2025年8月27日(水)
中国政府は日本との戦争が終結して80年になることしを抗日戦争勝利80年と位置づけ、来月3日に北京で大規模な軍事パレードを行います。中国側の狙いとは何か、日本や国際社会にとってどのような意味があるかについて、中国担当の奥谷龍太解説委員と読み解きます。
(横川キャスター)
中国では、9月3日が終戦の日にあたる、ということなのでしょうか。
(奥谷解説委員)
中国政府は8月15日ではなく、東京湾のアメリカの戦艦ミズーリで正式な降伏文書に署名した9月2日の翌日を、「抗日戦争勝利記念日」としています。習近平氏が国家主席になったあとの2014年に法律上の記念日に制定し、10年前の9月3日には、抗日戦争勝利70周年の軍事パレードを初めて行いました。この時には1万2千人の兵士に加え、核弾頭が搭載可能なミサイルなどの兵器も登場し、天安門の楼上では、ロシアのプーチン大統領らが習近平主席とともにパレードを観閲しました。今回のパレードでは前回を超える数の兵士が参加するということです。
(横川)
こうしたパレードを行う狙いとしては何があるのでしょうか。
(奥谷)
狙いを国内向け、対外向けの2つに分けて考えてみます。まず国内向けには、習近平指導部の求心力を高めることと、共産党の一党支配の正当性のアピールです。
(奥谷)
中国共産党は1億人の党員がいますが、制度上、党で軍を統率するのは中央軍事委員会主席を兼ねる習主席ただ一人で、ほかの最高指導部の幹部は軍と関わることはできません。言い換えると軍は習主席の権威の源にもなっている訳で、パレードで軍に号令を発している様子を見せつけて、最高指導者としての威光を示す狙いです。そして一般の国民向けには、共産党のおかげで日本との戦争に勝ち、屈辱の時代を乗り越えて、その結果いま中国が強大になっているというイメージを強調して、一党支配の正当性をアピールすることです。
(横川)
軍事パレードは、なぜ50年、60年ではなく70年になって初めて行ったのでしょう。
(奥谷)
背景には、習主席が権威を高めるのにこだわったということのほか、最近の経済の低迷がありそうです。これまで国民が共産党に従ってきたのは、経済発展に伴いくらしが豊かになることを実感できたからです。しかし、2010年代に入ってからは、経済が徐々に安定成長に入り、ここ数年は不動産市場の低迷もあって、国民が暮らしの豊かさを次第に実感できなくなってきています。その代わりに、中国共産党はさすが凄い、というところを見せつけることが、これまでよりますます重要になってきています。
(横川)
外から見ると、言論統制や警察の取締りで、統治体制は盤石のように見えますが、中国共産党としては不安感を持っているということでしょうか。
(奥谷)
不安感というより、危機感と言ってもいいかもしれません。共産党の一党支配が、経済発展では正当化できなくなってきた。いつ国民が批判や不満の矛先を共産党に向けてくるかわからない。そこでこのところ、共産党は国民の愛国心やナショナリズムを高めようとますます躍起になっています。このため、軍事パレードの他にも、この夏は7月から9月までの間に、日中戦争に関係する映画やテレビ番組、博物館での展覧会など、様々な宣伝活動を繰り広げています。中には日本の侵略の残酷さを強調したものが多くあります。
(横川)
南京事件に関する映画が大ヒットしていると聞きますが、反日感情が高まっているのではないかと懸念されますね。
(奥谷)
まさにそこが心配されています。「南京写真館」という、南京事件、中国で言う南京大虐殺の映画が先月から上映され、夏の映画としては過去最高の興行収入となっています。映画は史実とフィクションがごちゃまぜになっていて、旧日本軍が赤ちゃんを地面にたたきつけるシーンなど、旧日本軍の残虐ぶりを強調する内容になっています。
日本外務省は反日感情の高まりに特に注意が必要だして、中国に渡航する人や、住んでいる日本人に、不審者の接近など周囲の状況に注意するようよびかけています。ただ、中国の国民の受け止めも一様ではなく、たとえば歴史は歴史で、いまとは違うと割り切る人や、日中戦争を主に戦ったのは共産党ではなく、蒋介石の国民党だという事実を知っている国民も多くいて、宣伝を宣伝として受け流す人も多いとは思います。
(横川)
国内と対外的と二つの狙いということですが、対外的にはどういう狙いがありますか。
(奥谷)
国際的な発言力の強化とアメリカへの対抗姿勢を強調することです。軍事パレードの正式名称は「中国人民の抗日戦争および世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典」です。パレードにはプーチン大統領のほか外国の首脳も何人か出席する予定だと伝えられていて、中国が日中戦争で膨大な犠牲を出して戦ったことで、第二次世界大戦全体の勝利に貢献したという歴史観を世界に広めたい狙いです。そして現在の世界の発展と国際秩序は、中国がロシアと並ぶ最大の貢献者だとアピールしたいものと見られます。
(横川)
この春にロシアで行われた軍事パレードで習主席がプーチン大統領の横に並びましたね。
(奥谷)
5月ロシアがナチス・ドイツとの戦争に勝利したことを記念した軍事パレードに習主席は主賓として招かれました。首脳会談のあとに出された中ロの共同声明では「中国は第二次世界大戦の主な舞台で、中国とソ連はともに世界の平和に偉大な貢献をした」と記されました。欧米では一般には1939年のナチス・ドイツのポーランド侵攻が第二次世界大戦の始まりとされていますので、国際的には一般的でない歴史観にロシア側も同調したことになります。中国とロシアは歴史観を共有して、国際的な発言力を高めていく姿勢です。
そして今回際立つのが、アメリカに対抗する狙いです。軍事パレードを前にした今月31日から9月1日にかけて、北京の隣、天津では、中国とロシアが主導し、中央アジアの国々などでつくる上海協力機構の首脳会議が開かれます。おととしからイラン、去年にはベラルーシが加盟し、この会議の主要メンバーはアメリカと対立する国が増え、アメリカへの対抗軸という色彩が強まっています。
(横川)
この会議に出席した首脳らが、3日の軍事パレードにも出席するということでしょうか。
(奥谷)
まだ現時点でどの国の首脳が出席するか正式には発表されていません。10年前のパレードと違って、ことしはロシアによるウクライナ侵攻が続き、力による現状変更が問題になっている中でのパレードになります。それだけに、今回は中国とロシアそれに両国と親しい国の首脳がそろって観閲し、既存の国際秩序に対抗する姿勢を示す形となりそうです。その意味では、天安門広場を舞台に、世界の分断を印象付けるパレードになる、といってもいいかもしれません。
また中国側は、パレードで新型の戦車や戦闘機、極超音速ミサイルそれに無人機など、現代の戦争を想定した兵器を披露する計画だと発表していて、どのような兵器が公開されるかも注目されています。