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トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

タマス―暗黒―

2006-01-04 20:49:48 | 読書/小説

 宗教・民族対立は日本人に最も分かりにくい問題だろう。インドの現代文学作家ビーシュム・サーヘニーは著書『タマス』 で日本版に寄せて「この小説のテーマは日本の読者にとって奇異なものであるかもしれない」と書いていたが、やはり理解不能な物語だった。古代インド人は人 間の体質・気質を三つに分けたが、その一つが「タマス(tamas:翳(えい)質)」で、暗黒の意味もある。この小説は分離独立前のインド北部パンジャー ブが舞台で、宗教対立と暴動における暗黒の5日間を描いている。

 著者サーヘニーは1915年パンジャーブ州ラーワルピンディー市(現パ キスタン)で生まれた。彼とその一族も'47年8月印パ分離独立に伴い、避難民としてデリーに移住する。『タマス』では市の名は明記してないが、翻訳した 田中敏雄氏は文面から著者の故郷と特定している。著者がこの本を書いたのは独立から四半世紀も経た後で、田中氏も「憎悪をぶつけることでなく、感傷に流されず、楽天的な歴史観に同調することなく、分離独立の痛みを語るのにそれだけ時の経過を要した」と解説で述べている。

  暴動はマスジット(イスラム寺院)の階段に黒豚の死骸が棄てられていたのが発端だった。当然ムスリムは激怒し、報復として牝牛をし死骸をばらばらにす る。怒りは市全体に波及し、危険を察知した商店は店を閉め市の機能は停止する。宗派暴動を未然に防ごうとヒンドゥー、ムスリム、シク教徒の代表団は県長官 補の公邸を訪ね治安維持を訴えるも、英国人長官補は軍事はしきりに自分の管轄外、権限外と繰り返し対策を取ろうとしない。「あなた方が協力して平和維持を 訴えるべき」「可能な措置は講じる」と返答するだけだった。

 暴動が始まってからは市は中世に逆戻りした様相となる。これはイギリスによる陰謀だ、我々は団結しなければならないと訴える少数の会議派党員や共産党員の声は完全にかき消される。ヒンドゥー、シク教徒は「トルコ人がやって来た」 と叫び、ムスリムは「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」の声を上げる。実際にヒンドゥー、シクを攻撃したのはインド人ムスリムでトルコ人ではない が、中世インドに侵攻したトルコ人は未だに野蛮人侵略者の代名詞なのだ。互いに憎悪を燃やし、同じ市の住民同士が殺し合いを始める。たとえ幼なじみで子供 の頃から遊んだ仲でも、異教徒を攻撃する者もいる。暴動は近郊の農村にも及び多くの家屋、商店が放火された。

 特にシク教徒の悲劇には言葉を失う。寺院に立てこもり交戦するものの多勢に無勢、「真理の神は不滅なり」の掛け声も途絶える。もはやこれまでと覚悟を決めたシクの若い女性は寺院を出て井戸に向かい、「おお神よ」と言い飛び込む。彼女に続き、大勢の女たちが子供と共に井戸に身を投げる。
  バス停前で茶屋を営んでいた老シク教徒夫婦は故郷を脱出するが、すぐさま家を略奪され放火される。他所で働いていた息子は助命と引き換えにイスラムに改宗 し、他村に嫁いでいた娘が先の井戸に真っ先に飛び込んだ女性。ただ、シクの老夫婦を匿ってくれた勇気あるイスラム女性もいた。
 騒ぎの中、一人で通りに出ていた小さな少年に声をかけ、家まで送ろうとした親切な香水売りのムスリム商人は、その少年に腹を刺され絶命する。少年はヒンドゥー青年団の15歳の隊長に「野蛮人を殺すように」命令を受けていたのだ。隊長もまた師匠にムスリムと戦うよう教育されていた。
 やっと暴動発生4日目に外出禁止令が出され、事態は沈静化する。イギリスの飛行機が飛来した村では略奪、放火は停止した。

  暴動の原因となった黒豚をマスジット前に放棄させたのは実はムスリムだった。市の吏員で名士でもある男は皮革処理人に獣医が解剖に必要なので豚をする よう命じた。死骸は掃除人が手押し車で回収する手筈となっていたが、皮革処理人は掃除人が何処に持って行ったかは見届けなかった。市の騒動を知り皮革処理 人は苦悩するが、どうすることも出来ない。一連の暴動の嵐で彼は死亡するが、彼にを命じたムスリムの吏員は騒動の後、何食わぬ顔で融和と平和維持を人 々に呼びかける。
 これは独立前の余震に過ぎず、分離独立後は激震がインド全体を襲い、夥しい死傷者と難民を出すことになる。

 著者サーヘニーはエッセイで故郷の悲劇をこう書いている。
 「ある日、私はあの井戸の傍に立っていた。この村の女たちが子供を投げ入れ、自ら身を投げたのだった。死体は腐乱して水面に浮いていた…感覚が麻痺すると、あるものが内部から崩れていく。思想、信念、何であるか分からないが、あるものが
 世界で民族、宗教対立があると、テレビでもっともらしく民族間の和解、平和を訴える知識人や人権活動家の言葉の何と空々しく思えることか。

 以前サーヘニーの本『私の兄バルラージ』を面白く読んだが、『タマス』は文字通り人間の暗黒面が際立つ物語だった。



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4 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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タマス(TBさせて頂きました。) (便造)
2006-01-08 21:51:05
mugiさん、こんばんは。



『タマス』、重い内容の作品ですね。



「タマス」や「ラジャス」、そして「サットヴァ」という言葉を、日本でも自分の状態を表現するのに使えたらどんなに便利だろう、とよく思います。

また、日本では、挨拶として気軽に「合掌」できないのも残念です!

「手を合わせる」、というのはとても良い習慣だと思うのですが・・・。



なんか記事とは大きくかけ離れたコメントになってしまいました^^;





<追記>

mugiさんの「プロフィール」の季節料理、いつ見ても美味しそうです!
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コメント、ありがとうございます (mugi)
2006-01-09 17:31:47
便造さん、こんにちは。



『タマス』、著者が故郷を追われ、故郷での惨劇を見た人物ですから、言葉もありませんね。

これまで共に茶を飲んで、世間話をしていた町の人々が、宗教で憎悪をむき出しにするから何ともやりきれない。かつての日本のキリシタン迫害とは様相が違います。



仙台の私立女子高(最近、男女共学になりましたが)で、朝の挨拶に「合掌」を取り入れている学校もあると聴いてます。

「手を合わせる」挨拶は私も素晴らしいと思います。



今月の季節料理は仙台雑煮です。でも、最近はハゼが高くて困ったものです(涙)。
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Unknown (ヒロシ)
2011-04-19 16:35:41
イスラム戦争法によれば
捕虜にした異教徒の男子は改宗すれば助命しなくてはならないが
女子は奴隷として分配し強姦することが合法らしい
だからこの記載にある男子は改宗により助命されたが
女子は自らの運命を知っているから自決した

つまり法は存在する
ということだ
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ヒロシ さんへ (mugi)
2011-04-19 21:56:29
 シャリーア(イスラム聖法)は宗派毎に解釈が微妙に異なっていますが、仰るように女子は奴隷として分配、強姦することが合法とされています。ただ、このようなことは他の一神教や多神教徒も行っていました。
シャリーア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A2

 印パ分離独立時、ヒンドゥー教徒も劣らず婦人拉致・暴行を働いていました。復讐につぐ復讐には絶句させられます。以前、動乱時を描いたパキスタン人作家の小説を見たことがありますが、言葉もなかった。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/32e3cc5b6ce9c11715f0fe2a98e96df5
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