<あしたの轍 第3部>⑦
戦後80年となる8月を迎えた。国内外で混迷が深まる今、過去の戦禍が勇ましく、美しい響きの言葉で上書きされようとしている。
戦争の記憶が薄れる一方で強まるのは人々の不安。かつてこの国がたどった歴史を再び繰り返さぬよう、体験や思いを未来へ残そうと奮闘する人々の声を聴いた。(敬称略)
◇ ◇
◆「真面目ではなかった」少年時代
東京・新中野の商店街に「差別主義者おことわり」を公言するラーメン屋がある。
店内には反戦、反差別のステッカーが無数に貼ってある。店名は「どうげんぼうず」。店主、近廣(ちかひろ)直也(50)のふるさと山口・下関で、「悪ガキ」を意味する方言である。
トウガラシを大量に使った真っ赤なスープのラーメンを食べてみればわかる。いかにも攻撃的な見た目を裏切って、丁寧で優しい味がする。まるで近廣のようだと、記者は思う。
真面目ではなかった、という少年時代、「あしたのジョー」が好きだった。エリートボクサーの力石徹より、不良少年からたたき上げた矢吹丈に憧れた。
同じように一本道を突き進んだ矢沢永吉の自伝「成りあがり」を読み、「自分も一つのことで勝負してみたい」とミュージシャンを志した。高校は中退。17歳、夜汽車で東京を目指した。
◆国会議事堂に向かって歌った「人間はクソである」
食うためにいろんなバイトをした。30歳を過ぎたころ、自宅近くのラーメン屋で働き始めた。
2011年3月11日の東日本大震災もその店で経験した。やがて原発事故で、被ばくした牛や豚が殺処分されるというニュースを知った。「いてもたってもおれんようになった」。
向かった先は国会。一人、議事堂に向かってギターをかき鳴らし「もう人間はクソであるという自作の歌」を叫んだ。「食われるために生かされて食われることなく殺される。家畜の命って何なんだ」
近廣にとって「音楽は心に空いた穴を埋めるパテ」なのだという。衝動的だった。でも「自分が涼しい顔で生きていくために動物の命を代弁する必要があった」。
感情がほとばしるような、激しい行動力である。同時に繊細な心根の人だと思う。
◆自然と芽生えていた差別への違和感
音楽の道を、あきらめる時が来た。「バイトでしか食えてないことは分かっていた。それがつっぱれなくなった」。行動は、変わらなかった。
2013年ごろから、東京・新大久保では在日コリアンへのヘイトスピーチが社会問題になっていた。ヘイトスピーチ解消法ができるのは3年後で、まだ法律はない。すさまじい誹謗(ひぼう)中傷の言葉が路上で吐き出された。
近廣の故郷・下関では同級生にも幼なじみにも在日コリアンがたくさんいて、差別に対する違和感は自然と芽生えていたという。バイト先から自転車で20分。店の休憩時間を使って抗議行動に繰り出すようになった。
◆「むかつくから」
ある時、店内にヘイトへの抗議ポスターを貼りだした。経営する企業の社...
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