「本当に還暦なん?」と球場やテレビ桟敷で目を丸くした人も多いのでは。広島出身のミュージシャンで俳優吉川晃司さんである。先日カープのピースナイターに登場し、力強いパフォーマンスで話題をさらった▲筋骨隆々のタンクトップ姿からして若々しさ全開。始球式では100キロ超の直球を投げ込み、「イマジン」を高らかに歌い上げた。衰えぬスターの輝きは、見る人の胸に刻まれただろう▲その吉川さんが図らずも冤罪(えんざい)事件で重要な役割を果たした。39年前に福井で起きた女子中学生殺害事件。1年後に逮捕され、服役した前川彰司さんの再審無罪が今月確定した▲有罪の根拠とされたのが、歌番組での吉川さんの派手なパフォーマンス。複数の証人が事件の夜、このシーンを見た後に血の付いた服を着た前川さんに会ったと口をそろえたからだ。だが、実際の放映日は事件とは別の日。偽りの口裏合わせだった▲捜査に行き詰まった警察が偽証を誘導し、検察も頰かむりした疑いが濃い。捜査機関が冤罪をでっち上げる暴走は後を絶たない。「自分の人生は多くの犠牲を払いました」。ことし還暦を迎えた前川さんの言葉を、きつく胸に刻むべき人間が大勢いる。