長年アフガンで人道支援や復興事業に携わってきた医師・中村哲氏が現地で銃撃、死去してから今日でちょうど一週間になる。訃報が報じられた時、私は以前にも同じような事件があったことを思い出した。中村氏が現地代表を務めるNGO・ペシャワール会職員、伊藤和也氏は2008年8月26日に銃撃・殺害されている。伊藤氏は当時まだ31歳で、この出来事はアフガニスタン日本人拉致事件と呼ばれる。
事件によりペシャワール会日本人メンバーは現地から撤退するが、この時中村氏の責任を問う声が上がった。伊藤氏は即死ではなく、銃弾が左太ももを貫通、出血多量で死亡しており、それから11年後、奇しくも中村氏も同じく出血多量で最後を迎えている。
事件によりペシャワール会日本人メンバーは現地から撤退するが、この時中村氏の責任を問う声が上がった。伊藤氏は即死ではなく、銃弾が左太ももを貫通、出血多量で死亡しており、それから11年後、奇しくも中村氏も同じく出血多量で最後を迎えている。
アフガニスタン日本人拉致事件はタリバンが関わっており、タリバン広報担当官は拉致を認め、こう声明を発表している。
「この非政府組織が住民の役に立っていたことは知っている。しかし(ターリバーンの見解からすると)住民に西洋文化を植え付けようとするスパイだ。そして、全ての外国人がアフガニスタンを出るまで殺し続け、日本のように部隊を駐留していない国の援助団体でも、我々は殺害を続ける」
タリバンは今回の中村氏襲撃事件では関与を否定しているが、反政府武装組織は他にもこの国に存在するし、日本人拉致事件と同じ見解を持つ者は少なくないはず。11年も経ていたため、半ば忘れ去られた出来事だったかもしれない。
河北新報に毎日掲載されているコラム河北春秋は12月06日付で中村氏の訃報を紹介、こう記していた。
「何度も命の危険にさらされたが、無用な敵をつくるまいと銃は持たなかった。そんな中村さんが凶弾に倒れた。あまりにも理不尽な死。これが過激派組織が国土の約半分を影響下に置く国の現状なのだろう」
メディアが挙って中村氏の功績を讃える一方、2019年12月04日付の痛いニュース、【アフガン銃撃】中村哲さんの過去の発言が物議『憲法9条が僕らを守ってくれてる。政府もタリバンも手を出さない。むしろ、守ってくれている』では、2008年4月付の「この人に聞きたい」を引用、9条支持者だったことが紹介されていた。
記事には多数のコメントがあり、中村氏を冷笑する者と擁護派がネットバトルを繰り広げている。私も記事で初めて中村氏が9条信者だったことを知ったが、これでは家族が危惧していたように、いつ襲撃されるか分からない状況だったのだ。
アフガン日本人拉致事件は「この人に聞きたい」インタビューから約4ケ月に起きている。中村氏はその後も「9条のイメージに助けられている」と考えていたことが2014年06月05日付神奈川新聞に掲載されていた。集団的自衛権反対のために利用されているのが丸分かりで、どうりでメディアが氏を持ち上げていたワケだ。
しかし中村氏は武器を持たないといえ、移動は常に警備車両でボディーガードを同行させていたため、丸腰どころか武装していたのだ。ボディーガードに守られているため氏自身は武器無しで問題ないが、「9条のイメージに助けられている」など完全な欺瞞とこじ付けに過ぎなかった。
中村氏のインタビューで苦笑させられたのは、アフガン人は親日の箇所。多大な人道支援を果たした氏に感謝する現地人は多いだろうが、憲法9条の平和の国だから、というのは意図的な曲解や歪曲さえ感じる。これではネットの名無しに、「銃弾に憲法九条は効き目がないと分かったか」「自分の死で信念が否定されることになるとは悲しいなあ」と揶揄気味のコメントをされても仕方ない。
井戸や用水路を建設したのは崇高な行為だが、水利権を巡り用水路設置には不満を抱く現地人もいたことが河北新報でも報じられていた。善意が悪意で報いられるのは何ともやりきれない。
中村氏の支援活動で大勢のアフガン人が救われており、政治的信条はともかく氏の活動は立派としか言いようがない。ペシャワール会は1983年に作られた組織なので、家庭は殆ど顧みなかったのではないか?家族のことを考えていれば、危険地域での人道支援活動は極めて難しいが。
中村氏の長年の支援活動には敬意を、その死には哀悼の意を表したい。
◆関連記事:「神様が私を助けてくださる」
アフガニスタンというとどうしても宗教面に注目が行きますが、人類社会のデファクトスタンダードである氏族制社会がとりわけ強固な場所でもあります。日本という氏族が壊れてしまった社会で育った氏にはそのあたりの用心がなく、現地の官吏をはじめとした協力者に自分たちの氏族に有利になるよう誘導されてしまった可能性は大いにあると思っています。
他意はないが、そんなキレイごと(!)ばかりではないらしい。
ttps://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58527
ルサンチマンだらけのあのような「途上国」は、「北の国」と同様の思考をするらしい。要はいかに正義漢ぶっても、日本人だというだけで、温室育ちの甘ちゃんだということ。のらくろも、ブログ主も、こちらの読者や世間一般はもちろん、中村医師でさえも。
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/rip-dr-nakamura
中村さんの功績を穢さないためにも、我々一般人はメディアの偏向に十分注意することが大切というのは、おっしゃるとおりです。
ああいうゲリラや軍閥 武装ヤクザが闊歩する地域では武力だけでも民生支援だけでも政情が安定せず車両の両輪のように、どちらも上手く使わねば秩序をつくることなどできないのに。中村氏が護衛を雇っていたように、駐在している街や村落で、日本の中世が如く武装した人々の自力救済で秩序を維持している様を見ていないはずがないと思うんですがなんでああなのか・・・・・・。
ラルフ タウゼントの「暗黒大陸シナ」の可哀想な人々を求める宣教師みたいなものをどーしても想起
してしまうんですよ。
やってきたことは本当に凄いし、政治的見解の差を別にして尊敬に値するし、あんまり揶揄したくないのですがねえ・・・・・・。
アフガンは未だに強固な氏族制社会であることは意外に知られていませんよね。元から多民族が混在、宗派も違うため国民国家が形成出来ないのです。アフガンに長年いた中村氏は氏族社会を知っていたはずだし、氏族と緊密な関係を結ばなければ開発事業も難しい。協力者に肩入れすれば、敵対氏族から反感を買うのは目に見えています。
以前アフガン社会について記事にしたことがあります。
https://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/4be63a3a81994c7fb963f7c36ad9ea75
先にOleanderさんがコメントされたように未だに犯行声明がないところから、私も強固な氏族社会における水利権が背景にあると思いました。しかしリンク先の見解には目からウロコ!アフガンが人口増のために食糧生産が追い付いていけず、穀物よりもっと儲かる作物を作りたいと思う者は少なくないでしょう。↓のような可能性もありますね。
「イスラム過激派には、灌漑施設の建設がアフガニスタンを永遠に貧しい農業国に縛り付けるための行為に思えた。そこに先進国の「偽善」を見た。だから激しく憎み、計画的な殺害に及んだのではないだろうか。」
「北の国」や南米も麻薬で儲けており、農作物よりもはるかに収入が見込めますから。
追悼式典をめぐり、「日本政府は最後まで無視」「政府関係者の姿はなかった」というツイートが拡散していることは知りませんでした。検索したら、asukaなる者のツイートが発信源のようです。元から捏造ツイートを繰り返しているようで。
https://tr.twipple.jp/p/ea/f7b1ab.html
本当にメディアばかりかネットもデマや偏向が多いため、我々一般人は十分な注意が欠かせませんね。
ttps://twitter.com/musetosix/status/1202708528772763648
ttps://twitter.com/musetosix/status/1202714303888887808
何れにせよ、安全なところから理想を言う日本のサヨクではありませんし、「痛いニュース」で揶揄されるような人物ではないですね。逆に、揶揄されること自体、中村氏の行動は「完璧」だったと言えます。
しかし、中村さんの死にまつわる様々な議論を聞くと「地獄への道は善意で舗装されている」は舗装する側も気をつけるべき金言ということがわかります。
閑話休題
今日は休日を利用して市内に最近できたモスクの金曜礼拝の様子を見に行ってきました。30人ほどが出席していて主体は見た感じ東南アジアの方々のようでしたが日本人らしき人も2,3人いました。そのうち1人と話すことができ、ムスリムになったきっかけはと聞いたら「インドネシアの女性と結婚するため」と返事が返ってきました。あとは、パンフレットを押し付けられたり、信徒長らしき人が来たりしましたが、私の場合、深い話をすれば剣呑な雰囲気になることは承知していたので、当たり障りのないことを話して引き上げました。
市内にはムスリム用の霊園もできており、知らぬ間に日本におけるムスリムの一拠点になりつつあります。
wikiで見たら、中村氏はクリスチャン(プロテスタント)だそうです。ならば「9条教徒発言」も納得できました。ラルフ タウゼントの描いた可哀想な人々を求める宣教師と重なります。