死に至る病〈血管性認知症〉

今月6日に40年ぶりに宮中儀式「加冠の儀」が行われたわけですが、ゴー宣界隈はこの「悠仁さまの成年式」についてもケチをつけているようで呆れます。

7日の道場イベントでゲスト出演した森よう平師匠は敬宮内親王を「愛子様」呼びしながら、悠仁親王のことは頑なに「悠仁さん」呼びを徹底していました。

悠仁親王の成年式のあと祝宴を公費ではなく私費にし、また皇居内ではなく帝国ホテルにしたことについて、この森よう平なるチンピラ落語家は「私は、天皇家の直系である愛子さまが天皇になるべきだという立場を取るから、宮家皇族である悠仁さまの成年祝宴が宮殿で行われないことに異議を唱えたいわけではない。しかし、違和感は覚える。宮殿で祝宴を開くべきだし、すべて宮廷費で賄うべきだ。保守派はそう主張すべきだ。天皇陛下と秋篠宮さまが、愛子さまへの継承の道を作りたい。皇室からのメッセージの一貫として『悠仁さま祝宴』は皇居外で実施しようと決めた」と妄想たくましくしています。

サンデー毎日:「祝宴」は都内民間施設で 悠仁さま成年式への疑問 成城大教授・森暢平 | 週刊エコノミスト Onlinehttps://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20250825/se1/00m/020/001000d


森よう平師匠は「オイラは愛子天皇推しだから、悠仁さんの祝賀会なんざ興味ねぇ」というスタンスのようですが、真っ当な尊皇家ならば、どの皇族にも敬意を払うべきなのではないでしょうか。

まさに森よう平の正体見たりという感じであり、さすがは元毎日新聞の記者風情の品位が窺えます。


森という元毎日新聞記者は悠仁親王は皇位継承者ではないから民間施設である帝国ホテルなんて俗っぽい会場で祝宴を開くのだと記事にし、それを先日のゴー宣道場でもだべりました。

これまでの上皇陛下や秋篠宮殿下の発言から照らし合わせて、時代に合わせ、また国民感情もご考慮なされ宮廷費ではなく、私費にしたのだろうと拝察するのが真っ当な尊皇派でしょう。

それを言うなら、「敬宮内親王がティアラを宮廷費で作らずにサーヤのおさがりを借りパクしているのは皇位継承者という意識がないからなんじゃねーの?」と揶揄することも出来ますが、いわゆる男系派とされる尊皇家のなかで、そんな腐った発言をしている奴がいるのでしょうか?

もしいたら、ソイツは森よう平と同レベルの奴と見なして良いでしょう。


ちなみに悠仁親王は「大勲位菊花大綬章」という勲章を授けられましたが、敬宮内親王が授けられたのはそれより格下の宝冠大綬章です。

また悠仁親王は成年式の翌々日である今日(8日)、三重県の伊勢神宮と奈良県の神武天皇陵を参拝しましたが、敬宮内親王はそれをやってません。

祝宴なんて別に神事ではないから帝国ホテルで済ませて何ら問題はありませんが、皇位継承者としては伊勢の天照と奈良の神武に挨拶する儀式はそりゃ決して欠いてはいけないことなんじゃないのかなと普通に思いますが、小林よしりん先生も森よう平師匠もそのあたり完全に無視しています。

なぜかなー?

小林や森はまるで博打を打つように「愛子サマ」にBetしているから、なにが何でも賭けに勝とうと無理筋のストーリーを描こうとしてしまうのです。

私などは誰が皇位を継ごうが関心がないので、極めて冷静な判断をすることが出来るわけです。

ギャンブルに狂って、なにがなんでも自分の勝ちにしたい馬鹿とは違うのですよ。


さて、皇統問題についてはこれ以上語ることはないでしょう。もはや答えが出ており、それを覆したいのならば、それなりの論拠を示さねばならないでしょう。それをせずに「わしはレディアイコという単勝万馬券に賭ける!」と言われてもね。


さて、小林は認知症との診断を受けましたが、西部邁のような決断を下すことなく、のうのうとゴー宣道場というイベントで生き恥を晒していたといいます。


小林はどうやら病識がないようで、医者に認知症と診断されたことを未だに疑っているようです。


勘違いか?認知症か? | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/57087/

《今後はこうした、勘違いか、ど忘れか、認知症かが分からない日々が過ぎて行き、最後は橋幸夫みたいに再入院して、グーグーいびきかいてるだけの人になってしまうのか?》


創造力は快調だが。 | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/57154/

《橋幸夫がついにアルツハイマー認知症で亡くなったが、わしもMRIで似たような病名を出されたのだが、本当に認知症か?》


小林は「アルツハイマー認知症」と似たような病名を宣告されたと書いておりますので、小林はアルツハイマーではない認知症と診断されたようです。

そうなると、それはおそらく、というか間違いなく、「血管性認知症」と診断されたのでしょう。

小林はもしかしたら、有名な病気であるアルツハイマーではないから良かったと胸を撫で下ろしているかもしれませんが、血管性はアルツハイマーより深刻ですよ。

血管性認知症はアルツハイマーよりも余命が短く、その症状の進行についてもなかなかにハードコアです。

まぁ私は特に心配しているわけではないので、どうでも良いですが、自らの命の尊厳について「自己決定権」を重視しているのならば悠長に構えている場合ではないでしょう。

「わしは元気だ。アンチざまぁ!」みたいにイキるターンではないことを理解した方がいいですよ。


それと、小林は橋幸夫が亡くなったことについて、「アルツハイマー認知症で亡くなった」と書いていますが、それは正確ではありません。

それについては大林わるのりさんが回答しています。


《橋幸夫の死因は肺炎です。小林は橋幸夫の死因を確かめていないか、もしくは忘れてしまったかのいずれかでしょう。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/517835847.html


認知症は「死に至る病」と言われていますが、それは認知症自体が死因というより、認知症である為に事故が起きて死に至るのですよ。

小林よしりんが今一番注意すべきは誤嚥だと思います。しかしいくら注意していても認知症ゆえに誤嚥は常に起こり得るわけで、だからこそ「自己決定権」を重視するのならば、今すぐに決断しなければなりません。

「いや、アンチはそう煽るが、わしはこのように元気だし意識だってハッキリしている!」などと危機意識が欠如したお花畑思考でいてはいけません。


血管性認知症の特徴は、記憶障害が目立つものの判断力や専門知識は保たれるなどの状態で、意欲が低下し、動作も緩慢となり、感情のコントロールができなくなるところから始まります。

まさに最近の小林よしりんに当てはまります。

そこから急速に進行するのは目に見えています。


小林は素直に自分が血管性認知症であることを認め、なんとか正気を保ったまま生きながらえたいならば治療に専念すべきですし、西部邁のように自分の意思がはっきりしている内に決断したいのならば今すぐ覚悟を決めるべきでしょう。


そのあたりについて、大林わるのりさんが分かりやすく論評していますので、以下に紹介します。

小林よしのりさんはしっかり読むように!


《常識的に考えるなら、小林の療養を優先させるべきです。

小林がどんなに強がっていても、彼の身体の具合は決して良いものではないことはブログ記事から伝わってきます。

小林が病によって、頭脳と肉体に後遺症が残ってしまったいう事実は消えることがありません。

小林はもともと他人に厳しく自分に甘い人間ですが、最近では感情のコントロールさえもできなくなっていました。

今の小林は感情や本能のコントロールができないだけではなく、病識欠如が起きている可能性もあり得ます。脳機能が落ちていることが分かった際は、小林はブログで見苦しい言い訳を繰り返していました。

残念なことに、小林の体調を管理して、活動を制限させることができる人間が周りにいるとは思えません。

小林は降圧剤のおかげで血圧が下がったのであって、脳出血が再発するリスクが完全に消えたわけではありません。

コロナ禍のころの小林は高齢者切り捨てや医療を軽視する発言を繰り返していました。しかし、自分が病に倒れてからは医療に頼って生に執着しているのが、彼が書いているブログの文章から伝わってきます。

小林が漫画家や言論人としてプロ意識を持っているのならば、引き際を考えてもおかしくないほどの深刻な事態です。

もしかすると、小林の脳出血の原因は長年に及ぶ不摂生な生活のせいだけではなく、コロナに感染して脳の血管が脆くなった影響という可能性もあるでしょう。

コロナ禍のころの小林は、新型コロナの脅威を見くびる言説を盛んに唱えていました。彼は、「コロナはただの風邪」だとか「感染は免疫の軍事訓練」だとか言った上に、反ワクチンの立場に立っていました。動画の撮影の際にワクチン接種券を破り捨てるパフォーマンスをしていたこともありました。

しかし小林は「わしはまだ死にたくないんよ」と心の中で悲鳴を上げているようなものです。役に立たなくなった老人は安楽死させろだの、死生観を持てだのと言ってきた小林は、結局は自分の命が惜しいようですね。

近年の小林の度重なる奇行や言説の劣化は、今思えば病の影響であった可能性を疑われても仕方ありません。

もしかすると小林は、「わしが以前よりも元気が出ないのは、医者の指示で血圧を下げられているせい」と思い込んでいるのかもしれません。

小林がイベントに出たがっているのは、自分の病と向かい合おうとせずに虚勢を張っていることの表われでしかありません。しかも、取り巻きたちのおべっかのせいで小林が自分の健康状態を過信しているのは、彼の療養のためにはプラスになりません。

「戦争論」で「命は手段にすぎない」と描いていた小林は倒れてからは生命至上主義になりました。

また、コロナ禍のころは医療を軽視する言説を唱え、「役に立たなくなった老人は安楽死させろ」とまで言っていた小林は病になってからは医療に頼っています。

小林は自分が病から復活したかのように子分たちの前で虚勢を張っていたのでしょう。

彼は自分の衰えを直視できずに虚勢を張っています。

病で身体が衰えた小林は「役に立たなくなった老人は安楽死させろ」という自身の過去の発言を批判されることを恐れているのでしょう。そのせいで彼は、「アンチは全員、わしの死を願っていた」という被害妄想に陥っているようです。

「わしは元気になればなるほど、欲が出てくる」という小林発言は、「もっと元気になりたい」「もっと生きていたい」という願望の表われです。

生命至上主義を批判したり老人切り捨てを正当化していた小林は病で倒れてからはみっともなく生に執着しています。

「今のわしはやるべき仕事があるので、社会に役に立つ存在だ。だから死ねない」と小林は言い訳しているように見えます。

「役に立たなくなった老人は安楽死させろ」という過去の発言を批判されないようにするためでしょう。》(大林わるのりさん)

https://washiblogact3.seesaa.net/article/517652763.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/517769367.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/506048096.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/506048096.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/517835847.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/517769367.html

https://washiblogact3.seesaa.net/article/503987811.html


まず、トークの実践リハビリは成功! | ゴー宣DOJO https://www.gosen-dojo.com/blog/57183/

《まだまだリハビリは続くが、わしとしては年内に完治させたい。》


残念なお知らせですが、血管性認知症は完治することはありませんので、悪しからず。

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この記事へのコメント

無様なモンキーダンスを踊るもの
2025年09月10日 23:01
西部氏への言及がありましたので、ではちょこちょこと言及してみましょうか。

https://www.sankei.com/article/20180914-6JUQZID7CNNCDHFYBCBDHN7WYM/
西部邁さん自殺幇助で有罪判決 無罪主張のMXテレビ子会社元社員に

藤井聡はこの事件に対して以下のようなコメントをしています
西部邁氏の自殺幇助者の逮捕に思う ~「言葉」からズレた「振る舞い」~
https://the-criterion.jp/mail-magazine/20180406/

「振る舞い」ですか。コロナ禍における藤井聡の振る舞いはどうだったか?はっきり言ってお前が言うなと言うものですかね。

しかし、西部氏ともあろう思想家があまりに身勝手な「振る舞い」。鷲ヲさんは軽々しく決断と言われますが、不思議な公共心、道徳心ですね。

親族が行方不明になったら捜索もせねばならず、自裁となれば警察の取り調べを受け、あまつさえ幇助に家族がいる赤の他人を巻き込む。遵法意識は本当にどうなっているのか。

物心ついた頃から「自裁するにせよ周囲の人間に絶対に迷惑をかけるな」と教わって育ったが、一般人にすら負けそうな薄っぺらい思想。やはり道場とはこういう人達の集まる場所なんだなと改めて思いますね。

>それと、小林は橋幸夫が亡くなったことについて、「アルツハイマー認知症で亡くなった」と書いていますが、それは正確ではありません。

それについては大林わるのりさんが回答しています。

これは本来ならば死亡診断書を作成する医師に確認すべき物であると思うが、大林わるのりは医師なのですか?でなければ鷲ヲさんはいい加減な事は控えるべきでしょう。

認知症が進行し、嚥下機能が著しく低下した結果、誤嚥性肺炎を起こして死亡した場合、認知症が直接の死因と記載されるのでは?これは如何せん私は素人であるためちゃんとした医師に確認して頂きたいところですね。

また、厚生労働省の人口動態統計では死因として明確に「肺炎」と「誤嚥性肺炎」は分けられています。大林わるのりは肺炎と言い、鷲ヲさんは誤嚥がと言う。コロナ禍でもさんざん生兵法は怪我の元と学んだことであろうと思っていましたが全くこりていませんね。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG182D50Y5A310C2000000/
厚生労働省の統計とは別にこういった調査結果もあるそうですよ。

日本人の「死因」、認知症が首位に 慶大など30年分解析

最後にこれは私の憶測ですが、準備期間約数ヶ月。余計な事を思いつき、炎上の煽りも含めて何やら年より向けコンテンツでも考えたのかな?とも想いますが、まあこれほ考えすぎでしょう、
大林わるのり
2025年09月09日 23:54
病で倒れた後の小林よしのりが医療に頼って生に執着しようとしたことは、晩節を汚す行為と批判されても仕方ありません。彼がかつて唱えていた生命至上主義批判や老人切り捨ての主張や、コロナ禍の時の医療軽視の発言と明らかに矛盾する行為だからです。

一方で、小林が病に対する現実と向かい合おうとせず、虚勢を張り続けていることも晩節を汚す生き方と言えます。小林が療養を軽視してまで蛸壺集団での賛美の声を求め続けたことは、「日常へ帰れ」の名台詞を自ら裏切る行為だからです。

小林がDOJOのイベントを無事にこなせたことは、自らの健康状態を過信して現実逃避を促進させる恐れがあります。もしも小林が健康状態を過信して療養を軽視するのならば、ある日、彼の身体に何かが起きてもおかしくありません。

自分の身体に脳出血の再発が起きる可能性や、誤嚥性肺炎が起きる可能性を小林は直視していません。また、血管性認知症の症状が悪化して、将来は日常生活を送れなくなる可能性さえも小林は直視していません。

小林が自らの仕事にプロ意識を持っているならば、漫画家としても言論人としても運動家としても引き際を考えるべきです。せめて小林の意識がしっかりしているうちに、彼には言論人や運動家として自らが犯した過ちと向かい合って欲しいものです。

しかし、今のままでは小林が反省することはないでしょうし、謝罪の言葉を言うことさえもないでしょう。私が小林に後悔・懺悔・改心を望んでいても、彼にその兆しが一向に見られないままでは虚しさを感じてしまいます。

今の小林は私にとって軽蔑すべき人物となりましたが、一方で少年時代のころの私は彼のことを誰よりも尊敬していました。青春時代に私が心から尊敬していた人間が、見苦しく晩節を汚し続けていることに対しては本当に残念に思っています。

何よりも、晩年の小林の生き方は思想家としては美しくありませんし、人間としても美しくありません。創作物で描かれた悪役でさえ自分なりの悪の美学を持っていますが、小林は悪役としても美学がなくてあまりにもチンケです。

「小林よしのりとはこんな人間だったのか」という失望の気持ちと、「昔の自分はこういう人間を尊敬していたのか」という幻滅の気持ちを、私は今更ながら感じています。

病で倒れた後の小林が晩節を汚したことに対しては、驚きの気持ちはもはやありませんが、ただただ悲しく思うばかりです。
無様なモンキーダンスを踊るもの
2025年09月09日 21:06
今回のブログは、なかなかのツッコミ所満載な大爆笑の内容となっているためさてどこから始めたものか…

鷲ヲさんの発言を引用すると
また国民感情もご考慮なされ宮廷費ではなく、私費にしたのだろうと拝察するのが真っ当な尊皇派でしょう。

エコノミストから予算について引用すると
ちなみに、新調される装束にも、皇室の公的予算(宮廷費)ではなく、宮家の私的予算(皇族費)が使用されるらしい。

らしいとは、憶測で言っていませんか?というのもありますが、鷲ヲさんは私費と言いますが、皇族費とは皇室費の一部であり、簡単に言えば税金です。鷲さんは過去にはこう言われていましたよね。

https://washiblogact3.seesaa.net/article/511892622.html
合理的な進歩的現代人にとって、皇室そのものが「稚拙なフィクション」にしか見えないでしょう。

だからそんなものを税金を使って維持するのは無駄であると考えるのは当然の帰結です。

https://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/kunaicho/yosan.html
宮内庁Hpより引用すると、令和7年度の皇族費の総額は、2億3,577万円、各宮家別、秋篠宮家は総額約1億2500万円。

同レベルの奴、真っ当な尊皇派、品位とはなかなかのギャグですね。ここ最近のブログでは、一番わらわせてもらいました。

皇室経済法というものがあり、その範囲で支出されるものであるからして、税金を納める側としても殊更問題視することは無いでしょう。

先日の町山サンにも思いましたが、どうしてこう左側の人達は「遵法意識」と言うものが低いんでしょう?本当に不思議です。

進歩的な現代人というのもなかなかわらえます。バカでもわかるにも通じるものがあって端的に言って「サイコーです」。

国家という予算規模から言うと一桁の億単位とは「質素だなあ」というのが私としての感想ですが。