トリニティのいちばん長い日   作:狼黒

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流れは速いよ


エデン条約締結、一年前

エデン条約

 

ゲヘナとトリニティの長い年月、それによる根深い対立関係にあった両校から構成員を出し合い『エデン条約機構』を設立、同機構によって両自治区内で発生した紛争解決を行い、全面戦争を回避する構想

連邦生徒会長が発案したそれは、当の本人が失踪したことにより空中分解同然にまで追い込まれたが、桐藤ナギサの手腕により調印間近まで漕ぎつけた

 

最終的に『先生』と呼ばれる人物の活躍によって締結され、両校の全面戦争は回避された

 

これは、その物語の裏で起きていた、もう一つの物語である

 

 

 

一年前

 

 

「ティーパーティのホストに選ばれた、ですか」

 

「うん☆」

 

目の前の人物の反応を見る限り、どうやら本当の事らしい

 

「おめでとうございます、ミカ様」

 

「ありがとー☆」

 

そう言って片目でウインクをするミカ様

相変わらず軽いですねと思いながらも、紅茶を注ぐ

 

「このことは他に誰かに?」

 

「ナギサちゃんとセイアちゃんには言ったかな?まぁ噂が広まるのが早いトリニティだから学園全体に広がるじゃんね」

 

そう言って紅茶を飲むミカ様

…恐らく、この性格とアイドル的な人望、そしてトリニティ有数の武闘派というところが、選ばれた理由だろう

事実、ゲヘナ嫌いが多いこの派閥では都合がいいのだろう

特に今、連邦生徒会が提案した条約を結ばせないためには

そう考えていると、ミカ様が飲み終わったカップを置き、改めてこちらに向き直ってくる

 

「というわけで、君には補佐をしてもらうことになったから、宜しくね☆」

 

「…初耳なんですが」

 

「今言ったからね、因みにこれは決定事項だよ☆」

 

…この方は毎回そうだ

事前に相談せず物事を進め、連絡が取れなくなるのは日常茶飯事、報告は事後報告

そろそろ本格的に『報・連・相』について十時間ほど講義した方がいいかもしれない

 

「…私は政治には疎いのですが」

 

「大丈夫大丈夫、何とかなるって!」

 

正直言って、トリニティのドロッドロとした策謀がうずめく世界に入る気がない

ここでは普通に暮らしてるだけでも結構な労力がいるのに、さらに増えるのは勘弁してほしい

考え込んでいる私を見て立ち上がるミカ様は、上目遣いで覗き込んでくる

 

「私を手伝ってほしいんだ…駄目、かな?」

 

「…はぁ」

 

そのミカ様に思わずため息を吐く

相変わらず、私はこの方のこういう顔に弱い

 

「分かりました、拝命いたします…ただし、あまり期待しないでくださいよ」

 

「やったー!アナンちゃん、ありがとー!」

 

そう言って思いっきり抱き締めてくるミカ様

…苦しいのでやめていただきたい

 

 

 

エデン条約締結、一か月半前

 

 

「…は?ミカ様が裏切者だった?」

 

「はい」

 

朝起きたらティーパーティの緊急招集がかかってきていて

支度を整えて駆けつけてみれば、そんな話をナギサ様にされた

…正直言って、信じられない

確かにエデン条約締結を阻止しようとしている勢力がいることは知っていた

個人的に自分の派閥が疑わしいと思い、それなりに行動には注視していたのだが

まさか、自分のトップが裏切者だったなんて

 

「アナンさんには、パテル派の臨時トップを務めていただきたいのです」

 

目の前でそう言うナギサ様は、憔悴しているように見える

私以上にショックを受けているようにも見えるが

…無理もないだろう、ミカ様から聞いていたがナギサ様はミカ様と長い付き合いだったはず

その人物が裏切者だったなんて、聞きたくないだろう

そして、ナギサ様からの依頼

ここで私が断れば、他のパテル派がトップに立つ

恐らくエデン条約猛烈に反対するのは目に見えている

そうなると、パテル派抜きで締結に向けて動き出そうとするだろう

 

「…分かりました」

 

それがわかっていたから、私は断ることはできなかった

 

 

 

二週間後

 

 

「下がりなさい!」

 

「落ち着きなさい!

 

目の前で繰り広げられている、生徒同士の押し合い

 

「エデン条約締結は断固阻止!」

 

「フィリウス派、サンクトゥス派の横暴を許すな!」

 

そう言うのは、私の方へ押しかけようとしているパテル派生徒達

やがて無駄な労力だと悟った彼女らがひとまず落ち着いたのを見計らって、口を開く

 

「連日の会議で、主張できることは十分主張してる、だから落ち着いてほしい」

 

「アナン様はゲヘナのことを『知能がない山猿』と例えたと聞いているが、そんな連中がさらなる要求を突き付けてきた場合はどうなさるおつもりか!?」

 

血気盛んなパテル派生徒が、そんな話を私にぶつけてくる

 

「…結ぶか結ばないのかはゲヘナの返答次第による」

 

そこでいったん息を吸って、再び口を開く

 

「エデン条約締結は構成員の割合を我々トリニティが7割という条件を飲んで初めて実行される、この条件が飲まれなければ!エデン条約締結はあり得ない!我々パテル派は両方の場合に備えてゲヘナ側の回答を待つ!だから皆は、軽挙妄動は慎んでほしい!」

 

私がそう言い終わると、渋々といった様子で納得し、その場から去り始める

…7割なんて、認められるはずがないのにね

 

 

 

 

 

虚偽

 

 

 

 

 

 

その日は、月が綺麗だった

曇り一つない空

主人がいない屋敷には私一人で、静かだ

そんな外を眺めていると、ふと外が騒がしくなる

視線を下に向ければ、多数のトリニティ生の姿

何事かと思いながら急いで外へ向かう

 

「何事?」

 

私が外に出てそう尋ねると、一斉に頭を下げるトリニティ生徒

よく見れば、全員パテル派の人間だ

その中から二人、こちらに向かってくる

その二人は私の前まで来ると止まって、頭を下げる

その例に対してを頷くと、頭を上げる

 

「警備強化のためパテル派の中でも腕の立つものを連れてきました」

 

「フィリウス派が、アナン様を監禁するという噂が流れています」

 

「サンクトゥス派の動きも気がかりです」

 

…そんな動きがあるとは、到底思えないのだが

取り敢えず、話を聞かなければ

 

「…分かった、中で話そう」

 

そう言って二人を屋敷の中へ招き入れた

 

 

 

「…つまり、私は両方の派閥から狙われてるっていう事?」

 

「そういう事になります」

 

二人を招き入れて、詳しい話を聞く

…まぁ狙われるのも仕方ないのかもしれない、何せ時ここに至っても私はエデン条約締結に反対している

そのおかげで、中々話が進まない

…ナギサ様には、表面上反対しているだけという話はしているのだが

下の人間には、そんな話は知ったことじゃないのだろう

 

「…憎むべきなのはどちらもです、ゲヘナの山猿と手を結ぶなど、トリニティの長い歴史に泥を塗る行為です」

 

「我々パテル派の中にも、エデン条約締結はトリニティの発展に繋がるのだからこれに賛成するべしとの声もあります」

 

「魔女が余計なことをしてくれたおかげで我々パテル派は厳しい立場に置かれました…トリニティの長い歴史、そして誇りを胸に、エデン条約締結を阻止できるのはもはやアナン様だけです」

 

その私に次々と言葉を投げかける二人

…パテル派に根付くゲヘナ嫌いが、ここまでだったとは

ミカ様も苦労してたのだなぁと思う

そんな私をよそに、鞄から何かを取り出す

 

「我々パテル派が作成した、兵力動員計画書です」

 

そう言って机の上に紙を広げる二人

 

「…クーデターってこと?」

 

「はい、エデン条約締結当日に我々パテル派がフィリウス派、サンクトゥス派の要人を拘束、監禁、然る後にトリニティ全土に非常事態宣言を発令、同時にギヴォトス全土にエデン条約は締結しないという布告を出します」

 

その説明を聞きながら、その計画案に目を通す

…はっきり言って、博打に近い

仮にこれが成功したところで、待っているのはトリニティ全土での内戦だ

そうなれば、トリニティという歴史が、消え去る

 

「アナン様の支持はいただけますか」

 

「…今はとにかく会議に全力を注ぐ、軽挙妄動は慎んでほしい…会議の経過は、逐一…電話で伝える」

 

「では、パテル派専用の控室で待機いたします、宜しいですね」

 

その言葉に頷くことで返すと、机に広げていた紙を仕舞うパテル派の子たち

電話でなら、その場だけなら何とか誤魔化せる

その後の言い訳とかは、何とか黙らせるしかない

 

「頼むから、軽挙妄動は慎んでほしい」

 

私がそう言うと、立ち上がって直立不動の体制になる二人

 

「我々パテル派は何時如何なる時も、アナン様を中心に行動する決意であります、その点は重々ご安堵ください」

 

「…ありがとう」

 

その言葉を聞いて、安心できるわけではないけど

取り敢えず

 

このクーデターは、断固として阻止しないと

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