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12月11日 身心脱落のチャンス到来

我々の修行で、いつ身心脱落するかは分かったものではない。しかし、急にそれが起こることもあるようだ。曹洞宗の太祖として仰がれる瑩山紹瑾禅師に関する文献で、以下のように記されている。

十一日、有る僧、衲被を頭に蒙りて打坐す、被、覚えずして脱落す、因みに省悟し、失語して曰く「身心倶に脱落し、唯だ一真実のみ有り」と。
    『洞谷記


これは、元亨3年(1323)臘月11日の話である。要するに、12月の寒い時期の話であるから、僧侶がその叢林の規則に従って、「掛け布団」を頭から背中に被って坐禅していたわけである。ところが、布団が不意に、スルッと落ちてしまったようなのだ。その拍子に、その僧は悟りを開き、そして言い間違いをしながらも、「身心倶に脱落」すと言ってのけた。これは、まさに「も抜ける」という経験にもっとも適した語を述べたと見ることが出来よう。そして、更にその僧が述べた言葉こそ、「唯だ一真実のみ有り」である。しかし、この脱落した僧とは一体誰なのだろうか?(一説に、明峰素哲禅師とのこと)

なお、この言葉は「失語」とあるように、「言い間違い」である。よって、元ネタがあり、それは我々曹洞宗もその法系に連なることになる薬山惟儼禅師の言葉である。薬山禅師は、その師である石頭希遷禅師の下にいたときに、石頭からその見処を問われ、「皮膚脱落し尽して、唯だ一真実のみあり」と答えた。引用した或る僧侶の言葉とは、この薬山禅師の言葉を元に言われたものである。薬山禅師は石頭禅師の下で学び、本人は「三乗十二分教」を明らかにしたと思い、そして、更にここから「祖師西来意」を、馬祖に問うている。馬祖の手引きによって薬山は、その深意を悟った。いわば、三乗十二分教といった、余計な教えにしたがったところで、仏道修行には寄与しないこと、そして、不立文字でしか往き得ない、その場所への直観を得たのである。

この僧侶は、「皮膚脱落し尽くす」というべき所を、「身心脱落」と言い間違ったが、それほどに得た体験は直接的で、生々しいものだったのであろう。その上で考えると、この身心倶に脱落、或いは皮膚脱落し尽くすというのは、従来の自分自身が把われてきた煩悩、或いは様々な誤った見解などを、別の見解から明らかにしていこうとする運動でもある。特定の見解にコミットしていることとは、結局仏道をもっとも我々自身から遠ざけているはずの、分別心・執着心そのものである。よって、そのコミットしていること自体を、何かの方法によって気付き、そして自ら自身批判しなくてはならない。いや、この時には自己自身で批判するのではない。批判は、唯それとしてのみ連鎖的作動として行われる。

つまり、道元禅師も『正法眼蔵』「現成公案」巻にて、「万法」の機能を幾つか記述しておられるが、その1つとして自己及び他己の身心を脱落せしむるという。その意味では、批判、そして脱落とは、常に「彼方から到来」する「出来事」である。この「出来事」とは、容易に従来の経験との同定を許さない。むしろ、同定されてしまうような経験とは、「彼方」にあるのでもないし、「出来事」という強調がされる前に、ただの「日常」である。日常が離れてしまうのではない。強いていえば、日常もまた出来事の中にある。しかし、出来事を出来事として発生する原初まで遡及して受け止めたとき、我々は余計な定義付けを行ってしまいたくなるが、それをせずに、極力出来事を、未知のままにしておくことで、常識への転換をせず「生」のままにしておくのだ。

その「生」の経験の中に、脱落もあり、そしてその脱落からの揺り戻しに、我々は「一真実」や仏陀の光明・霊光を見る。そして、本記事の主題に契う形で理解するとすれば、我々に「生の経験」を到来させるその機縁に如何にして出逢うかが問題となる。そして、この場面は坐禅修行の中にある。坐禅とは安易に「出来事」を生み出さない。しかし、だからこそその中で「出来事」に出逢うとなれば、我々の常識は安易に解体されていくものだ。そのためにも、坐禅修行はなくてはならないといえる。

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