アジアの現代文芸・インド編④)に、短編『ガンディー帽』が収録されている。著者ムリドゥラー・ガルグ(Mridula.Garg 1938-) はヒンディー語の女性作家。この小説ではガンディーの非暴力的抵抗運動に共鳴、運動に参加した人々の多くが、独立後、理想と現実の狭間で挫折感を味わう様子がシニカルに描かれている。世俗と利権にまみれた主人公の知人に独立後でも手織りのガンディー帽を被る男がおり、いかにもガンディーアン(ガンディー主義者) を絵に描いた人物かと思いきや、終盤にとんだ食わせ者だったことが分る。一方、主人公の大学時代の友人で、ガンディー帽を被らなかったが真のガンディー主義者が不遇のうちに死亡していた。解説によれば、良くも悪くもガンディーは飯の種になったという。

 ガンディーはインドを独立に導いたことで成功し、ガンディー主義がその後すぐ拒否された点で失敗した、とインド知識人は見る。ガンディーの主張した禁欲主義は殆ど従う人がおらず、ネルーの社会主義も同じだった。2人とも一般インド人の気質に反していたのだ。ネルーの死後20年続いた社会主義は理論上でのみ称えられ、実際は不履行という始末。理想は高く、現実は身近に、がインド社会なのだ。

 ネルーの娘でありながら、インディラ・ガンディーはその強権的手法で評価の分れる政治家である。一般に知識人からは不評だが、権力闘争で彼女が示した機敏さと自信ゆえ、そして政治目的達成のための冷酷な動議により、インド国民には現代でも広く尊敬されている。インディラが非常事態宣言を出した時、インド知識人層の大半は民主主義に関心を持っておらず、反対派全員が投獄されても、抗議らしきものは国の何処でも起きなかったそうだ(投獄されても中国のように命こそ奪われなかったが)。官僚は静かに新計画を受け入れ、会社関係者もそれを歓迎した。情けなかったのは反対意見を表明できる権利を守り、言論の自由を守るはずのメディア。「見事にまでに追従した姿勢で、非常事態が終わるまでまるで腑抜け状態のよう」と表現されたという。

 インディラの行き過ぎは人口抑制のため8百万人以上に強制不妊手術を断行したことである。しかも対象は貧困層の低カースト中心だった。『河童が覗いたインド』(妹尾河童著、新潮文庫)には、現地の男性は「インディラカット」と股間に手を当て、性器を切る真似をしたことが記されていた。去勢ではなくパイプカットが正しいのだが、男にも不妊手術を強要するのは女の政治家ならでは。この政策は宗教界からも猛烈な抵抗にあい、1年で中止。最大の被害を受けた貧困層は次期選挙で敵意を示し、政権を失うことに繋がった。これも民主主義だから可能と言えるが、貧富を問わずインド人の大半はインディラの権力乱用を黙認したのも事実だった。

 インディラ・ガンディーについてネット検索していたら、女の浅はかとして痛烈に非難したサイトを見かけた。父ネルーの路線を外れ、彼の友人たちである会議派長老を退けた女の狭量さを嘲る内容だった。もちろん一理はある。だが、そんな彼女を受け入れた一般インド人も愚かで狭量となるのだが、少なくともこの日本の知識人より女政治家に対して寛容との見方も出来る。外交でも強硬を貫き第三次印パ戦争(1971年)も決行したインディラだが、冷戦当時でもあり、また中印国境紛争で大敗した父の轍を踏まないためもあったのだろう。こうして彼女はドゥルガー(ヒンドゥー教の戦いの女神)の化身と讃えられ、対立政党に属しながら象に乗って選挙運動を行う彼女に手を合わせる者までいたという。

 1991年、新しい経済政策が導入され、これを境にインド人は富の追及に対する欲望を偽善で隠す必要がなくなる。独立後長きに亘り、国は「貧者のため」との見せ掛けの公約を掲げていたが、もう結構!に変わったのだ。これ以降「インド人もびっくり」するほど経済は高成長を遂げる。それまでの「抑圧的・人生否定的なガンディーの理想主義」との決別であり、国民はやっとガンディーの禁欲主義から解放された。1年程前、NHK BS1特集でガンディーのひ孫を見たことがあるが、でっぷりと太った人物で興ざめした。
■参考:『だれも知らなかったインド人の秘密』パヴァン.K.ヴァルマ著、東洋経済新聞社

◆関連記事:「映画ガンジー
 「へー・ラーマ
 「異教徒との結婚は認めない

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8 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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現世利益のための信仰したふり (madi)
2008-12-08 02:03:48
現世での出世のための信仰したフリというのでは寺院が大学の役割をはたしていた日本でも古くからあったんでしょうねえ。

 廃仏毀釈のときに興福寺の僧侶のふるまい((全員が神官になることを承知し、反対者なし)に司馬遼太郎が「街道をゆく」のなかであきれていたのを覚えていますが、インド人にいると司馬がナイーヴしすぎるのかもしれません。
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現世利益のため、布施を強要 (mugi)
2008-12-08 21:21:55
>madiさん

 仰るとおり廃仏毀釈の際、政治政府に抗議した僧侶など、情けないことですが殆どいなかったのではないでしょうか。かつて南ベトナムの大統領ゴ・ディン・ジエム(カトリック信者)が仏教迫害を行った時、抗議の焼身自殺をした僧侶もいたのに。もっとも明治政府の廃仏毀釈など、他国に比べれば物の数ではないのでしょうね。

 ヒンドゥーの行者が聖地巡礼に来た信者たちに布施を強要する姿を、日本人旅行者も見ていますが、まるでヤクザのようで遠慮が全くないそうです。それを渋ると、呪いをかけると脅す者も少なくないとか。
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信仰とは、信じることを捨てる事?? (Mars)
2008-12-09 21:04:31
こんばんは、mugiさん。

禁欲主義で、非暴力主義な方には、頭が下がる思いがするものの、世俗にまみれている私には、到底、マネ等できないですね。

男性であれ、女性であれ、インディラ・ガンディーやチェーザレ・ボルジアのような傑物が、我が国に出ることは、まず、ないと思いますが。
ま、そのような者がでるよりも、(自治権がない)倭人自治区になる事の方が早そうですね。

洋の東西、古今はあれども、人の欲求と退廃というものは、同じものなのかもしれませんね。
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英雄を必要とする国 (mugi)
2008-12-09 22:31:07
>こんばんは、Marsさん。

完全な快楽主義、俗物根性の私など、ガンディーの真似をする気も起きませんね。富と物質が何よりです。

仰るとおり、貴方の挙げられたような突出した傑物が日本に現れることはまず考えられません。
ただし、自治権はおろか、生存権さえない倭人自治区に追い込まれたら、英雄は出る可能性はあります。ガンディーのような偉人が出る時、その国は退廃どころか窮状に追い込まれています。英雄を必要とする国は不幸、といった人もいますよ。
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いつも有難う御座います。 (藤山杜人)
2008-12-12 10:27:31
mugiさん、

いつも小生のブログへコメントを頂きまして誠にありがとう御座います。お陰で自分の考えというのは便宜的な、自分に都合の良い考えであることが少しずつ分かってきました。
トーキングマイノリテーの深い意味が分かって来ました。
どうぞ、今後もお手柔らかに、でもコメントを頂ければ嬉しく思います。
それと、このガンジーに対する評論も深い内容ですね。
晒し首とオランダ人の記事にも教わることが多かったです。
有難う御座いました。
敬具、藤山杜人
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コメント、ありがとうございます (mugi)
2008-12-12 21:48:46
>藤山杜人さん

私自身エゴイストなので、自分の考えなどご都合主義と便宜的なものであり、端から公正に徹する気もありません。日本のマスコミが典型ですが、「不偏不党」を歌い文句にしている人々こそ、いかがわしいと感じています。

ブログ三周年の際のコメントにもありましたが、「あなたは今後もマイノリティだろう」と。
マイノリティというより単にへそ曲がりなのですが、親英派には「インド、中東に偏った」、親米は「左派」、反米から「右翼」、親アラブは「イスラエルシンパ」…など評され、こうなると笑ってしまいます。

インド知識人の本でガンディーのようなタイプはインドでも稀であり、殆どの宗教人は正反対なのが分りました。彼を暗殺したのもヒンドゥー過激派ですが、これを煽るグル(尊師)も少なくなかった。ムスリムとの協調を訴えたガンディーは「裏切者」ゆえ、「殺せ」と。最後の言葉が「へー、ラーマ」(おお、神様)とは、絶句させられます。
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Unknown (藤山杜人)
2008-12-12 22:29:15
mugiさん

そういうマイノリテーの考えが貴重だと思います。マジリティな考え方は何かいかがわしいことが良く分かりました。
親米的資本主義も共産主義も仏教もキリスト教もイスラム教もみなマジョリティな思想ですね。
注意、注意、です。
今後も時々カトリックの記事を掲載すると思いますが、その時には、時間があったらコメントをお願いします。
おやすみなさい、 藤山杜人

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マジョリティー (mugi)
2008-12-13 20:30:54
>藤山杜人さん

マジョリティーの考えはそれ以上に大切です。何故この考えは支持され多数派になるのか、その背景を探ることも必要です。
でなければ、単なる独善に陥りますから(笑)。

どの宗教も一般信者は概ね善男善女ですが、上に立つ者は曲者であることもありますね。政治家は嘘の達人ですが、宗教人はそれをさらに上回るのではないでしょうか。神を背景にしているから、恐いものなしです。
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