見え隠れする「幸福の科学人脈」
旧通商産業省の昭和57(1982)年入省者は20数人いる。中でも著名人が2人いる。一人は安倍晋三政権で首相政務秘書官・首相補佐官を務めた今井尚哉キヤノングローバル戦略研究所主幹であり、二人目が岸田文雄政権で首相首席秘書官だった嶋田隆元経済産業事務次官である。
今井、嶋田氏は入省時の配属先がともに資源エネルギー庁。前者が同庁公益事業部計画課、後者は石油部計画課。ところが同期入省でエネ庁配属がもう一人いた。同庁官房総務課配属の小林健祐氏。同氏が当時の国家公務員総合職試験で3人中一番であったことは自明である。
ところが、その小林氏が入省10年頃に突然「人間の幸福とは何かを考える人生を送りたい」との言葉を残して退官した。そう、幸福の科学に入会したのだ。同氏は09年総選挙に「幸福実現党」から比例東海ブロックに立候補した。22年時点では幸福の科学発行の雑誌「ザ・リバティ」編集長である。小林氏が、元幹部だった及川氏と面識があったとしてもおかしくはない。
幸福実現党初代党首の饗庭浩明という人物もいる。慶應義塾幼稚舎入学から同大学法学部卒業まで一貫して塾生の同氏は在学中に入会した。15年に退会して全米保守連合(ACU)のカウンターパートとしてJCUを設立し、トランプ1.0以降今や、米保守派最大勢力とされる全米保守政治行動会議(CPAC)の日本版J-CPAC扱いとなっている。神谷氏はその常連である。
要するに、神谷氏周辺には幸福の科学人脈が見え隠れするということだ。
同じ9月7日に投開票だった三重県議補欠選挙(定数2人)で参政党新人が立憲民主推薦候補、元市議自民候補との三つ巴で自民を破って2位当選した。砂防会館から放たれた「参政砲」が幹線道路を隔てた先にある自民党本部を直撃したのである。神谷氏が当日吠えた「次期衆院選で30~40議席を獲る」は決してホラではない。
恐るべし神谷=参政党!